山里に営みと物語を辿って各地の低山ワールドを探究。身近な山里における“知的な冒険”と“地域再発見”をテーマに、ピークハントだけではない山旅の魅力を発信している。
2016年よりNHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」レギュラー出演中。著書に『低山トラベル』シリーズ(二見書房)、『低山手帖』(日東書院本社)など。日本トレッキング協会、自由大学、YAMAPなどで講座も開催中。
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登山と聞いて、どんなことをイメージしますか?
おそらく「高い山を目指すこと」とか「体力が必要で大変!」という印象が強いのではないでしょうか。確かに苦労はしますが、それを乗り越え、高嶺の頂で味わう絶景と達成感は格別なもの。心揺さぶる非日常の世界を“わざわざ”見に行くことは、登山ならではの醍醐味と言えます。そこまで行かなければ見ることができない景色を求めてより高いところを目指す……ぼくも最初はそうでした。
しかし、山の登り方は人ぞれぞれ、楽しみ方もたくさんあるはず。同じ山に十人の仲間たちと登ったとして、道中で感じることや見えている景色が十人十色になることも登山ならではの面白さ。でも、それでいいと思うのです。
そんなぼくはというと、自分らしい山の楽しみ方を探求していく中で、歴史や昔話の伝わる低山を舞台に、その物語を辿って歩く面白さーーいわば「文系」な登山の楽しみ方ーーに目覚めました。そんな登山の文系な楽しみ方を、ここで分かち合うことができれば嬉しく思います。ハードな登山とは異なる、歴史文化に触れる低山里山歩き。ではでは、さっそく出かけてみましょう。
登山用の衣類(汗や雨に濡れてもすぐ乾く衣類)
登山用の雨具(レインウェアは防風にも役立ちます)
登山用の靴(滑りにくく、水や汚れに強いもの)
登山用のザック(山中では両手を開けておくこと)
登山用の地図(紙の地図とスマホアプリ「YAMAP」など)
救急道具(切り傷、擦り傷、万が一の常備薬など)
水(水分補給、食事、傷口を洗うときに使用)
食べ物(おにぎりやパンなど、さっと口に入れられるもの)
ヘッドライト(山は町より早く暗くなり、街灯もありません)
ゴミ袋(ゴミは絶対に持ち帰るのがマナーです)
好奇心
冒険心
恐怖心
登山をはじめて2、3年経ったころ。有名高山のピークハントをちょっと休憩して東京近郊の低山を登ったときに、それまで感じたことのなかった山の面白さに目覚めました。それは「歴史地理や芸術文化などの文化的な小ネタ」を確かめに山へ行くという、いわば「フィールドワーク」的な面白さ。もともと歴史小説が好きで、神話や昔話もよく読んでいたので、登山をしながら自分の“大好物”に触れられるなんて一石二鳥!と、いつしか日本各地の低山里山に通うようになったわけです。
たとえば通勤電車で読んだ小説や、自宅で見た映画の舞台となった場所を見に行く。美術館で一目惚れした絵画のモチーフを探してみる。日ごろの暮らしの中で得られたたくさんの知識が山でつながっていく感覚は、まさに「点」と「点」がつながって「線」になっていく面白さ。そんな“文系”的な視点からはじめる登山をテーマにしてみようと思います。
自分の興味のあるコトを登山に掛け合わせて “旅”を楽しむ。たとえばこんな風に「登山×◯◯」という掛け合わせのテーマをもつと、山旅の思わぬ楽しみ方を編み出しちゃうかもしれません。
★登山×歴史小説
好きな戦国武将の居城、合戦で布陣した陣の跡、さまざまなエピソードのあった場所などなど、小説に登場するさまざまなシーンを訪ねて想像する山旅。「ここがあの舞台かー!」という感動を味わいたくて、城のある山を登ったり、堀切の深い尾根を歩いたり、軍勢が通過した峠を越えたり。
とくに中世の山城は、山の地形をそのまま活かして築かれることが多く、登山をしながら巡るには最適なテーマ。自分ならどう攻めようかな……なんてことを想像しながら歩くのも一興です。
★登山×漫画や映画の舞台
