現代社会で見えにくくなった「自然と人のつながり」をテーマに身近に暮らす野生動物の生態や人との関わり、自然との関わりから生まれた文化や生業などを撮影している写真家。身近にいる生き物たちについての講演会や観察会なども行っている。ニコンの行う写真教室「ニコンカレッジ」の講師も勤める。
野生動物と聞くと、人の生活からは遠い場所で暮らすイメージがあるかもしれませんが、日本では身近な場所でも多くの野生動物が暮らしています。その代表的な存在が「ホンドギツネ」です。普段私たちが生活しているだけでは、このかわいい隣人に気付くことはありません。ですが、彼らの目になって自分たちの暮らす街の中をよく見てみれば、実は彼らの存在の証拠がいたる所で見つかるのです。
そんな、ホンドギツネを中心とした身近な野生動物を観察するために、彼らの知られざる生態と五感をフルに使って観察するコツを紹介します。
野生動物を観察するために、まずは相手がどんな生き物なのか知らなくてはいけません。キツネはお稲荷さんで神様の使いになっていたり、昔話によく登場するので知らない人はいない野生動物でしょう。でも野生のキツネと聞くと北海道の「キタキツネ」を思い浮かべる人が多く、キツネは北海道にしかいないと思っている人も少なくありません。
でも実は本州より南(沖縄など一部地域を除く)にも、「ホンドギツネ」という種類が暮らしています。先に述べたようにお稲荷さんや昔話などに度々登場することから、昔から人のそばで暮らしていたことが伺えます。しかし、身近にいるにも関わらず人馴れしている個体も少なく、とても臆病な動物なので昼間から人の前に姿を見せることは余りありません。
キツネはイヌの仲間で、大きな三角の耳やすらりと引き締まった身体、ふさふさした長い尻尾が特徴の動物です。イヌの仲間ではありますが、人の大人の身長ぐらいの壁であれば飛び越えてしまいますし、獲物を狩るときのしなやかな動きはまるでネコのようです。とても身体能力の高い動物なのです。
昼の間ホンドギツネは、人家近くの林や河川敷の草やぶの中を寝床にして過ごしています。人目を避けて主に夜に活動しますが、子育ての時期や人がほとんど近づかないような場所では、昼間でも活動していることもあります。また、夕方、暗くなる前から草やぶから出て、夜になるのを待っている姿を見る事もあります。彼らは人をとても良く観察しているので、人が真っ暗な夜では自分たちを見つけられないことをよく知っているのです。
夜になると町の中の公園や畑、田んぼ、原っぱなど、昼間には人がたくさんいるような場所にも現れ、点々と移動しながら食べ物を探して歩き回ります。季節によって回る場所は大体決まっているようです。キツネは狩りが上手な動物で、ネズミや鳥、昆虫などを捕まえて食べます。そうした動物以外にも、果物や人が捨てた弁当の残りなどの残飯、畑の作物なども食べます。
冬に河川敷などに巣穴を掘り、早春にはその巣穴の中で2~4頭程度の子供を出産し、子育てを始めます。子ギツネは、お乳を飲んだり、親が獲ってきた獲物を食べて成長していきます。子ギツネがある程度大きくなると空き地や畑、夜の駐車場などの開けた場所に連れていって遊ばせるようになります。
キツネは夫婦で協力して子育てをしますが、実は日本で夫婦で子育てをする哺乳類は珍しく、他の日本の哺乳類ではタヌキしかいないようです。
子育ては夏の終わりごろまで続き、秋には母ギツネは子ギツネを独り立ちさせるために追い立てるようになり、子ギツネはやがて独り立ちしていきます。しかし、メスの子ギツネの中には母ギツネのなわばりに留まって、次の年の母ギツネの子育てを手伝うヘルパーになる個体もいます。そこで子育てを勉強し、次の年には自ら子育てを始めるようです。
キツネなどの野生動物に出会うには、まず身近に彼らがいるのかを確認しなくてはいけません。しかし、初めから野生動物を直接観察するのはとても難しいです。そこでまず初めにやることは、自分が探偵のようになって野生動物が残した痕跡である「フィールドサイン」を見つることです。フィールドサインは様々なものがありますが、それぞれの探し方のコツを伝授します。
まずは野生動物の通り道である「獣道」の探し方です。例えば、河川敷の草やぶを見ると草が不自然に倒れていたり、何かが通って道になっている場所があります。あまり人が立ち寄らない空き地の回りのフェンスの下なども通り道を探すポイントです。フェンスの下にすき間ができている場所などは野生動物が通った跡かもしれません。
