1964年長野県生まれ。NHKカメラマン。北海道大学理学部卒業。北海道大学山岳部に在籍していた時から約30年に渡ってイグルー作りとイグルー泊に取り組み、近年はイグルー普及の講習会も行っている。2016年に著書『冒険登山のすすめ』(ちくまプリマ―新書)を刊行。
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北米の北極圏、地球上で最も寒さの厳しい地域に住む先住民族「イヌイット」が、古くから活用している「イグルー(igloo)」は、雪をブロック状にカットして積み上げて作るドーム型簡易住居。イグルーの中に入ってみると、そこは驚くほど静かで、想像以上に暖かく快適に過ごせる不思議な空間です。
森林限界より北の地域では、木材などは手に入らないため、雪は唯一で豊富な建築資材。魚やアザラシなどを捕りながら、定期的に移動し生活を続ける彼らには、時間や手間をかけずに周りにある雪で建てられるイグルーは、過酷な環境に順応するために編み出した手法のひとつ。
そんな便利なイグルーは、同じように過酷な環境に追いやられる雪山登山などでも、悪天候の際にテントよりも頼りになるシェルターとして役に立ちます。周りの雪を使って作れるため、テント無しで軽量の長期山行ができます。また怪我などのトラブルでメンバーがその場から動けなくなった時なども役立ちます。気象遭難、低体温症で疲労凍死という恐れがなくなり、大きな自信になります。また何より、自然の中で、自然の素材を使って作ることは、その素材と向き合い、観察し、特徴や性質を深く理解することに繋がります。
このHOW TOでは、イヌイットの作り方とは異なりますが、これまで30年あまりの雪山登山で、100以上のイグルーを作って習得した、誰でも簡単に作れるイグルーの作り方を紹介します。一度身につけておけば、いざという時に命を守る、確実で力強い生存技術になります。「雪山登山などは行わない…」という方でも、積雪が50cmを超え、ある程度気温が低い地域であれば、簡単に作ることができるので、挑戦してみてはいかがでしょう。
※近年、イヌイットの生活も定住化が進んでおり、イグルーに住む人々も減少しているようです。
はじめに、イグルー作りには欠かせない3つの道具を準備します。
ノコギリ:ブロックを切り出すために欠かせない、刃渡り30~40cmのノコギリ(剪定用)。刃渡りは長いほどブロックの切り出しが楽になります。スノーソーは、氷を切るためのもので、ここで作るイグルーでは、氷のように硬い雪を切ることはないので、汎用性にも優れた(ヤブが出たら、枝も切れる)ノコギリがおすすめです。
スコップ:まっすぐなブロックを切り出すために、全体の形がなるべく平らなものが望ましいです。登山に持っていくのであれば、ジュラルミン製で組み立て式の軽いものがおすすめ。
ゴム手袋:透湿性があって蒸れにくく、防水性能の高い防寒テムレス(ボア入り)がおすすめです。インターネットやワークマンでも購入できます。薄手の手袋の上につけられるように、少し大きめのサイズが良いです。
そのほか、イグルー作りは、雪のなか気温の低いところで行うので、スキーや雪山登山を行うのと同様に、しっかりとした防寒装備で行ってください。
イグルーは、積雪が50cmを超えるところであれば、どこでも作ることができます。ただし、雪質によって、作りやすさや効率が随分と異なるので、適切な雪の層を探し当てることが重要になります。
イグルーを作りやすい雪質は、程よく締まっていて、密度の低い雪の層、仮に「かるかた雪」と呼んでみます。風で叩かれてそこそこ硬いけど、氷のようには重くない雪。ふわふわの新雪を払いのけた下の層などにもあります。こうした雪は、気温が0度以上に上がらない、標高が高く、風が強いところほど容易に見つかります。雪にノコギリの刃を入れると、すっと通り抜けて、良いブロックが取れます。
イグルーに向いていないのは、ふわふわの柔らかい新雪「ふわ雪」や、温度が高く少し溶けて、重く柔らかい雪「シャビ雪」などです。また、ノコギリでギコギコしないと切れないような硬くて重い雪「おも雪」は、1段目・2段目の土台にはいいけれど、3段目以上に積むと安定が悪く滑り落ちます。
まずは、雪が積もっているところへ出かけたら、足で踏み入って、雪質を調べます。写真は、少し標高が高く、積雪が1m以上あるところです。
※スキー場や公園などの管理された施設では、安全を守る為にルールが設けられています。実施する前には、必ず管理者に問い合わせましょう。
※雪が積もっていると地形がわかりにくくなります。踏み固められていない雪の中へ入る際は、崖や沢がないかなど、必ず地形を確認してから踏み入るようにしましょう。
