2025.09.30166 views

自然写真家が考える 森の隣人、クマとのつきあいかた

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二神慎之介

写真家
激動の時代をクマと生きる

近年、全国でクマ類による人身被害が増えています。今年8月には知床半島の羅臼岳登山道上でヒグマによる死亡事故も発生しました。クマとの共生を謳ってきた世界自然遺産での壮絶な事故のしらせに、多くの方が背筋の凍るような思いをしたと思います。最近は毎日のようにクマの事故が報じられ、人とクマとの関わり方、軋轢について、否応なく考えさせられる時代になってきました。

森に住まう、静かな隣人だったクマたちは今、私たち人間の生活圏に押し寄せてきています。ヒグマとツキノワグマの双方を追い、観察を続けてきた私自身、クマの行動や生息域の変化の早さに戸惑うほどです。普段から自然に遊ぶ人たちはもちろん、町に暮らす人にとっても、クマという動物は遠い自然の中の存在ではなくなってきました。

人とクマの接触が増えた現状をどう受け容れていけばいいのか。どのようにクマの存在を私たちの生活の中に受け入れていけばいいのか。自然写真家の目線から今後のクマとのつきあいかたを考えてみました。

READY
準備するもの
  • クマ撃退スプレー

    1本

  • 双眼鏡

    1台

  • 熊鈴

    1個

STEP 1

日本のクマを知る

  • ヒグマ。北海道に生息
  • ツキノワグマ。現在は本州、四国に分布
  • 雪渓の脇で草を食む
  • 海岸に出て食物を探すヒグマ

日本には2種類のクマが生息しています。ヒグマは国内では北海道のみに生息しており、本州・四国にはツキノワグマがいます。ツキノワグマはかつて九州にも分布していましたが、今では絶滅したとされています(2025年8月現在)。大きなものでヒグマは400kg、ツキノワグマは120kgほどにもなりますが、これはオスの場合。メスだとヒグマは100kg前後、ツキノワグマは50kg前後が平均的なサイズと言えるでしょう。

「クマを理解することは、クマの食べ物を知ることから始まる」と私は考えています。クマはサケやシカなどを食べるイメージがありますが、実際には雑食です。しかも動物質より植物質を多く食べる個体がほとんどです。春先には芽吹いた草や木の芽を食べ、初夏からはアリやハチなどの虫、夏は高山帯にあるハイマツの実を食べます。冬眠前の秋には、ドングリ・クリなどの堅果類やヤマブドウ・サルナシなどの液果類を食べます。これらに加えて、春先には冬の間に弱って動けなくなったり、死んだりしたシカを食べることもあります。海が近いエリアでは、秋に遡上してきたサケやカラフトマスを食べるヒグマもいます。このように、ざっと例を挙げただけでも草・実・虫・獣・魚と彼等の食性は多彩です。

クマは旅をする動物でもあります。様々な食べ物を追って季節の恵みに合わせて大きく移動します。春先は雪解けの早い斜面で草を食み、芽や草が成長して硬くなると、標高を上げてまだ柔らかい草を探し、秋の実りの季節には再び麓へと降りてきます。ときには海岸沿いに姿を見せることもあります。全てのクマがそうだ、というわけではありませんが、クマたちは移動を繰り返し、あらゆる自然環境を利用して生活しています。ときには山村や町など、人間の生活圏もその舞台となってきました。詳しくクマの生態を学ぶなら、以下に紹介する書籍がおすすめです。

『森と生きる。ツキノワグマのすべて』 文一総合出版/小池伸介・澤井俊彦
豊富な生態写真と共に、クマの生態はもちろん、足跡や爪痕、フンなどのフィールドサインなど、バランスよく網羅されていて、クマを理解する最初の一冊に最適。

『ヒグマは見ている 道新クマ担記者が追う』 北海道新聞社/内山岳志
2019年から2023年までのヒグマ関連の記事を収録。いかにヒグマの行動が変化しているか。私たちの生活圏に迫りつつあるか……。今のヒグマに関する課題を教えてくれる一冊となっています。ヒグマを知っている人にこそ、読んで欲しい一冊です。

STEP 2

フィールドでクマを感じる①

  • カラフトマスを獲ったヒグマ
  • サクラに登って実を食べるツキノワグマ

つい数年前までは、直接の目視は難しいといわれていたクマですが、現在は状況が変わってきており、姿を見られることも増えて、SNS等でも多くの画像が散見されるようになりました。不意に遭遇すれば事故につながることもあり得ます。まずはフィールドでクマの存在を感じられるようになること。これがクマを理解するうえでとても大切なステップになると私は思います。