こうした通り道はキツネだけでなく、タヌキなどの他の野生動物も使っているかもしれません。
通り道には草が倒させているだけではなく、足跡が残っていることもあります。例えば耕された畑を良く観察してみると、足跡がたくさんついていることがあります。
足跡は動物の種類ごとに形が違いますし、歩き方も違うので、足跡の並び方も違っています。そのため、足跡の形や並び方の違いを知っていると、その場所を通った動物の種類が分かります。
キツネは、イヌの仲間なのでイヌの足跡のように4本指の足跡がつきます。しかも歩き方が特徴的で、足跡の並び方が一直線になります。ネコも同じく4本指の足跡で、並び方も一直線になりますが、ネコは体が小さいので足跡も小さく、並び方も足跡同士の間隔が狭くなります。
もし足跡を見つけたら、そこで動物が何をしていたかを想像してみてください。例えば、足跡が並んでいたら「どっちへ歩いて行ったか」を考えてみましょう。一か所にたくさん足跡が付いていたら「なぜそこにたくさん足跡があるのか」などを彼らの気持ちになって想像してみると、彼らの暮らしが少しずつわかってきます。
最初は、見つけた足跡が何の動物の足跡かわからないと思います。でも足跡があるということは、そこに動物がやってきた確かな証拠です。夜、足跡を見つけた場所で静かに待っていれば、足跡の持ち主がやって来るかもしれません。
糞と聞くと汚いイメージがあるので、中々じっくり観察したことがないかも知れませんが、哺乳類を探す上ではとても重要なフィールドサインです。キツネの糞の形は、やはりイヌの糞に似ています。しかし、ドッグフードなどを食べているイヌとは違い、キツネの糞には果実の種や昆虫の身体の一部、ネズミなどの動物の毛など、様々なものが含まれています。
また、糞をしてある場所も、石の上などの目立つ場所にされていることが多いのが特徴です。「いつ」「どこに」「どんな糞があったのか」を調べると、その糞をした動物が、「いつ」「どこで」「どんなものを食べていたのか」が分かってきます。
例えば、秋に柿の種が入った糞を見つけたら、糞の近くに柿畑がないか探してみましょう。もし柿畑があれば、そこに柿を食べにやって来ているかも知れませんね。
フィールドサインを探す方法は、足跡や糞など目で見る探し方だけではありません。嗅覚や聴覚など、五感をフルに使って探しましょう。野生動物を探すことは、実は五感を鍛えるトレーニングにもなるのです。
まずは鼻で探す方法です。キツネのおしっこのニオイは特徴的で、イヌのニオイよりもつーんと鼻を突くニオイがします。僕の感覚では草を刈った後のニオイに似ているように感じます。こうしたニオイのする場所は、もし子育ての時期であれば子ギツネが頻繁に遊びに来ている場所かもしれません。それと、キツネは犬の仲間なので、犬のように柱や石などの目立つ場所でおしっこをするのでよく臭います。
とは言え、キツネのニオイなんて意識したことがないので最初は分からないと思います。ですので、次に動物園などに行く機会があれば、キツネの見た目や行動だけではなくニオイも観察してみてください。ニオイを覚えておくと、野外で歩いているときにふとキツネのニオイが漂ってきたら気がつけるかもしれません。
野生動物に出会うためのコツは、常にフィールドサインに気がつけるようにアンテナを張っておくことなのです。
次に耳で探す方法です。夕方に堤防などを散歩していると、ときどきキツネの声が聞こえてきます。例えば「ギャーーーンッ!!」という大きな鳴き声は警戒しているときの声です。特に子育ての時期は、子ギツネに危険が起こりそうなときに良く聞きます。子ギツネは、この声を聞くと危険を避けるためにあっという間に隠れてしまいます。この声が聞こえた時は、キツネが嫌がっているときなので、絶対にむやみに近づいてはいけません。
他には「ギャギャギャギャギャッ!!」という、まるでムクドリの鳴き声に似ているような声です。これは、子ギツネたちが激しくじゃれあっているときの鳴き声です。
また、秋から冬に掛けてしか聴こえない声もあります。それは「コンコンッ!」という声です。童謡などで聞いたことがあると思いますが、実際にキツネは「コンコン」と鳴きます。ただし、子ギツネではなく大人のオスの鳴き声です。実はこの声は、繁殖期にオスがメスを探して鳴くときの声なのです。冬の夜の寒空の下、じっと耳を澄ませていると、キツネの恋の歌が聞こえてくるかもしれません。
このように実際に姿は見えなくても、鳴き声を聞けただけでその場所にキツネがいることを直に感じることができるのです。