いまで言う「聖地巡礼」のようなものですが、ドラマの撮影で使われた場所やストーリーに登場する舞台を訪れる山旅。思い入れのあるお気に入りの物語だったらなおさらのこと、「あー、来てよかったー!」ってなるでしょう。
最近なら登山やキャンプを題材にした人気の漫画があり、そこになぞるように訪れるハイカーも多いようです。
★登山×絵画の風景
日本画は山を題材にしている作品がとても多く、美術館で絵を鑑賞しているだけで登山をしている気分になることもしばしば(ちょっと大げさ?笑)
なにか感じるものがある絵、大好きな作家の傑作、お気に入りの情景などなど、視点は自分次第。絵画をよく観察すると山歩きのヒントがたくさんあるはずです。わかりやすい例は、歌川広重の『東海道五十三次』をヒントに東海道の宿場を訪れるような感じでしょうか。
★登山×日本酒
日本酒って、山の名前を冠するものが多いですよね。山は人が生きるための清い水を生み出す巨大な“ろ過装置”そのもの。だから、その山から出ずる水に育てられた米と水を使って仕込まれた酒は、母なる山に敬意を表してその名をつけることが多いわけです。で、そういう米と酒は例外なく旨いんですよねぇ。お酒好きな人なら、そんな視点から山を選んでみるのも楽しいでしょう。
いずれも日常生活の中で得られるヒントと登山を掛け合わせたテーマ設定の一例です。休みの日には、そのヒントを頼りに非日常の世界へと踏み出してみる。町暮らしと自然遊びが常に循環するようなイメージです。
当たり前ですが、山中にはなにも売ってません。あらかじめ必要な装備を整えてから入山する必要があります。とはいえ、アウトドアの道具類は見ているだけで欲しくなる物、使ってみたくなるギアがたくさん。買い物も登山のうち!と心得て、準備も楽しみながらやりましょう。
ここでは、登山の“三種の神器”と言われる装備と、個人的に必ず持っていくアイテムをいくつかご紹介します。
登山用の靴(滑りにくく、水や汚れに強いもの)
登山用のザック(山中では両手を開けておくこと)
登山用の雨具(レインウェアは防風にも役立ちます)
救急道具(切り傷、擦り傷、万が一の常備薬など)
ヘッドライト(山は町より早く暗くなり、街灯もありません)
行動食(ドライフルーツとナッツを混ぜてボトルに入れておく)
プレート(不安定なところで食事をする際にクッカーやカップを置くのに便利)
そこがたとえ低山でも山は山。危険や異常を感じたら早い判断で引き返す、中止する。持ち物の準備、明るいうちに行動を完了する、保険に入るなどは自己責任です。
最近、遭難事故が後を絶ちません。地図を持たなかったり、いま自分がいる位置を想像、把握できないケースが増えているようです。道迷いの原因のひとつに“道の種類”が多いことによる判断ミスを挙げることができます。特に低山里山には登山道だけじゃなく地元の人の生活道、むかし使われていた古道、林業や農業のための作業道などなど多種多様の道があります。こうした複数の用途の道が、山中の同じ場所で交差していると、初心者はどの道を進んだらいいかわからなくなる可能性があります。
そこで大事なのが「コースプラン」を立てることと、現地で「現在地」を確認できるもの。紙の地図とスマートフォンのGPSを“デジアナ併用”するのが相性よいので、まずはおすすめしたいところ。
ハイカーの定番「山と高原地図」や、もっと精細な国土地理院の1/25000地図、地元の自治体や観光協会などが作成しているハイキングマップなどなど、どれでもいいので入手できる紙の地図は必ず用意して携帯しておきましょう。ポイントは「登山道(コース)」が入っていること。このコースを見ながら、どの道を・どの順番で・何時ごろ通過する予定か、コースプランを立てておくことがとても大切です。
その上で、スマートフォンの地図アプリ「YAMAP( https://yamap.co.jp/ )」など、GPSで手軽に自分の現在地を確認できるものを登山中に利用することをおすすめします。携帯電話の電波が届かない場所でもGPSは届いています。登山地図も同時にダウンロードしておけば、コースから外れていないかチェックできるので、これは本当に便利だなーと思います。
