生き物の飼育と観察を楽しむうちに、骨格標本作りに着手。独学で骨格標本の作り方をマスターする。2025年現在、およそ600種類の魚を標本化。過去の標本の制作の舞台裏をnoteで発表中。
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魚の骨格はバラエティに富んでいて面白いものです。造形そのものの綺麗さカッコ良さはもちろんのこと、じっくり観察するとそれぞれの習性や食性に特化した機能性に気づきます。また、その正反対にまるで説明のつかない不思議さを発見することも……。そんな見れば見るほど興味が尽きない魚の骨格を標本にして残してみましょう。骨格標本の制作にはいくつかの方法がありますが、私が実践するのは魚の形を残したまま、徐肉によって骨格を残す方法です(骨をバラバラにしてあとから組み上げる方法もあります)。手間は少しかかりますが、入門者でも無理なく取り組める方法です。
ピンセット
数本
アートナイフと替刃
必要量
小型のハサミ
1本
先端が尖っていない注射器
1本
歯間ブラシ
1本
ゴム手袋
1双
洗面器
1個
蓋つきタッパー
1個
次亜塩素酸系漂白剤
1本
酸素系漂白剤
1本
アセトン
1缶
アルコール
1本
サランラップ
1巻
キッチンペーパー
1巻
発泡スチロール(厚め)
1、2枚
スチレンボード(薄め)
1、2枚
昆虫針またはまち針
必要量
剥製用長針(または竹串)
必要量
珍しい魚が手に入ったからといって、いきなり標本制作に挑んでも綺麗な標本が作れるはずもありません。まずは近所のスーパーで手に入る一般的な魚で練習してみましょう。入手しやすい鮮魚では、アジやサバなどよりも骨がしっかりしているタイやハタの仲間などのほうが作りやすいです。
今回の解説に用いるのはちょっと珍しいヒレコダイというタイの仲間。30cm くらいのものを知り合いの魚屋さんから手に入れたのでこれを見本に解説していきます。
必ず鮮魚の状態のモノを使いましょう。熱を加えると骨がバラけてしまい、後で組み立て直すのに苦労します(過熱して肉を取り除き、再度組み上げる方法もありますが、骨の位置を撮影しながら分解し、写真を見ながら組み立てるのでたいへんです)。
鮮度は多少落ちていても構いませんが、腐敗した魚などは適しません。食用になるレベルの魚は肉の部分がもったいないので、骨格標本づくりに影響しない骨の無い部分は先に取りわけておいて、後で調理するとよいでしょう。
ピンセットやアートナイフ、ハサミを使って、肉が多い部分を中心におおまかに肉取りをしていきます。取ってよい部分と残しておく部分の見極めが重要です。関節部分は外れやすいのでとくに注意が必要です。目の周りや鰓蓋の開閉部分、肋骨から伸びる血合い骨などはこの時点では余りいじらないでおきましょう。鰓を残す場合は 赤い鰓耙(さいは)の部分だけ取り除きましょう。
この作業で重要なのがピンセットとナイフ類。メインで使うピンセットはしっかりとホールドできることが重要です。工作用の精密ピンセットがお勧めです。そのほか、先端が尖ったもの、先端に丸みがあるもの、先端が曲がったものなど3~4種類くらい用意できると便利です。ナイフ類は切れが悪くなったらためらわずに刃を替えましょう。
目の周囲、胸鰭の周囲、後頭部、鰓蓋の周囲……の肉をアートナイフとピンセットで取り除いていきます。骨を断ってしまわぬよう、指や刃先で感触を確かめながら肉だけを除きます。最初のおおまかな徐肉でとれなかった背骨や中骨に残る肉も取り除いていきます。
途中で時間が無くなってしまった場合は、ビニールに包んで冷凍庫にしまいこみ、後日続きに取り組むこともできます。しかし、長く冷凍庫に入れておくと冷凍焼けが起こって鰭の先端などがボロボロになってしまうので注意が必要です。
粗い徐肉が済んだら、温水で薄めた次亜塩素酸系の漂白剤で洗います。水温は 35 ℃前後、濃度は10分の1くらいが基本です。 私は魚の種類(骨の強度)によって濃度を変えていますが、最初は上記の希釈比がよいでしょう。
浸ける時間は魚の種類にもよりますが、今回のタイの場合は約3分ほどにしました。洗面器を揺らしたり、ピンセットで魚をつまんで揺らしたりすると反応が強く進みます。このとき、頭の穴の中に注射器で薄めた漂白剤を注入して、脳みそも洗い出しておきます。