※雪山などでは雪崩の危険性も高くなります。危険な場所では絶対に行わないようにしましょう。
※中学生以下のお子さんは、必ず大人と一緒に行いましょう。
※ノコギリ(刃物)を扱います。怪我をしない為にも必ず手袋をはめて作業を行いましょう。
良質の「かるかた雪」が見つかったら、イグルーを作る場所を決めます。イグルー作りに適した場所は、風によって雪が吹き溜まりになり、周囲より少し小高くなっている「雪庇(せっぴ)」のようなところ。また、平地よりも少し傾斜のあるところが最適です。
吹き溜まりになっている場所は堆雪量が多いので、下の雪が適度に圧縮され、良い「かるかた雪」にありつけます。傾斜がある方が良いのは、入口を斜面側に作ると、最後にイグルーの中に余った雪をかき出す作業が楽になります。
良い場所が見つかったら、次にイグルーのサイズとカタチ、作り方を決めます。
サイズとカタチは、図(1)のように、イグルーに入る人数に合わせて調整します。目安として、内側の直径は人が足を伸ばして寝転がれるサイズ。2人の場合は楕円形、3~4人の場合は正円に近いカタチになります。
ついつい大きく作ってしまいたくなるのですが、イグルーは小さく作るのがコツ。小さいほどブロックを積み上げる作業が楽になり、使用するときも空間が少ない分、暖かく保つことができます。
作り方は、図(2)のように、積雪量によって2種類あります。積雪が浅いとき(左)は、ブロックはイグルーを作る周りの雪からも切り出して積みます。この場合、ブロックの数が多くなり、積み上げるドーム部分も大きくなります。
積雪が深いとき(右)は、縦に穴が掘れるので、足元の雪を切り出して積みます。その為、イグルーの上半分はブロックを積み上げた部分、下半分は穴を掘った部分になります。ブロックを積み上げる直径と高さが小さくなる為、後者の方が難易度は低くなります。
皆さんも、図を参考に、イグルーに入る人数と積雪量に合わせて、サイズとカタチ、作り方を決めましょう。
サイズとカタチ、作り方が決まったら、いよいよ作業開始。ここでは、仮に3人用として、正円に近いカタチにします。また、積雪も十分にあるので、縦に掘り下げる作り方にします。
はじめに、1段目のブロックを積む部分に目印をつけます。大人が横になれるイグルーを作るための目安サイズは、直径1~1.5mほど。足を伸ばして寝るには小さく感じますが、掘り下げた部分から横に広げるので、底部は直径2mになります。
目印をつけたら、再度表面の雪質を確認し、「シャビ雪」や「ふわ雪」が積もっている場合は、スコップでかき出します。表面は温度が高いか降りたてのため雪が柔らかいことが多いので、深さ20センチほどかき出すとブロック向きの雪が現れます。
次に、ノコギリで目印の内側の雪に、ブロック状の切り込みを入れます。このブロックは、1段目の土台になるため、大きく安定した形状(目安は30×30×50cm)にします。ブロックを上に取り出しやすくするため、側面の切り込みは気持ち斜めに入れて、上の面より底面が大きくならないようにするのがコツです。また、ブロックの底面にも必ず切り込みを入れます。
しっかりと切り込みを入れられたら、スコップをブロックの底面に入れて、上方向に持ち上げて取り出します。そしてそのまま、1段目のブロックとして積みます。斜面の一番下側は出入り口にするため、ブロックひとつ分ほどのスペースを空けておきます。
1段目が積み終わったら、さらに足元の雪から、1段目と同じくらいの大きさのブロックを切り出し、2段目に積んでいきます。この時、出来るだけ内側にずらしながら積むのがコツ。ブロックの長辺の長さを長くすると、橋をかけるように内側に寄せて積むことができます。
さらに、3段目・4段目を積みます。3段目以降は屋根にあたる部分なので、出来るだけ良質の「かるかた雪」を使います。切り出すブロックは、先ほどから縦に掘り下げてきた側面の壁からとります。ブロックを積んだその下の層が、屋根に向いている「かるかた雪」です。ブロックの形状は、細長く(目安は20×20×50cm)するのがコツです。
切り出したブロックは、下のブロックよりもさらに内側に寄せながら、橋をかけるように積み重ねて行きます。このとき、多少大きな隙間ができても気にせずに、屋根を完成させることを優先して積み上げます。穴は、後から簡単に埋めることができます。
さらに、屋根の上の部分のブロックを積んでいきます。ブロックは、前の工程と同様に細長いもの。サイズは、さらに小さく薄いものを切り出します。最後に一番上のブロックを積み上げて、屋根をふさぎます。
