プロフィール: 愛媛県出身の電子音楽作曲家、ボーカリスト。自然豊かな山間で生まれ育つ。 国立音楽大学音楽デザイン学科卒業。同大学院修了。 学生時代より、東京を拠点に活動を開始。 自身の作品創作だけでなく、映画やCMなどへの楽曲提供や歌唱、 また、国内外でのライブ活動も展開。登山を始めたことがきっかけとなり四国へUターン。活動を継続している。
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海や山、川といったフィールドに出かけたとき、身体はさまざまな情報を感じ取ります。空気の冷たさ、草の匂い、目に射す光、頬をなでる風、土の感触、虫の声……。
素晴らしい体験をしたとき、私たちはその場の記録を残します。いちばん身近な手段としては、撮影が挙げられるでしょうか。しかし、残念なことに嗅覚や触覚、味覚などについては、個人の体験を客観的な記録として残す術は開発されていません。
ところが「記録して再生する」という点で、視覚と同じように情報を残せる感覚がもうひとつあります。それは「音」です。音の情報は写真や映像を残すように、その瞬間、その場にあったものを記録して繰り返し再生できます。
そして、写真よりも優れた点として、音の情報は個別のものを重ねてひとつにすることができます。
小鳥のさえずり、梢を鳴らした風、沢の水音、カエルの鳴き声……。
それらを個別に録音してあとで重ねれば、そのフィールドの音の景色をひとつにまとめあげられます。必要な道具はちょっといいレコーダーといくつかの機器だけ。あなたも、フィールドに満ちる音を採集してみませんか。
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基本となる道具はレコーダー、ヘッドフォン(もしくはイヤフォン)、カメラ(もしくはスマートフォン)、パソコンです。なかでもこの遊びでとくに重要なのがレコーダーの性能です。レコーダーを選ぶポイントとしては、バッテリーや電池で稼働すること、パソコンやスマートフォンに音を取り込む機能があること、ステレオ録音ができることが必須の機能となります。そして、風防を取り付けられるものはよりクリアに録音ができます(感じられないほどの風でも、高性能なレコーダーはマイクに当たる風の音を感知してしまいます)。
今回使うのは、ZOOMハンディーレコーダー H1n https://zoomcorp.com/ja/jp/handheld-recorders/handheld-recorders/h1n-handy-recorder/
上記の機能をすべて備えています。
ヘッドフォン(またはイヤフォン)では、録音の際、実際の音を聴きながら「音は割れていないか」「小さすぎないか」を確認します。
カメラ(またはスマートフォン) はその場の風景を写真、動画で残し、必要に応じてあとで音と合成します。
パソコンは音声編集、動画編集ソフトがインストールされたものを用意しましょう。この記事ではMacを使用しますが、iPhoneでも同様のソフトで編集が可能です(音声編集ソフト:GarageBand、 動画編集ソフト:iMovieどちらも無料ソフト)。また、Windowsにも似たような操作ができるソフトがあります。
最近のスマートフォンでは、録音、動画撮影、編集まで行えるものもありますが、音を自動的に圧縮してしまうので、フィールドレコーディングを本格的に楽しむにはまだ力不足です
私たちの暮らす世界は音で満ちていますが、そもそも音とはいったい何でしょうか? ごくごく簡単に説明すると、音の正体は空気を伝わる波と言えます。
ある物体に力が加わってそれが震えるとき、物体の周囲の空気が押されて密度の高い部分と低い部分ができます。それは「密度に差がある波」として空気中を広がっていきます。その波が伝わって鼓膜を震わせると、私たちはその振動を音として認識します。
水面に石を投げ込んだときに、波紋が広がるのをイメージするとわかりやすいでしょうか。
この「密度の差」は音を出すものによって変わります。そして、密度の差の1秒間あたりの振動の数を「周波数」と呼んでいます。周波数の値が大きくなるほど高い音に、小さくなるほど低い音になります。
自然界の音は、必ず複数の異なる周波数で構成されることも特徴です。いくつもの異なる周波数の重なりこそが私たちが感じ取っている「音」なのです。例えば鳥の鳴き声ひとつとっても、種類や個体によって、周波数の振幅(立ち上がり、持続、減衰)は異なっています。その重なり合う周波数の差異が音色に表れています。
