大学で生物学を学んで以来、鳥と植物を中心とした自然観察と透かしブロック等の路上観察を楽しむ。自然観察指導員として関東で観察会も催行する。とくに好きなフィールドは高尾山周辺。
「フィールドノート」とはフィールド(野外や社会)で自身が見聞きした事象を書きつけたノートのこと。異文化や社会を研究する人も用いる言葉ですが、自然観察の世界では主に観察した生物の記録を指します。フィールドノートをつけると、いつ・どこで・だれと・何をしたのか、何を見たのかを数十年にわたって残せます。書き残さなければ忘れてしまう事柄をとどめ、ある地域にあった生き物の営みの変遷をあとから俯瞰することもできます。また、見極めて記録をとろうと意識することで動植物を精緻に見る目も養われます。生き物の世界に興味がわいたなら、ぜひ記録を残してみましょう。



「フィールドノート」といっても、記録をとるための特定のノートがあるわけではありません。記録さえ残せれば自身が使いやすい様式のどんな帳面でもかまいません。ある人は大学ノートを活用し、ある人はスマホのアプリを使っています。
とはいえ、記録をつける場所は野外なので、物理的に使いやすいノートはあります。多くの人が愛用するのが「測量野帳」や「レベルブック」などの名で呼ばれるコクヨの細長いノートです。サイズは縦165×横95×厚み6mmとコンパクト。表紙が硬い紙なので机などの支えが無くても文字を書きやすくなっています。また、いくつかあるモデルのなかには水に強い合成紙を使ったものもあります。罫線が横方向に走る「LEVEL BOOK」と細かい方眼の「SKETCH BOOK」がありますが、観察のスタイルによって使い分ければよいでしょう。私は自由度の高い「SKETCH BOOK」のほうを愛用しています。
上記のような特徴に加えて、コクヨの野帳にはもうひとつ良い点があります。それはずっと規格が変わらないこと。数十年ぶんの記録を残すときに、規格が統一されていると収納と整理がしやすく、ノートの散逸を防げます。





ノートを書くうえで決まったルールはありませんが、日時と訪れた地域、天候、同行者を記すのが一般的です。それ以外の情報は、自身にとって必要なものを書きつけていきましょう。野外でノートをとるのはわずらわしいもの。強風下や雨中ではなおさらです。記録することを観察の妨げにせず、しかし見たものを正確に記す習慣をもちましょう。♂(オス)♀(メス)などの記号や「ジョビコ(ジョウビタキのメス)」などの略称で記録の負担を軽減できますが、その際は数十年後に見返してもわかる符牒にするか、観察終了後に清書することをおすすめします。
フィールドノートの位置付けは人によって異なります。現地で見た生のデータの記録として残す人もいますが、私は観察後ノートに清書を残しています。現地では小さなメモ帳に見たものを書きつけ、休憩中や帰宅後に野帳に記録をまとめることもあります。特徴や和名、学名の由来などを図鑑を参照しながら手で書きつけると、ただ確認するよりも深く印象づけられます。
私にとってのフィールドノートは、観察眼を高めるための練習帳兼自身のライフログです。そのため、書き込まれる情報は雑多です。生き物の記録もあれば、趣味の路上観察で見たものや旅で見たものも同じノートに記録しています。通底しているのは後から読み返して楽しめることと、同行した人に見せたときに喜んでもらえること。私は自身のフィールドノートを世界で出会ったものの見聞録のように位置づけており、同行者のいる観察会のあとには、イラスト付きでまとめたものを共有したりもしています。




フィールドノートを書き始めようと思ったとき、対象の名前を知らないことが記録の障壁となります。名前がわからないと記録をとるモチベーションも高まりません。そのため私は、目的をもって出かけるときには予習をしています。その地でこの時期に見られる動植物を予習し、その特徴を覚えておきます。場合によっては名前を書きつけておいてそれにチェックを入れることもあります。
現地では「標高1350m。砂礫地。黄色い花。キク科? 10:20 3056(写真のナンバー)」などとメモをとり、同時に写真を撮ってあとから図鑑で調べることもあります。写真の通し番号とExifデータ、ノートの記録をリンクさせることで、観察した動植物の正確な名前と見た場所を紐づけることができます。
草花や昆虫は近距離で観察できるため、写真に残して後から調べやすいのですが、難しいのが野鳥などの距離がある生き物です。そんなとき私は観察した情報をイラストで記録します。大まかな形と柄を描き起こし、そこに全体の配色や質感、嘴や脚、虹彩の色を書きつけます。
鳥の場合、行動が種の同定の役に立つことがあります。「野原の杭の上に上体を起こし気味に立つオレンジ色っぽい鳥」と書くと鳥に詳しい人はモズかジョウビタキだろうな、と見当がつきます。さらに「尾をクルクル回していた」という情報があればまずモズですし、「ヒッ! ヒッ!」と高い声で鳴いていたらジョウビタキの可能性が高まります。形状だけでなく鳴き声や飛び方、姿勢などもあとから同定するときの参考になります。

同じ場所での観察記録を春夏秋冬、数十年ぶん蓄積していくと、その土地に暮らす生き物の季節ごとの移り変わりや経年変化を知ることができます。フィールドノートを並べてみると、かつてはたくさんいた鳥が減ったことや、昔は少なかった生き物が増えたことに気づけます。また、自分自身の変化にも気づきます。以前は正体のわからなかった生き物が、経験を積んだことによって明らかになることもあります。現場では未知の存在でも、いつか自分が成長したとき正体がわかることがあるかもしれません。あとから見返したときに参考になる記録を心がけましょう。



フィールドノートのアプリや、観察した生物の写真を共有しつつフィールドノート的に使えるサイトもあります。バードリサーチの提供する「バードノート」や日本野鳥の会の「eBIRD」などは、野鳥の観察記録を管理者や研究者が活用できる設定や、渡り鳥の初認日などを投稿できるモードなどがあり、個人の観察記録を研究に役立てることもできます。動植物全般を記録するフィールドノートアプリとしては「Nレコ」があります。
このようなサービスは過去のデータの検索をしやすい利点がありますが、サービスの終了によって見られなくなることがあるかもしれません。物として残り続ける紙のノート、データとして外部に残せるデジタルのノート。それぞれに長所短所があります。上手に併用しましょう。
バードノート
https://birdwatch.bird-research.jp/
eBIRD Japan
https://www.wbsj.org/activity/conservation/ebird/
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
私がフィールドノートをつけ始めたきっかけは、アホウドリの研究者である長谷川 博さんのノートを目にしたことでした。あらゆる情報が盛り込まれたノートを見て、自分もフィールドで目にしたものを記録していこうと心に決めました。フィールドノートをつけるようになって四半世紀が過ぎ、今は23冊目のノートを埋めています。この原稿をまとめるにあたって過去のノートを見ていたら、当時は名前がわからなかった貝の名を今は知っていることに気づきました。こんなことがおこるのもノートに書き留めていたからこそ。フィールドノートは、出会った生き物の記録にとどまらず、観察者としての自身の歩みと成長を記録するものでもあります。