屋根がどうしても作れないときは、裏技があります。近くにある木の枝やストックを、横向きに渡し掛け、その助けで雪ブロックを載せます。「おもかた雪」でも、丸いブロックでも、落ちません。見た目は不恰好になりますが、この方法であれば、確実に屋根を作ることができます。
ここからは、イグルーを手直ししていきます。
まず、掘り下げた壁の部分をノコギリ、またはスコップで削り、滑らかなドーム型に整えます。天井部分も2枚目の写真のように、突き出た部分があれば、ノコギリで削り滑らかにします。突き出たままにしておくと、中で火を焚くなどして雪が溶けた際に、雫が垂れてくる原因になります。
イグルーの床面も、雪を削って平らにします。イグルー内に残った余分な雪は、出入り口からかき出します。出入り口が傾斜の下側に向いているので、比較的楽にかき出すことができます。
最後に、イグルーの外へ出て、雪や風が吹き込まないように隙間をふさぎます。ブロックの端や、かき出した雪などをノコギリで小さくカットし、空いている隙間の前に置き、穴をふさぎます。まだイグルーが固まらないうちに強く突っ込むとせっかくの壁が崩れることがあるので注意しましょう。隙間が満遍なく埋まったら、イグルーの完成です。
さっそくイグルーの中へ入ってみます。雪は、音を吸収する性質があるので、イグルーの中は驚くほど静かで、外から隔離されたような不思議な感覚にもなります。そんなイグルーの中から、外の景色を眺めると、先ほどまでとは違って見えてくるはず。
泊まる場合は、入り口を大きなブロックでふさぎます。隙間も、内側からふさぎます。蓋をしてしまうと外が嵐でも安眠ができます。夜はローソクを一本刺しておくだけでとても明るいですし、トイレなどで頻繁に出入りするなら、蓋をせず、空のザックを立てておくか、ピッケルとツエルトで垂れ幕を作るなど工夫すると、中で暖かく過ごせます。
またもし、外の温度がぐんぐんと下がっても、雪の壁が外の冷たい空気を遮ってくれるので、イグルーの中の温度は比較的暖かく感じます。初めは若干不安定なドームも、時間が経つと雪同士がくっつき、少々の衝撃では崩れないほど強くなります。
苦労して作ったイグルー、ぜひ皆さんも、その不思議な空間を味わってください。そして、写真を撮ったら、「やった!レポ」にも投稿してください。苦労したところや、工夫したところがあれば、コメントも添えてシェアしてください。
雪の状態や性質は、実に多様です!天候や気温によっても異なり、それを表す適切な単語もありません。一度イグルーを作っただけでも「あの雪は作りやすい・あの雪はダメだ!」と、感じてもらえると思います。
極寒の地で雪とともに生きてきたイヌイットには、色々な雪を表す言葉があると言われています。それは、雪の状態によって、イグルーの作りやすさ、ソリの滑りやすさ、歩くときの潜り具合など、暮らしにとっての雪の性質がさまざまな言葉を必要としたのかもしれません。言葉はそれを共有する人があってはじめて流通するもの。ここでは、私が普段使っている言葉「かるかた雪」などで紹介しましたが、このような言葉があると、説明も早いかもしれません。
また、イグルーを作ると、足で踏みしめた雪の音、ノコギリで切り込んだ雪の触感、切り出した雪の断面の縞模様など、雪と向き合うことになります。縞模様と粒の形からは、初雪からそれまでの積雪と気温変化の履歴を読み取ることができ、雪崩の滑り面となる層もわかりますし、雪の下では凍り付きもせず案外さまざまな植物が眠っていることも知ります。それまで雪の上で眺めているだけではわからなかったものが見えるようになります。
皆さんも、イグルー作りを体験し、雪に対する解像度を高め、イヌイットの感覚に想いを馳せてみてはいかがでしょう。
※手軽に体験してみたい方におすすめイベント
雪国体験イベント「かまくらぶ」石打丸山スキー場(新潟県南魚沼市)
http://ishiuchi.or.jp/topics/27669
実際にイグルーを作るとなると環境や装備を整えるのも大変という方には、イグルー作りが体験できるイベントなどもあるので、参加されてみてはいかがでしょう。石打丸山スキー場では、1~3月の毎週日曜日に、特殊なツールを使ってイグルーを作って楽しむ体験イベントが開催されています。
※撮影協力
石打丸山スキー場(新潟県南魚沼市) http://ishiuchi.or.jp
今回は、石打丸山スキー場様にご協力いただき、許可を得て撮影を行いました。
※参考文献
「冒険登山のすすめ: 最低限の装備で自然を楽しむ(著:米山 悟 出版: 筑摩書房)」
https://www.amazon.co.jp/dp/4480689656