漂白剤で洗った骨格を水でよく洗い、再度徐肉を行います。漂白剤によって柔らかくなった残りの肉を今度は丁寧に取り除いていきます。眼下骨や鼻骨、鰓、背骨に沿った神経部分、血合い骨の周りなどの肉も丁寧に取り除きます。
再び次亜塩素酸系の漂白剤に浸けて、こびりついて残った肉を溶かし洗いします。感覚としては、仕上げのすすぎ洗いくらいのつもりで行いましょう。今回は約2分浸けました。頭の中に脂が残っている場合が多いので、この段階で、もう一度頭の穴の中も注射器で洗い流します。
漂白が済んだら水でよく洗い流し、最後に最終仕上げのつもりで残っている肉を取り除きます。この時点までくると細かい骨が取れてしまうことがあります。その場合は別に集めておいて、本体と同じ工程を踏んで最後に接着します。骨が取れた場合はくっついていた場所がわかるように撮影しておくと、組み立てる際に迷うことがありません。
スチレンボードで頭と肋骨を避けた形で型を作り、ヒレや背骨を固定します(頭からまっすぐに背骨が伸びるように、スペーサーとしてスチレンボードを差し込むイメージです)。スチレンボードに針を使っておおまかに固定したら、スチレンボードを立てて長針で骨格を浮かせ、形を整えます。
この時点である程度の整形をしておくと最終的な整形が楽になります。口の中にキッチンペーパーを丸めたものを詰めて、上顎と下顎の位置関係や口の開け具合、鰓の固定などもやっておきましょう。
乾燥は浮かせた状態で行います。夏場などの気温が高い時期に大型魚をやる場合は、腐敗防止のため、時折アルコールをスプレーして消毒してあげるといいでしょう。
アセトンに浸ける期間は魚のサイズや種類によって異なりますが、1週間から10 日くらいが標準です。今回は10 日間としました。アセトンは有毒な劇薬なので、取扱いや廃棄には注意が必要です。アセトンを入れる容器は、アセトンに耐えられる材質のものを選びましょう。アセトンは下水に流せません。使用後に廃棄する際は町の担当する部署に相談して、指定された方法で処理しましょう。アセトンに浸けたあとは、新聞紙などに載せてアセトンが揮発するまで乾かします。
水で薄めた酸素系漂白剤に浸けて漂白します。今回は約2時間浸けましたが、この時間はあくまでも目安です。観察していると骨の色合いに変化が起きて白っぽくなるので、その時点で引き揚げます。この段階で血の色や残った筋などの色が薄くなって綺麗になります。
酸素系漂白剤は骨にダメージを与えます。漂白が済んだら水を替えて漂白剤を洗い流します。10分ごとに水換えをするぐらいの感覚で3度ほど水替えして、30分以上は水に浸けて漂白剤を完全に抜きます。
最後に水から取り上げた際に骨の周りの取り残した細かいケバ等が目につく場合は、ここで綺麗に掃除しておきましょう。
再度スチレンボードを登場させ、竹串などを使って整形しつつ固定・乾燥させます。剥製用の長い針があると便利ですが、無い場合は竹串で工夫してください。最終整形なので、肋骨の位置や各鰭の開き具合に注意します。今回は箱に飾るので裏側の胸鰭は閉じ気味にして調整しました。
完全に乾いたら、ケースにしまいます。取れてしまった細かい骨は、ここで接着剤を使って貼り付けましょう。ケースや台座はそれぞれ好きなもので構いませんが、今回は近所の魚屋さんで貰って来た木製のトロ箱にスチレンボードを敷いて標本箱風にしました。
魚の種類や産地、購入・採集した日付等のデーターが分かる場合はラベルに書いて一緒に飾りましょう。
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
博物館に飾る様な本格的な標本にはいろいろなルールがあるそうですが、私は専門家ではないのでそれについてはよく知りません。しかし、そういった堅苦しい事は抜きにして標本をつくるのもわるくありません。気軽に作って自然の造形美を楽しみましょう。
上手くなるコツはたくさん練習することです。初めの1個が上手くいかなくても10個、100個と作っているうちにさまざまな事に気が付くようになり、作業のコツが判ってどんどん上手になっていきます。根気よく続けていきましょう。
全く違った形態の種類を集めるのも良し。同じ仲間(タイの仲間、ウツボの仲間など)を集めて僅かな違いを見つけるのも良し。コレクションが集まってくると、骨のもつ機能や骨格と生態の結びつきなどにも気づけるようになり、ますます魚の世界が楽しくなっていくはずです。