私は撮影のために山野を歩いて、植生を掴み、クマの痕跡から多くの情報を得て、クマの行動を予測し、先回りをしようと努めてきました。正直に言うと、予想通りに事が運んだことはほとんどありません。それほどクマの食性は幅広く、自然の変化は複雑なのだと思います。例えばドングリの実もサケの遡上も、毎年同じボリュームというわけではありません。実りは年ごとに変化し、それに合わせてクマは行動を変えます。とくに実りの季節である秋は、食物の豊凶によってクマの行動は劇的に変化します。例年の様にミズナラの実を食べるのか。不作であればコナラを食べるかもしれないし、その年豊作になったサルナシに執着するかもしれない……。クマを追っていて毎年思うのは、今年はどんな年になるのだろう? ということ。クマにとって幸せな秋なのか。苦しい秋なのか。実りはどうなるだろう……と。見えないクマの生活を想像することを通して、クマに象徴される自然全体を感じているような気がします。

STEP 3

フィールドでクマを感じる②

  • 春、ヤナギ類の新芽を食べるツキノワグマ
  • コナラの枝先に残るクマダナ
  • 木の幹に残るクマの爪痕
  • 糞。季節ごとに内容物が変わる
  • 岸に残されたカラフトマスの食べ残し

クマはどこにでも現れる動物です。予測は非常に難しいのですが、季節ごとの食べ物に関する知識があれば、クマが来るかもしれない場所の推測ができます。クマの行動圏に入るときには、クマが来そうな場所を意識しておきます。そうすることで、クマに遭遇する前の心構えができ、より上手に避けることで安全性が高まります。例えば渓流釣り。渓流に入ったら、川沿いの植生に注目してみましょう。ヤナギやクルミは渓流沿いに多い樹木ですが、クマは5月頃からヤナギの新芽や花を食べ、晩夏からはオニグルミの実を食します。登山をする人なら、8・9月の登山中にはハイマツ帯に要注意。ハイマツの実はクマの好物だからです。登山道でのクマ出没情報をチェックするとき、ただクマが出没した場所だと覚えるのではなく「ハイマツの実を食べる」という知識があれば、別のハイマツ帯でも注意ができます。もちろん、クマが出没するのには様々な要素があり、予測できない部分もありますが、季節や食性に留意することで、クマに対する想像力・注意力がアップするし、よりクマの存在が近く感じられるようになってきます。

クマの存在を最も伝えてくれるのは、フィールドサイン、クマの痕跡です。ツキノワグマでよく見られる『クマダナ』(熊棚)は木に登ったクマが、実を食べるために折って手繰り寄せた枝が、かたまりのようになったものです(ヤドリギなどと混同しないように注意が必要です。ヤドリギも調べて覚えてみてください)。クマが使った時期とはズレますが、木の葉が落ちた冬に森を歩くと熊棚は見つけやすくなります。翌年以降に備えてその場所を把握しておくのも有効な方法です。

樹木にある爪痕もわかりやすいサインで、なぜこの木に登ったのか、と推理するのも楽しいものです。例えば実の無い木でも、ヤマブドウなどの蔓性の実が上に生っている……などの理由を見出すこともできるし、同じ種類の樹木でも、痕跡の濃さから、この木にはよく登る……実のなりが良いのではないか、などと推測することができます。クマの爪痕は鹿の角研ぎ痕と混同されることが多いので、こちらも両者の特徴をしっかり覚えておくとよいでしょう。

また、林床や林道にクマの糞を見つけたなら、その内容物から、クマがその時期に何を多く食べているかを知る手掛かりとなります。私もフィールドでクマ糞を見つけると、必ずと言っていいほど写真で記録して内容物をチェックします。

STEP 4

安全にクマを観察することはできるか

  • 船や開けた場所で観察できると安全度が高い

日本にはいくつかの有名なクマの観察スポットがあります。そこへ行けば手軽にクマの写真を撮ることができるかもしれません。しかし、大勢の人間が近くにいることを知りながら採食をするのはクマの本来の生態とは言い難い。さらにクマが人に馴れて距離が近くなると、事故の要因にもなりかねません。そのような場所では観察しない、クマの暮らしを変えるような無理なアプローチをしない、といった配慮が観察の大前提となります。

フィールドで安全な距離を保ってクマと遭遇するのは魅力的な体験ではあるものの、どうしても危険と隣り合わせです。また、観察をする以上クマへの影響もゼロにはできません。以下に紹介するのは比較的安全に観察できて、クマへの影響が少ないと思えるスポットの一例です(※クマの生息地を歩くものは絶対安全とは言えません)。アウトドアアクティヴィティは安全に楽しみたいものです。

北海道・大雪高原温泉ヒグマ情報センター
7月中旬ごろから一月ほど、山の斜面に出没したヒグマを観察できるコース。ヒグマとの距離は遠く、安全な場合がほとんどで、常時巡視員がコースを監視しており、接近遭遇の危険がある場合はコースが封鎖されます。
https://www.higuma-center.com/

