東京・三鷹の軽量なトレッキング用品を扱う専門店「ハイカーズ・デポ」の店長。20代で登山の面白さに目覚め、PCT(北米のロングトレイル)を踏破。以降、バイクパッキングやULハイキングのスタイルで日本の野山を楽しむ。著書に『ハンモックハイキング』がある。
みなさんはハンモックにどんなイメージを持っているでしょうか。自宅でくつろぐときのスペースでしょうか。それともちょっとワクワクする遊具的な寝床でしょうか。なかには熱帯の家々で実用的な寝床として使われている様子を思い浮かべる人もいるかもしれません。
どのイメージもハンモックの特徴を捉えていますが、私はこれらに加えて、「旅の道具」としての一面もみなさんに知ってほしいと思っています。ハンモックはくつろげて、寝るだけでワクワクして、涼しく眠れて、そして旅にも持ち出せる道具でもあるのです。
寝床をつくるうえで必要なのは、2本の立ち木だけ。ちょうどいい木があれば、ハンモックは自宅の庭も、奥山も、斜面も、湿地の上も快適な寝床に変えてくれます。
現在手に入るハンモックを大別すると2種類に分かれます。ひとつは「メキシカンハンモック」に代表される、紐を編んでつくる大判のもの。そしてもうひとつがアウトドア向けハンモックです。アウトドア向けのものは薄手でも強度の高いナイロンなどを布地に用いており、軽量なものは収納サイズが大人の握りこぶし程度になります。屋外での利用を前提としているので、吸血昆虫を避けるためのネスト(蚊帳)が付属するものもあります。
通気性と快適さではメキシカンハンモックが優れますが、こちらは野外に気軽に持ち出すには大きすぎるので、屋外で使うつもりなら最初からアウトドア向けを入手するのがよいでしょう。アウトドア向けのタイプを選ぶ場合は、ハンモックの全長が自身の身長の1.5から1.7倍ほどの大きさが適正サイズとなります。
ハンモックを設営するには、ふたつの強固な支点が必要です。緑の多い日本では2本の立ち木を利用するのが一般的です。
まずは森のなかから、ハンモックを吊るのにちょうどよい太さと間隔の木を2本探し出します。設営にベストな立ち木の間隔は2.5尋から3尋ほど(成人が両手を大きく広げたときの右手と左手の指先までの距離が1尋です)。トレッキングポールなどを片手に持って、ポールを支点に体を反転させて割り出しましょう。支柱となる木には数10kgの荷重がかかるので、直径20cm以上の枯れていないものを選びましょう。
ハンモックを木に吊るす方法はいくつかありますが、ここで考えなくてはいけないのが支点となる木に与える負荷と道具の携行性です。道具の持ち運びの点では強くて細い紐が好都合ですが、このような紐を木に直接巻き付けると木肌を痛めます。しかし、木への食い込みを小さくするために太いロープを持ち歩くのも現実的ではありません。そこで私は、ハンモックを吊るときに帯状のストラップと強度の高い細い紐のふたつを組み合わせています。
木を選んだら、2本の立ち木の地面から170cmほどの高さにツリーストラップを巻き付けます。このストラップはハンモックの荷重を支えつつ木肌にかかる荷重を分散させる役割があります。力が分散されるよう、ねじれが生じないように注意して巻き付けます。
続けて、ツリーストラップとハンモックをつなぐ「ウーピースリング」を接続します。このスリングはダイニーマなどの高強度な中空の紐でできており、摩擦の力で任意の長さに縮めて保持することができます。このスリングでハンモックをベストな高さと角度に保ちます。
最後にスリングにハンモックを繋ぎ、地面からの高さや角度を確かめます。
設営が済んだら、一度寝っ転がって寝心地を確かめます。乗る際は両側の布地をつかんで広げ、ハンモックの中央部に座るようにすると、ハンモックがくるっと反転して地面に落ちてしまう、といった失敗がありません。座れたらハンモックの上で体を水平方向に回転させ、足を収めます。
このとき、ハンモックに対して体を完全に並行にするのではなく、10°程度斜めにすると寝心地が良くなります。体を斜めにすると、体を内側へ折り曲げようとする力が弱まり、背面の曲面がゆるやかになるからです。