葉が擦れる音や水が流れる音、鳥の鳴き声……。それぞれが生み出す固有の周波数の組み合わせが、私たちには違う音として認識されます。
自然界にはさまざまな音が溢れており、たとえ同じ場所であっても天候や季節によって聞こえる音はまるで変わります。そんな音の集合がつくる立体的な音の風景は2度と同じ物を聞くことはできません。
一年ぶりに南から渡ってきた鳥のさえずりや、長い冬を越したカエルの鳴き声、数日前の雨を集めた沢の音。こういった音を記録するのは、それぞれに物語をもつ生き物や気象の一度きりの合奏を記録するようなもの。消えてしまったら2度と再現できない音の組み合わせを記録できることが、フィールドレコーディングのおもしろさかもしれません。
フィールドレコーディングで、スナップ撮影におけるカメラのような役割をするのがハンディレコーダー。各メーカーからさまざまな価格帯のものが販売されていますが、備えておきたいのがステレオ録音機能です。ふたつのマイクで個別に音を記録すると、立体感のある「音像」ごと記録できるからです。
私たちが物を見るとき、左右の目が少しズレた位置から対象物を見るために物との距離感や立体感をつかむことができます。
音を聞くときも、左右の耳への音の入り方の違いで私たちは音の方向や距離感をつかんでいます。レコーダーも同じく、ふたつのマイクから記録することで、レコーダーに対する音の出た位置や、音の発生源の動きを記録できます。
ステレオ録音機能が大活躍する一例が稲妻の録音です。音の発生源が雲のなかを縦横に駆け巡る雷は、音像の記録にぴったりのモチーフ。音量や音の質が移り変わる点でも音ハンターにとって魅力的です。稲妻より身近な自然現象としては雨音も魅力的。枝の先から滴る雨が遠くに近くにポトポトと落ちるとき、素晴らしい音像をつくりだします。
こういった音の記録時に注意したいのが、記録する音域の幅です。高性能なレコーダーのマイクは、聴こえるか聴こえないかくらいの低音から高音まで幅広く集音します。作品として記録する場合は別ですが、一般的には可聴範囲を意識してあらかじめ80ヘルツ以下をカットするように設定します。
その理由は可聴範囲を超えた低音をカットするため。録音中に強風が吹いた場合、その音だけで音量超過して音全体が歪んでしまいます。そんなことを避けるために、なるべく大音量で録音されないように入力値を設定するのがクリアに録音するコツです。多少小さく録音しても、音声編集ソフトで音量を上げられるので問題ありません。
あとから組み合わせることを意識して、録音時は「素材の音質」と「素材の長さ」に気を配りましょう。「素材の音質」は水が流れる音、林道の枯れ葉を踏む音、野鳥の鳴き声、 風に木々が揺れて葉っぱが擦れる音……など。様々な音質のものを録音していきます。
「素材の長さ」も重要です。個人の作品にする場合は別ですが、視聴者を意識するなら、 SNS等で聞いてもストレスのない長さにすることを意識しましょう。長くても1つの音につき1~2分間くらい収めるのがおすすめです。長過ぎると、編集の際にどの部分に魅力を感じて録音したのかが思い出しにくくなります。
素材との距離も音の印象を変えます。近づいてみたり、少し離れて境音ごと録音してみたりと、いろんなパターンを録音しておきましょう。 多少周囲の音が入っていたほうが、後々音を重ねた際に馴染みやすくなり、またステレオのレコーダーは多方向からの音を集音するので、興味深い音像ごと記録してくれます。
至近距離の音だけを集音するには、今回紹介したレコーダーとはまた別の種類のマイクをレコーダーに接続する 方法があります。興味がある方は、「指向性」という単語で検索してみてください。また、特定の音を残す別の方法としては、編集の際にイコライザーなどを用いて調整することで不要な周波数を省き、対象の音だけを際立たせることもできます。ともあれ、まずは目的の音をなるべく明瞭に録るように心がけるのがよいでしょう。
音に動画を組み合わせる場合は、1つの場所で短くても1分間以上は録画しておきましょう。手ブレなどの不都合があった場合はその部分を削除しなければいけませんし、 光の当たる加減がちょうどよいところなど、採用する場所を後で切り取ることもできます。
動画編集ソフトでは、写真をスライド形式で動画として書き出すこともできるので、写真をいくつも撮影しておくのもよい方法です。
上級者向けになりますが、録音した素材とは全く関係のない動画や写真を組み合わせることもできます。直接は関係のない音と画を組み合わせたとき、新たな発見や意味が生まれるかもしれません。