北海道・知床羅臼 ヒグマクルーズ
春から秋の間、知床半島の羅臼では、比較的小さなクルーズ船(漁船)で海岸に出たヒグマを高い確率で見ることのできるクルーズがあります。船からなので、安全に観察・撮影を楽しめます。
https://rausu-shiretoko.com/ocean-tourism/

STEP 5

クマを避ける

  • 撃退スプレー。信頼性の高いものを

クマを直接見る機会は、突然訪れるかもしれません。そのとき、最も気をつけるべきは相手を驚かせないことです。おそらく、クマによる人身事故で最も多いケースは次に挙げる2パターンです。ひとつは突然至近距離で出会い、クマ側が安全に回避する時間が無い場合。もうひとつは、子連れの母グマが子熊を守るために攻撃行動をする場合です。いずれにせよ、クマが逃げられない(と、とっさに判断される)距離で突然会うことは非常に危険です。

故に、距離が離れた段階でお互いが存在を認識することが最も有効な回避策となります。例えば、見通しの悪い場所では、同行者と喋りながら歩くとか、単独なら歌を歌うなどという手段も良いかもしれません。接近前にクマにこちらの存在を知らせる点で、クマ鈴の装着も有効な手段です。しかし最近では人の存在に慣れてしまって、人の声や、鈴の音を聞いても動じないクマがいることにも注意が必要です。

2023年10月、北海道福島町の大千軒岳で消防隊員がヒグマに襲われ、素手やナイフで撃退した事故がありました。このような対処は冷静な判断力や胆力が必要で、加えて幸運も重なった稀有な例です。やはり、一般人に有効な忌避手段はクマスプレーです。無数の商品がありますが生命を預ける道具ですから、その威力は重要です。しかし国内では、それを保証する公的な認定制度はまだありません(2025年8月現在)。

製品選びでは刺激成分であるカプサイシンの含有量が指標になります。これが2%ある強力なタイプであること。加えてEPA(アメリカ合衆国環境保護庁)認証だと信頼がもてます。EPA認証を受けた米国の製品か、その基準に準拠して国内開発された製品の選択が望ましいと私は考えます。

実際にクマにスプレーを噴射する動画も見られるようになってきましたが、気になっているのはまるで虫除けスプレーの様に、空に向かってふわっと発射をする使い方。これでは本来のクマスプレーの能力を発揮できません。噴射圧で軌道がブレないように両手でしっかり構え、至近距離からクマの目や鼻等の粘膜に勢いよく直撃させてクマを追い払う。そういう使い方をする製品です。そういう意味では「クマよけスプレー」というより「クマ撃退スプレー」という呼称の方がしっくりくるかと私は思います。

STEP 6

クマと生きる

  • クマとのちょうど良い距離が模索されている

2025年の7月には岩手県北上市の自宅内でクマに襲われた女性が死亡し、さらに北海道の福島町では、新聞配達中の男性が襲われて死亡しています。これまで、クマに対する安全対策として「出会わないこと」が最善だと言われてきました。しかしこの一連の事故は自宅や住宅街と、完全に人の生活圏の中で起きています。私は専門家ではないので、クマの個体数が増えているか否かの明言は避けますが、フィールドを歩いていて感じるのは、クマの数が変化していない、もしくは減少しているとはどうしても考え辛い状況だということです。

もちろん山野ではこれまで通り、突然出遭わないよう怠りなく注意することは変わりません。しかし、こうして人の生活圏に入りこんでくるクマに対して、人間社会はどう対処するのか。そして個人としてどんな心構えをして向き合っていくのか……。急激な変化を突き付けられて、私たちは今クマを通して自然との関わり方を考えなおさざるを得ない時期にきています。

今後、クマを守るべきか、駆除すべきか。様々な議論が行われ、意見の二極化が進むでしょう。私たちが安心して生活していくために、押し寄せる自然に抗いながら折り合いを付けて行く。共生という言葉が優しすぎると感じるような、そんな時代がもうすぐそこにやってきています。

STEP 7

『やった!レポ』に投稿しよう

『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。

MATOME
まとめ

自然環境の変化。クマの個体数や行動の変化。予測のつかない急激な変化のなかで、私は「クマは本来、どんな動物であるか」を理解することが大切だと考えています。街に下りてきて事故を起こしてしまうクマ。大きなシカを襲う獰猛なクマ……。もちろんそれもクマの一面ではあります。しかし、テレビやインターネットで見たニュースの映像だけでクマを考えてほしくはありません。クマの食性や生活を理解し、フィールドにその気配を感じ取り、クマを理解しようと努めたうえで、各々が、しっかりした判断をしていく。私たちは、これから来る激動の時代に、本当の意味での共生の方法を模索していかなければなりません。

GROW CHART
成長スコアチャート
野性3
4知性
4感性
アクティビティ
感じる
環境
山 ・ 川 ・ 森
季節
春 ・ 夏 ・ 秋
所要時間
1日以上
対象年齢
中学生以上
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