狩猟採集、野外活動、自然科学を主なテーマに執筆・編集するフリーランスのエディター、ライター。川遊びチーム「雑魚党」の一員として、水辺での遊び方のワークショップも展開。著書に『海遊び入門』(小学館・共著)ほか。twitterアカウントは@y_fomalhaut。
夏の人気の遊び場といえば……川! たくさんの生き物が暮らし、透明で冷たい水の流れる川は、いくつになっても心躍るフィールドです。そのいっぽう、川は大きな事故が起きやすい場所でもあります。
若い頃にリバーガイドとして働き、一般の人より川や水の流れに詳しい私でも、子どもを連れて川に行くときは「今日こそ事故を起こすかもしれない」と常に緊張しています。驚くほど簡単に、水は人の命を奪います。
悲惨な事故を防ぐには、川の危険を知って万全の準備をすることが必要です。入門者にも簡単に実践できる原則を知り、楽しく水遊びをしましょう。
事故やケガを未然に防いでくれるのが身に着ける装備類です。子どもとの川遊びで、水着の次に入手するべき道具はPFD(パーソナル フローティング デバイス)です。通称でライフジャケット(厳密にはライフジャケットは国が定めた規格を満たす浮力体を指します)と呼ばれるPFDは高い浮力をもち、落水しても水面より高い位置に口を保持してくれるので、呼吸の確保に役立ちます。毎年たくさんの水難事故が起きますが、その事故にはPFDを装着していれば死ななかったと考えられるものが一定数を占めています。
売り場にはさまざまなものが並びますが、命を預けるものなので、あまりに安価なものは避けましょう。そして、浮力が使用者の体重の1/10を超えていることは絶対の条件です。人間の頭部の重さはおよそ体重の1/10程度。子供ではさらに頭部の重量の比率が高くなります。この重さを水面上に出さなくてはいけないので、PFDには一定以上の浮力が必要です。
そして、落水したときに脱げてしまっては意味がありませんから、小児向けのPFDを買うときは、股の下を潜らせる股紐があるものを選びましょう。
身に着けるウェア類は体にフィットするデザインで化繊素材のものがベストです。上半身はラッシュガード、下半身はタイツにハーフパンツを重ねると、岩と擦れてできる傷を軽くしてくれます。
足元は頑丈なソールを装備したスポーツサンダルがおすすめです。容易には脱げてしまわず、岩から足を保護できるデザインのものを選びましょう。
必須ではありませんが、目を保護してくれる水中マスクがあると水に不慣れな人の不安を軽減してくれます。水中の様子を確認でき、水がかかっても視界が確保されるので、ある程度水の勢いがある場所で遊ぶなら併せて用意するとよいでしょう。
川には絶対の安全はありませんが、川の中でも比較的安全な場所と、危険な場所があります。子どもを遊ばせるときは、できるだけ安全な場所を選びましょう。
安全度が高い場所の代表例が、小さな川の深すぎない淵です。子どもの背が立つ程度の深さで、透明で暖かい水がたまった場所はまるで天然のプール。事故が起こりにくく、万が一の際も速やかに救助できます。
流れがゆるやかに見えても大きな川の淵は強い力をもって水が流れます。浅い場所ではそれほど強くないように思えても、一歩深い場所に立ち込めばたちまち人を押し流します。そして、大きな淵は万一の事故のときに全体を捜索するのに時間がかかります。川遊びに不慣れなうちは、小さく緩やかな河川の浅い淵を選ぶのが無難です。
水に入る前にその場所が安全かどうかを必ず保護者が確認しましょう。主なチェック項目は①流れの強さ ②水中の危険物 ③流された際に救出する猶予がある場所か の3つです。
①流れの強さ
川は見た目よりもずっと水流が強いことがありますから、子どもを遊ばせる前に必ず大人が水に入って流れの強さを確かめましょう。この際に水温も感じ取っておき、遊ぶ時間と体温を回復させる休憩時間のインターバルもイメージしておきましょう。