音の編集はレコーダーからパソコンにデータを移し、ソフトを使って組み合わせていきます。最初にレコーダーとパソコンを接続して音声ファイルを取り込み、音声編集ソフト(今回はGarageBand)を起動します。あらかじめ音声ファイルを聴いて、それにあったファイル名にしておくと作業中に判別しやすくなります。
次なる作業は音の重ね合わせ。音の重ね方にはいくつかスタイルがありますが、今回は短いストーリーを決めて音を並べてみました。足音も録音したので、足音から始まって川へと移動し、そして田んぼ近くの山へ……という展開です。
作っていて素材の長さが足りない場合は、音を複製して繋げています。その際、サウンドファイルを交互に配置して少しだけ重なる部分を作ると、繋ぎ目が目立たなくなります。(写真2)
ただ、音を並べただけでは、それぞれの音の大小のバランスが悪いので、トラックごとの音量を調整します(写真3参照。黄色のラインが音量の大小を表している)。また、各音声ファイルの最初と最後の音量を絞ってフェードイン、フェードアウトを行なうと、スムーズに聞こえて耳あたりが良くなります(写真3)。
それぞれの音声ファイルを重ねたら、最初から最後まで通しで聞いてみます。全体のボリュームが0デシベルを超えないように注意し、超えているトラックがあったら調整しましょう(写真4)。
ボリュームの長衛ができたら、1つのサウンドファイルとして書き出し、保存します。拡張子は、mp3、wav、aifなどがあり、それぞれの拡張子ごとにデータのサイズや、圧縮後の可逆性が変わります。今回は高音質にするためにaifを選択します(写真5)。
これで音声ファイルは完成。動画と合わせない場合はこの状態が完成品となります。
音声と別に撮っていた動画は、ソフトを使って音声と合成します。今回はMac向けのソフトであるiMovieを起動し、STEP6で書き出した音声ファイルを読み込みます。 続けて動画(写真でもOK)を取り込みましょう。
今回は1つの動画と写真1枚を組み合わせて動画をつくります。動画どうし、あるいは動画と静止画を繋ぐときは、繋ぎ目は「クロスディゾルブ」というiMovie内のエフェクトを使用すると、スムーズに映像が切り替わります(写真1)。このときに元動画に入っている音はミュートにしておきます(写真2)。
動画の終端にもクロスディゾルブを入れると、きれいにフェードアウトできます(写真3)。
書き出す前に音声ファイルの音量を調整します。 100%のままだとSNSにアップしたときに音が割れてしまうことがあるからです。音量ファイルを選択し、動画の音量を90%程度にまで下げます。音が全体的に小さい場合は、調整なくても問題ありません。
音量を調整したら、動画を書き出して保存します。「ファイルを書き出す」を選択して(写真4)動画化の形式や解像度、品質を設定して書き出します(写真5)。
できあがった作品はデータとして保存ができ、転送や再生も行なえます。楽しみ方や共有の方法はさまざまですが、いちばん簡単なシェアの方法はTwitterやInstagramのような動画のファイルが投稿可能なSNSにアップすることです。それぞれのSNSで投稿できる動画の長さに制約があるので、使うSNSごとに仕様を確認しましょう。
音だけを投稿したい場合はSoundCloudという音楽専用のSNSがおすすめです。 カテゴリの指定ができ、ハッシュタグもつけられます。また、それを別のSNSで共有したり、ウェブサイトに埋め込むこともできます。英語での設定が必要ですが、海外の方からの反応が多いのが特徴です。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
フィールドで音を集めてみると、耳で聞いている音と採集した音の差に驚かされます。私たちの耳と脳は、ふだんは入ってくる音を自然に補正しているからです。思い出のなかでは虫と鳥がたくさん鳴き、川の音がずっと流れていても、現場で録った音を聞き返すと、鳴き声が少なかったり、水の音ばかり大きかったり、その場では気づけなかった音が入っていたりもします。
ところが個別に集めたと音を重ねていけば、自分が感じたとおりの音の風景=サウンドスケープに近づけることができます。その作品は、ある意味で実情よりもその場所の音風景を表現したものといえるでしょう。
枯れ葉を踏む自分の足音、囀る鳥の声、沢の水音、バックパックにつけた鈴の音……。フィールドの散策中に耳に入るそれらを組み合わせると、音の記憶を濃縮した標本箱のようなファイルができあがります。
採集した音を重ねると、思わぬ音の世界ができ上がっていきます。そして、音を採集するうちに、日々の生活で聴き逃している音に気づく機会も増えることでしょう。 ぜひ、自分だけの音を採集してコレクションしてみてください。