いろんなポジションを試してもしっくりこないときは、最初の設営がうまくいっていないかもしれません。寝心地の悪さの要因は、本体の角度に問題がある場合がほとんど。急すぎても緩やかすぎても包み込まれるような寝心地は得られません。ハンモックを吊るスリングと地面の角度は30°が理想です。スリングの長さやツリーストラップの固定点の高さを整えてベストな寝心地を生み出しましょう。
ここまでマスターできれば、日帰りのハイキングにハンモックを持ち出して野外でくつろぐことができます。
ハンモックにいくつかの道具を組み合わせれば、野外で眠ることは難しくありません。それではまず、ふだん私たちが自宅で使う寝床の機能から、ハンモックを良い寝床にする条件を考えてみましょう。場所を問わず、よい寝床の基本的な機能は次のようになるでしょう。
① 地面や床の硬さを遮る緩衝材となること
②体温を保持する保温材となること
③外敵や風雨を遮る壁があること
ハンモックは宙に浮いているので①の機能はすでに布が担っています。②については、寝袋を使うことで解決できますが、ハンモックは1枚布である以上、寒い時期に使うと中綿が潰れる背中側が冷えてしまいます。
それを解決する技術のひとつが、寝袋のなかにマットを仕込むこと。寝袋のなかにマットを入れると、背中側に断熱層ができます。また、マットが背中からずれることもなくなります(ハンモックの上にマットを載せ、その上に寝袋を広げるだけでは、いつのまにかマットがずれてしまいます)。さらに効果的な道具にチューブ型の寝袋があります。チューブ状の寝袋でハンモックごと体を覆った場合、背面の中綿が潰れないので保温性は減じません。私はダウンジャケットとチューブ型の寝袋を組み合わせることで、気温が0°のときもハンモックでキャンプを楽しめています。
③ の外敵と風雨については、ネスト(蚊帳)付きのハンモックの上にタープをかけることで両方を防ぐことができます。もっとも、ネストが必要なのは吸血昆虫がいる夏の間だけ。春と秋は蚊帳がないタイプのハンモックにタープを組み合わせるだけでキャンプを楽しめます。
ハンモックを使ったキャンプに慣れたら、今度はハンモックで寝泊まりしながら歩く旅に挑戦してみましょう。夏山の縦走(数泊かけて山中を歩くこと)や沢登りのように、テントに泊まりながら長い距離を歩く旅は珍しいものではありません。泊まる道具をテントからハンモックに変えるだけで同じような旅ができます。
一点だけ注意が必要なのが、ハンモックは木々が生えていないと設営が難しいこと。森林限界(樹木が森を作れる高度の限界)を超えるような登山には不向きです。そのかわりハンモックは、地面が急傾斜でも、泥まみれでも、鋭い岩が散らばっていても関係ありません。森林限界を超えない限り、緑の濃い日本においては、有利な野営道具といえるかもしれません。
もうひとつ注意したいのが、人気のある山域では指定された幕営地以外での野営が許されないこと。登山の道具としてハンモックは新参者です。そのため、ハンモックを使った幕営のルールが定められていないのです。
ハンモックを使った歩き旅を計画するなら、コースに川や沢、海岸線をからめるとよいでしょう。条例などで野営を禁じられている場合や民地でない限り、河川敷や渓流、海岸は自由に泊まることができます。
テントの本体を支えるポールが必要ないので、テント泊に比べて装備を軽量化できることもハンモックの利点です。私は4日から5日ほどの旅なら、30L程度のバックパックひとつで歩いています。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
ハンモックとほかのキャンプ道具の大きな違いが、使うだけで楽しいこと。野外で昼寝をするとき、マットを使うと快適ではありますが、マットそのものを使うことに喜びはありません。しかしハンモックでは快適さに楽しさが加味されます。ハンモックは使うだけでなんとなく楽しい気分になるのです。
それでいてハンモックは実用面でも優れています。ベトナム戦争では兵士の寝床として正式に採用され、北米の大岩壁に泊りがけで挑むクライマーたちも寝床として活用してきました。レジャーの要素が入り込む隙のない場に選ばれるほど、ハンモックは実用的な道具でもあるのです。
現代のアウトドア向けハンモックの重さは一式で500g以下。デイキャンプや日帰りのハイキングにも気軽に持ち出せます。実用性と楽しさを兼ね備えるこの道具は、きっとみなさんの外遊びの可能性を拡げてくれることでしょう。