歴史小説は、文系な山探しのヒントが盛沢山。たとえばこの『大菩薩峠』は、中里介山による幕末の時代小説。話のあらすじはここでは割愛しますが、小説の冒頭に登場する大菩薩峠は、日本百名山・大菩薩嶺の稜線にあるかつての青梅街道の難所のひとつ。甲斐と武蔵の国境でもありました。
実際に訪れてみると、現在の大菩薩峠は介山荘という山小屋のところにあり、その昔はもっと北側だったそうです。最近になり、地元のグループ「大菩薩ネルチャークラブ」によって古道が復活し、いまはその道を歩くことができるようになりました。
ちなみに、この物語には、武州御岳山(東京都青梅市の御岳山)も登場します。御岳山に行ってみると、この『大菩薩峠』の記念碑がちゃーんと設置されているので、それも探してみると楽しいですよ。
自宅近くの神社で発見した不思議な護符。調べてみると、そこに描かれていたのは「オオカミ」で、前述した東京の御岳山のものでした。
御岳山は日本武尊が東征の帰りに遭難した山で、そのときに白いオオカミが現れて道案内をし、危難から救われたという伝説が残っています。以来、オオカミは「大口真神」となって山を護り、獣害をもたらす動物の天敵であることから農家にとっての味方、つまり五穀豊穣の守り神となったわけです。それは今日現在も、多摩川沿岸のかなり広い地域で信仰されていて、ぼくの自宅近くの「オオカミの護符」もそのひとつだということがわかったのです。
登山をしなければ知ることもなかったであろう、東京のオオカミ信仰の姿が興味深く、本を読んだり宿坊の方に話を聞いたりして、山のあちこちを探索するのがとても楽しくて。登山とは地域を知るための最高の「手段」だなーと、改めて思った出来事でした。
絵画が好きで、よく美術館に足を運んでいます。あるとき購入した画集に東山魁夷の『残照』という絵があり、ぐぐっと惹きこまれました。低山の山並みの向こうに雪の残る高山の峰々が立ち並び、そこに赤い夕陽が照り映えるという、まさに残照の情景を描いたものです。この絵があまりに印象的だったので、そのモチーフとなった展望風景を撮影しようと、鹿野山へ撮影登山に行ったことがあります。
しかし実際に訪れてみると、低山の山並みはまさに絵画そのものだったけれど、残照を受ける白い山脈はそこにはありません。実はこれ、甲州や上越あたりで見た山々で、それらと九十九谷の低山のうねりを重ねた東山魁夷の心象風景だったそう。これ以来、山梨や新潟を訪れる度に山を眺めては、あのあたりかなーと推測するのが楽しくなりました。
世界一登山者が訪れる山、高尾山。富士山を眺めることができる599mの山頂までコースが多彩で、登山初心者が楽しめるよき低山です。さらに高尾山を起点にして陣馬山を往復したり南高尾丘陵を周回するミドルコースは、登山上級者でも楽しめるよきトレイルでもあります。その一方で、山頂には富士山を遥拝する浅間神社があることや、長野より勧請された武神・飯縄権現が祀られるなど、山岳信仰の色濃い山でもあり、冬至のころのダイヤモンド富士の遥拝はとても有名です。
そんな神仏の祀られる山には、だいたい麓に里宮が、山頂には奥宮が鎮座するケースが多く、その二つの宮を結ぶ登山道(登拝道)では、急で荒いストイックな「男坂」となだらかで見どころの多い「女坂」をよく見かけます。もちろん高尾山にも。たとえば全国あちこちの山々に「男坂」と「女坂」を訪ねて歩く、というのも、知的な山旅の楽しみ方だと思ったりして。
文系な登山に出かけたら、写真を撮って『やった!レポ』に投稿してみてください。こんなところが面白かった、ここがおすすめ!などあれば、ぜひコメントもつけて教えてください。
山頂を目指す登山を「ピークハント」といいますが、そうしたことにこだわらず、好きなことを山旅に探求する面白さたるや。小説に登場する山もよし、絵画のモチーフになった山もよし、いい酒を生み出す山ももちろんよし、地元ならではの信仰を集める山はなおさらよし。男坂と女坂のある山も大いによし! みなさんの身近にある歴史文化の深いイイ山を、ぜひ見つけてみてください。これを機会に、文系な視点で楽しめる山旅の面白さを分かち合えることができたら、とても嬉しく思います。