②水中の危険物
自然の河川では水中にあらゆるものが流れ込んできます。鉄筋の入ったコンクリート片、針金、廃自転車、割れたガラス、流木……。子どもを遊ばせる前には一度水中を確認しておくと思わぬ事故を防げます。
③流された際に救出する猶予がある場所か
川の中での遊び場の位置も重要です。たとえその場所は流れが緩くて安全でも、遊び場のすぐ下流側に瀬(早い水流が岩を洗うエリア)や深い淵、堰堤(後述)があるなら、そこは遊び場として不適切です。子どもが流された際に、保護者が助ける前に危険箇所に子どもが流れこんでしまうからです。遊び場そのものだけでなく、万が一の事故までイメージして、流されたあとに対応しやすい場所を選びだしましょう。
そして現場で子どもを遊ばせるときは、必ず保護者が常時監視に立ちましょう。立ち位置は遊び場の下流側がベスト。流れてきた子どもをケアできる場所に陣取ります。
子どもだけでなく、大人の身ごしらえも重要です。事故が起きたときに速やかに救助に入れるよう、足元は走りやすく泳ぎやすいスポーツサンダルなどを履き、すぐに水に入れる服装を心がけます。
川で遊ぶ前には、遊び場の近くに危険な場所がないかも確認しましょう。とくに気をつけたいのが、強い流れが入り込む淵や滝壺、堰堤(えんてい)などです。
川の事故での直接的な死因になりやすいのが溺水です。水中にとらわれて呼吸できなくなることによって人は溺れます。この「水中にとらわれ続ける」状況を生むのが上記の構造物や地形です。強い流れが落ち込む滝壺は、周囲の水を吸い込みながら水底に向かう強い流れが生まれます。滝壺の構造によっては、この流れが生み出す渦につかまって、逃れられなくなります。
堰堤のような人工物も滝壺と同じような効果を生みます。しかも人工物の堰堤は下流側に横一直線の均一な渦を作り出します。こんな渦は一度つかまると、渦のなかにとらわれ続けるため非常に危険です。下流側に渦を生み出す堰堤には近づかないようにしましょう。
ストレーナー(濾し器)のような構造物にも注意が必要です。堰堤の下や川の屈曲部には、川底や岸が水流に削られないようにコンクリートのブロックが置かれることがあります。このようなブロックは水を通すのに大きな物体はひっかかってしまいます。その物体が人間だったとしたら……。茶漉しにひっかかった茶葉に水が注がれ続けるような形で、人がブロックに貼り付けられてしまいます。たくさんの水がすりぬけるブロックには、特に注意が必要です。
川とプールの大きな違いが、流れがあることです。プールでの水泳が上手な人がときに川で溺れることがあるのは、流れが影響しています。流れに乗って下っているときはそれほど水の力を感じないものですが、一度川のなかで立ったり、岸辺のものにつかまったりすると水の力の大きさに驚くはずです。とても人間の力では抗うことができません。
川で安全に泳ぐコツがこの「流れ」を意識してコントロールすることです。泳ぐときは基本的に上流から入って、下流側で岸に上がることを意識します。流されることを前提にするのです。対岸まで泳ぐときは流されるぶんを計算にいれて泳ぎ、流れが緩い場所で遊ぶときも、早瀬に差し掛かる前に岸に戻れるよう気をつけましょう。
そして、流れが早い川で気をつけたいのが、川のなかで立とうとしないことです。万が一、川底の石などに足先がはまり込むと、その瞬間、上流側から強烈な水流で下流側に倒されます。しかし、足先はとらわれているから、水中のなかに倒され続けることになり、やがて溺れてしまいます。
