1968年東京生まれ。学生時代から長年にわたり、ウラヤマからヒマラヤまで、国内外で登山活動を展開。その後、山岳専門出版社に入社。山岳専門誌やアウトドア雑誌編集に携わったのちに独立。現在は、出版編集のみならず、野外イベントの制作やアウトドアニュースサイト「Akimama」を運営する。長女(12歳)、次女(7歳)、そして長男(6歳)と3児の父となったのをきっかけに、家族登山に目覚め、毎月のように子どもたちと山行に出かけている。現在、月刊誌「PEAKS」(エイ出版社刊)にて、「やまいく」と題した親子登山の連載を4年以上にわたり続け、家族登山の楽しさ、子どもが自然のなかで遊ぶことの大切さを伝えている。
最近、親子登山について、新聞やテレビ、ラジオなどからよく取材を受けるようになりました。長女をはじめ男女3人の子どもたちを、山に連れて行くようになって10年以上が経ち、ようやく自分でも親子登山とはどういうものなのか、実践と経験を踏まえ、ちゃんと整理することができ、人前で語れるようになってきました。
そうしてわかったことのひとつが、親子登山には正解がないということです。よく、親子登山の成功の秘訣やポイントなどを聞かれるのですが、それはあくまでも、わが家の場合であって、それがどの家族のケースにも当てはまるとは限りません。それぞれの家族には、それぞれの個性を持った子どもがいて、年齢や性別、兄弟姉妹構成によって、親子登山の目的や方法は、それぞれ違ったものになってきます。頂上というゴールさえも無理に設定しない親子登山ではなおさらです。もちろん、子どもといっしょに山に行くというリスクに対する認識と、それに備えるための最低限の道具や技術は必要です。しかし、こうすれば絶対に失敗しない、正しい親子登山の方法というものはありません。このHOW TOも、あくまでタキザーさんちの例として、ひとつの参考にしていただければ幸いです。
登山に適したウェア類
登山靴
ザック
水筒(ペットボトル)
登山用の軽量な2、3人用のテント
レインウェア
ハイドレーション
着替え
タオル類
お弁当・おやつ
救急セット
山登りというと、ついつい頂上をめざしてナンボ。みたいな考え方がありますが、親子登山では、無理に登らなくてもかまいません。山で遊ぶという考え方が重要です。山は遊び場であり、子どもは遊びの天才です。そこらに落ちている小枝や小石でも、なんでもおもちゃにしてしまいます。そんな自由な発想にこちらが驚かされることもしばしばです。時間的な余裕があり、安全な登山道であれば、子どもの興味や好奇心のおもむくまま、子どもの目線で山歩きをしてみましょう。すると思いがけない発見があるかもしれません。
よりみち、みちくさは大歓迎! ゆっくりと歩くだけで、見過ごしてしまいそうな名もない野花が足元には意外と多く咲いていることに気づくものです。
よく、「親子登山を始めたいのですが、まずは、どんな道具が必要でしょうか?」という質問を受けます。リュックサックかレインウェアと言いたいところですが、まず最初にテントを買うといいかもしれません。必要かと言われれば、取り急ぎ必要ないかもしれませんが、登山用の軽量な2、3人用のテントを買ってしまうことをあえておすすめします。子どもはテントが大好きです。家の中で張って遊ぶこともできますし、お庭などがある家ならもっと楽しいでしょう。子どもといっしょに、まずは外で寝てみる、という非日常の野外遊びから入ってみるといいでしょう。
いきなり山登りをするのではなく、子どもの興味をまずは、自然に向けることから始めるのが、長期的に子どもと山に行く秘訣です。
各家庭によって子どもの体力や年齢などはまちまちなので、いちがいには言えませんが、兄弟姉妹がいる家なら、いちばん下の子の体力やペースにあわせてコース選びをして下さい。例えば標高差が300mある山の場合、大人は1時間で登れますが、子どもは2時間かかります。さらに休憩時間も含めると、上り下りで約5時間はかかります。朝9時に登り始めても下山は14時になってしまいます。
最近は、ガイドブックに載っているような有名な山は、休日ともなると、人が多くとても混んでいます。だからといって、誰も行かないようなマイナーな山というのも、ルートが整備されていなかったり、アクセスが悪かったりと、親子登山にはあまり向きません。
なので、初めて行く方は、情報量が多い人気の山を選び、早朝登山を心がけてください。前夜発で移動して、まだ朝日が昇らないうちから登り始め、昼食は下山してから食べる。そんな時間差行動をしてみることで、有名な山でもずいぶんと静かな山のぼりが楽しめ、行動時間にも余裕が出てきます。
大人と違って子どもは、頂上に着いた達成感や、そこから望む雄大な景色などには、ほとんど興味もありません。途中、ぐずったり、すねたり、ただ歩くだけでもいろいろと大変です。そんなときは、下山後のごほうびを用意してあげましょう。まさにアメとムチですが、ときにはアメも使いようです。下山口にアイスクリームが食べられる牧場や、動物がいる公園があったりすると子どもたちは大満足。そんな楽しい山のコース選びをしてみましょう。