今度は、実際にキツネを目で探す方法です。ある程度フィールドサインを探していくと、キツネが住んでいそうな場所がわかって来ると思います。そうした場所は、夜に実際に探しに行ってみましょう。
このとき準備するのは、ライトの光る部分に赤いセロハンを貼ったもの。キツネなどの夜に活動することが多い動物は、ライトの光が目に入ると光を反射してキラリと光ります。この光った目を見つけることでキツネを探すのです。このように、ライトで照らして探す方法を「ライトセンサス法」といい、野生動物調査の現場でも実際に使われる方法です。
ライトに赤いセロハンを貼るのは、キツネが光を眩しく感じないようにするためです。キツネは、人間には良く見えないような真っ暗な夜でも、物を見ることができます。これはキツネの目が、人間よりも少しの光でも見えるような仕組みになっているからです。だから人間にとってちょうど良い明るさでも、キツネにとっては眩しく感じてしまいます。赤い光は目に対して刺激が少ないので、野生動物に与えるストレスを少なくすることができます。
河川敷などでライトセンサスするときのポイントとしては、堤防の上を歩きながら河川敷全体をくまなく照らすことです。すると足音に気がついたキツネが顔を上げてこちらを見るので、その度に目がキラリと光ります。
光る目を見つけたら、むやみに近寄らずに観察をしましょう。近づこうとすると、キツネは嫌がって絶対に逃げてしまいます。長く観察するには、キツネの嫌がることをせずに、彼らの行動を妨げないことが重要です。
フィールドサインやライトセンサス法からキツネがいそうな場所が分かったら、夕方からその場所の近くでキツネが出てくるのを待ってみましょう。用意するのは双眼鏡です。
ポイントは、やはりライトセンサス法と同じく、堤防の上などのキツネの寝床になっている草やぶから離れて観察をすることです。
キツネは臆病な動物ですので、寝床の近くで人の気配がすると絶対に姿を見せてくれません。また折角観察できる場所が見つかっても、キツネに嫌なことがあればその場所に戻ってこないこともあるのです。だから離れて双眼鏡で観察することが重要なのです。
また、人の姿が見えると隠れてしまうので、もし車などで行く際は、車の中から観察すると、キツネも人がいないと思い安心するので観察しやすくなります。
生き物の暮らしを観察するということは、僕らで言えば、ご飯を食べているところや寝ているところを誰かに観察されているようなものです。そうしたことをしているときに誰かが近づいてきたら嫌ですよね。だから野生動物を観察するときは、むやみに近づいてはいけません。またキツネは耳が良い動物です。キツネを見つけると嬉しくてつい声を出してしまいそうですが、観察中に大きな声で騒いでいると、嫌がって隠れてしまうことも。特に初夏のキツネは子育ての真っ最中。キツネは親子で一緒に過ごす時間は半年ほどしかありませんから、親子が一緒に過ごせる貴重な時間を邪魔しないようにしましょう。暮らしを“見せてもらっている”という謙虚な気持ちが大切なのです。
フィールドサインを見つけることができたり、もし運よく昼間などの明るいうちにホンドギツネを見つけたりしたら、スマホなどのカメラで写真を撮って「やった!レポ」に投稿してみてください。観察して発見したことがあれば、ぜひコメントもつけて教えてください。
ホンドギツネについての研究はあまり進んでおらず、わかっていないことがまだまだたくさんあります。僕らが、キツネなどの野生動物と同じ場所を共有しながら暮らしていくためには、まずはキツネが僕らを観察しているのと同じように、僕らもまた彼らのことを観察し、彼らと僕らの関わりをもっと知る必要があります。
そのためにも、「もしかすると家の近くにキツネがいるかも」という考えを持って、キツネの目になって自分たちの暮らす町を見てほしいです。すると今まで気がつかなかった面白い発見があるかもしれません。
ただし、観察する上で絶対に忘れてはいけないことがあります。それは彼らが犬や猫とは違い、野生動物だということです。キツネを見つけても食べ物を与えたり、むやみに近寄ったりせず、臆病な隣人を遠くからそっと見守ってください。そうすれば彼らの暮らしを観察させてくれるでしょう。
※私有地など管理された土地に入っての観察は、必ず管理者に確認しましょう。
※暗い環境での観察には危険が伴います。安全確認はしっかり行いましょう。
※観察には、必ず大人の方が同行するようにしましょう。