それを防ぐ泳ぎ方が「WWFP(ホワイトウォーターフローティングポジション)」と「アグレッシブスイミング」の2つです。WWFPはPFDの浮力で水面に仰向けに浮かび、足先を下流側に向けてつま先を水面に出して流れる姿勢です。こうすると水中の石などに引っかかることがなく、障害物に遭遇したら蹴って避けることができます。アグレッシブスイミングも水面近くに浮かんで川底の障害物を避ける姿勢をとりますが、こちらは腹ばいになってクロールの形で進みながら障害物を避けていきます。
川を泳ぎ渡るときは、アグレッシブスイミングで流されながら対岸を目指すと体力を消耗せずに渡れるでしょう。
川への飛び込みはスリル満点。しかし、事故を誘発しやすい遊びでもあり、毎年全国の川で幾人もの死亡者が出ます。
川に飛び込む前には、①体を受け止める十分な水深があるか ②水中に障害物は沈んでいないか ③飛び込む場所と流れていく先に複雑な流れがないか ④飛び込みに失敗したときに体を打つ場所ではないか などを確認しましょう。
いつも人が飛び込んでいる場所でも、前日のうちに障害物が流れ込んでいるかもしれません。定番の飛び込みスポットでも、飛び込む前に水中マスクで障害物を確認しておきましょう。いうまでもありませんが、安全が確保できない高さや水深をはかれない場所では飛び込みはやめておきましょう。
川遊びは楽しいので自分の体が冷えていることに気づかないまま遊び続けてしまうことがあります。体が冷えると筋肉が強張り、思ったように泳げなくなって事故につながることも……。川遊びの最中は、定期的に水を出て体を温めましょう。
積極的に体を温める技術の代表が「カメ(甲羅干し)」。河原の大きな石の上に寝そべり、石の熱を体で吸収すると(盛夏は熱い石でのやけどに注意!)、ただ座っているよりも早く体温を回復できます。休憩時にラッシュガードを脱いで温まるのもよい方法です。濡れた化繊の水着は、表面から水が蒸発することによって気化熱が生まれ、体温を奪い続けます。寒いときは一度ラッシュガードを脱いで体を拭くと、体温を奪われにくくなります。
誰かが事故に遭ったとき、すぐに助けに行きたくなりますが救助の際こそ慌てないことが重要です。状況や救助者の力量を見極めずに救助に入ると、助けに入った側が事故に遭うことがあるからです(これを二次遭難と呼びます)。
二次遭難を防ぐために、救助する側は常に自身を安全な場所に置くことがすすめられています。救助の際は、棒を差し伸べたりロープを岸から投げて遭難者にリーチし、自分は水に入らずに救助を行います。状況によっては、助けに入る前に周囲の人に救援を求めたり、119番に通報することも必要です。119番への通報は、自分を落ち着かせて状況を整理する点でも有用です。
ロープを使った救助はたいへん効果的ですが、ロープが流れに引っかかったりすると、遭難者の体を水中に絡めとる厄介者に変貌することも。ロープを救助に使うときは、決して手や体に巻きつけず、すぐに離せるようにしておくことが重要です。
近年は局所的かつ激烈な雨が降ることが多くなりました。そのため、自分が遊んでいる場所だけではなく、遊び場の上流域の降水状況にも注意を払う必要があります。上流域に雨雲がわいたり、遠くで雷が鳴ったら上流域での降雨をチェック。雨雲レーダーや天気予報を確認して増水に備えましょう。中洲や川の対岸に遊び場のベースをつくったときは、避難に時間がかかることも。降雨に対して早めに対応しておきましょう。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
川はとても楽しい遊び場ですが、一瞬で厳しい状況へと暗転する場でもあります。悲しい事故を未然に防ぐには、安全管理の手を抜けません。川での水難事故の例を調べているとまさか自分が事故の当事者になるとは思わなかった、という人の事故例が多いように感じます。事故を未然に防ぐもっとも効果的な備えは、「自分が次の事故の当事者になるかもしれない」という心構えかもしれません。