自分の足で山を歩けるようになるのは、だいたい3歳くらいでしょう。いきなり登りのある山道を歩かせるのではなく、最初は近所の自然公園や整備された自然探勝路など、自然の中を歩くことから始めることをおすすめします。
また、ケーブルカーや登山電車、ロープウェーなど、アプローチに乗り物を使うことができる山ならば、一気に高いところまで連れて行ってくれるので、手軽に山登りを家族で楽しむことができます。
子どもは乗り物が大好きです。そんな乗り物がある山を片っ端から、あっちこっち家族で登ってみるのもいいでしょう。
子どもは生き物を捕まえることが大好きです。山登りやキャンプに行ったら、何でもいいので生き物を捕まえてあげて、親子でじっくりと観察してみましょう。捕まえるおもしろさを覚えると、子どもは探すことに集中します。そして、自分が探しているものなのかを同定し、見分ける力がつくのです。そのためには、観察力が必要です。そうやって、ひとつひとつ自然の生き物を知り、生態を知り、エコロジーという仕組みを理解していくのです。
また、山にはさまざまな野生動物が棲んでいます。絵本の中に出てくるような、クマやシカはもちろん、ウサギや野ネズミ、リスなど、そんな動物たちに実際に会えることもしばしばです。たとえ会えなくても、遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声やシカのいななきなど、森にあふれる生き物たちの声に耳を傾けてみませんか。
ペットボトルや水筒に、お茶やジュースなどを入れてもって行くのはもちろんですが、あわせて水を持って行くといいでしょう。山中でコーヒーを湧かしたり、料理をするだけでなく、汚れた手やケガをしてしまった傷口を洗ったり、タオルを濡らしたりと、何かと重宝します。低山では山中に水場がない場合が多いので、事前に水筒に入れて持って行くのを忘れずに。
親子登山でおすすめなのが、ハイドレーションです。子どもたちにマメに給水をとらせるならこれがイチバンです。いちいちザックをおろして、水筒を出さなくても、ちょっと立ち止まってバルブを口にくわえさせてあげればOKです。もう少し大きくなれば、自分でリザーバーを背負ってもいいでしょう。
わが家ではチュウチュウといっては、飲ませろとせがみます。というのも、お父さんの水筒の中に入っているのが水ではなく、スポーツドリンクだからです。
子どもには、登山口や途中の山小屋で、トイレに行くよう促すのですが、なかなかトイレに行こうとしません。よくよく聞いてみると、汲み取り式のトイレに入るのが怖いそうです。たしかに、最近の子どもは、臭くて底の見えない穴が空いているだけのトイレなど、見たことはほとんどありません。トイレに行ってきなさーい、なんて軽?く親は言いますが、子どもにとってはとても恐ろしいところのようです。そんな時は、かならずいっしょに中に入ってあげてください。
子どもは、なかなか、ひとりで山で用をたすことはできません。トイレでなくても、野で用をたすときも必ず、子どもの近くまでいっしょにいてあげてください。
恥ずかしいからと、森の奥まで行って道がわからなくなったり、崖から転落したり、野外で用をたすときがいちばん無防備で、事故や遭難が多いときなのです。
子どもは山に行くとやたらと走りたがります。野生の血が騒ぐのか、まるで子犬のように突然駆け出します。でも山には、根っこや石、滑りやすい木道など、転倒してケガをしたり転落したりする危険がたくさんあります。
なので、山では走らないということが基本なのですが、見通しの良い登山道や、地面がフラットで人がいない安全なところであれば、わが家は走らせます。とくに下りでは、それぞれが、シカになったり、サルになったり、ウサギになったりして走ります。身のこなしや身体感覚を体に覚え込ませる意味で、子どもの手を持っていっしょに駆け下りることもあります。そうやって山の身体感覚が自然と身についていくのです。
夏山で子どもたちの最大の楽しみは川遊びです。子どもはきつい思いをして山に登るよりも、当然、川で遊ぶほうが大好きです。川で泳ぐのはもちろんのこと、魚を捕ったり、飛び込んだり、流されてみたり。山の帰りでも、きれいな川があれば、川遊びをしてキレイさっぱり。汚れた靴やズボンなんかも履いたまま、いっしょに洗ってしまえば、帰ってからママもラクチンです。
山の川は水が冷たいので、化繊のアンダーウェアなどは着せたままがいいでしょう。川の水は冷たく、流れの速いところや、反転流など、川には危険もいっぱいです。川遊びをするときは必ず、親は子どもから目を離さないようにしてください。そして、乾いた着替えと履き物も忘れずに。
日ごろ、遊ぶ時間が多い子ほど、もっと遊びたいと思う欲求は高く、遊ぶ時間が少ない子ほど、遊ぶことに対しての興味が少ないそうです。統計によると、子どもの遊ぶ時間は年々減り続けています。このままだと、遊ぶことのできない子どもが増えてしまいます。遊びは、子どもが唯一、自分で「今」を決めることのできる貴重な時間です。子どもの自立や成長にとって欠かせないものなのです。
親子登山を通じて、そんな遊びの時間をいっしょに過ごすことができれば、それで親子登山は成功です。頂上に行けなくても、雨が降ってきても、親子で楽しい時間を共有することができればそれで十分です。山登りに決して見返りを求めてはいけません。