美大で鍛金の技術を修め、現在は岐阜県中津川市にアトリエを構えるTOMOSHIBISYAの一員として生活の道具やアクセサリーを鍛金でつくりだす。登山とクライミングをラーフワークとしている。Instagram:@itoeri1982
鍛金(たんきん)とは、金属の板を金鎚で叩いて形を作る金属工芸の伝統技法です。鍛金の歴史は古く、その歴史は紀元前メソポタミア文明の頃にまで遡ります。一番最初に使われた金属は銅や金、銀であったと考えられています。鍛金は、手に握った金槌で金属を叩いてかたちづくるシンプルな技法でありながら、古代から今日まで受け継がれてきました。現代の金属製品は大量生産が主流となっていますが、あえて手間と時間をたっぷりかけてつくる鍛金のうつわたちは、温もりのある愛おしい一品となるでしょう。また、鍛金を深めていくと、「道具をつくるための道具」を自作する必要が訪れます。それは物づくりを根源へと遡るような体験です。鍛金は少しだけ手強いですが、それだからこそ、手仕事をすることの意味と価値を教えてくれるでしょう。
金槌
各種数本
木台
2台
当てがね
各種2本
金工やすり
各種数本
耐水ペーパー(#240、400、600、800)
各種数枚
アルミ板(1×200×200mm)
1枚
真鍮板(1×40×160mm)
1枚
糸鋸
1本
耐火レンガ
10個程度
ガストーチ
1本
酢
適量
クレンザー
適量
重曹
適量
基本の道具として、写真①に写っているものが必要です。すべてを用意できない場合は、身近なもので代用したり、自作できないか工夫してください。
①金鎚、木槌
金属工芸用の金鎚たち。締め鎚、芋鎚、荒鎚、特殊な形の金鎚、木槌など。金鎚は頭の部分を金属工芸のお店で購入し、形を整えて打面を磨きます。柄の部分は硬い木(カシの木)を削ってはめます。
②木台、木型
写真左下の丸太を加工した台が木台。この木台に③当てがねと呼ばれる鉄の杭のようなものを打ち立て、素材(地金)を置いて叩きます。打撃の衝撃に負けないだけの重量が必要です。写真右下はスプーンを作るための木型。スプーンのすくう部分と柄の部分に丸みをつける際に使います。鑿で削って自作します。
③当てがね
当てがねは制作物のサイズやカーブによって大小さまざまな形があります。今回は木台に打ち立てて使う”ぶったて”と、木台に穴をあけてその部分に柄を入れて使う”への字”を使います。「鍛金 当てがね」などのキーワードで検索すると販売サイトが見つかりますが、自分で鉄を熱して叩いたり、曲げたりして作ることもできます。
④金工用のヤスリ
平らな形や、丸い甲丸のヤスリ、棒ヤスリなど
⑤耐水ペーパー
水をつけて研磨に使います。
スプーンとお皿用の素材として、それぞれ1mm厚の真鍮板とアルミ板を用意します。鍛金では様々な金属が扱われますが、銅、真鍮、アルミ、金、銀、鉄などが主要な素材となります。今回は、真鍮とアルミを選びました。真鍮は銅と亜鉛の合金で、銅よりも硬く展延性(延びやすさ)はあまりありません。銅よりも加工が困難ですが、綺麗な金色で緑青が吹きにくい性質もあって生活のなかでは使いやすい素材です。もうひとつの素材のアルミは、とても柔らかい素材です。叩くと簡単に薄くなってしまうので、加減が必要ですが加工はしやすい金属です。製作後にこれといったお手入れが必要ないことも使いやすいポイントです。真鍮、アルミともにホームセンターやネット上の素材屋さんから購入できます。
お皿の大きさ、深さカーブを決めます。「どんな料理に使おうかな」と思い浮かべながら、平たいお皿にするかボウルにするのかを考えます。お家にあるお皿やスプーンを参考にしてもいいでしょう。基準となるのは、イメージするお皿の底の直径と側面の高さ。これを型紙に起こします。お皿は立体で金属板は平面ですが、絞り(周辺部を叩いて寄せること)の量が少ないお皿なら、完成時の底面の直径と側面の高さをそのまま紙に起こして大丈夫です。
型紙上の直径が18cmのお皿を例にとりましょう。底面の直径を12cm、側面の高さを3cmとした場合、コンパスを使って最初に半径6cmの円を描き、続けて半径9cmの円を描けば、それが型紙になります。
スプーンをつくるときも同様に型紙を起こします。匙の形の線対象の型紙をつくります。お皿、スプーンともに、上手につくれたらその型紙を保存しておきましょう。同じ大きさのものを作るときに便利です。
材料の切り出しは金工用の刃をつけた糸鋸で行ないます(刃は細かいものが使いやすいです)。金工用の刃は木工用とは異なりとても細い刃なので折れることも多々あります。刃は多めに用意したほうがよいでしょう。切り出しは手動の糸鋸でもできますが、大きいものは電動糸鋸があると便利です。
金鎚や当てがねなどの「道具をつくるための道具」を自作し、それらの道具を自分の手で使い、限りなく素材と近い距離で加工する。これは人が初めて金属を手にした時代とさほど変わらない方法です。そんな技術で制作していることが、ときおりとても不思議に思えてきます。鍛金は地道で根気がいる作業です。すぐに形は変わらず、大胆な変化はありません。たくさん作ることはできませんし、とても時間がかかります。しかし私は、その制作工程に意味があり、大切なことが詰まっていると感じています。
現代の鍛金では素材として整った真鍮板や銅板を使って製作しますが、これらは自然の鉱石だったものです。採掘して溶かし、整形して手元に届きます。考えれば考えるほど、大きな力が働いて成り立つ産業だと感じます。そんな素材を一打ずつ叩いて、自分がイメージするうつわをつくりあげていきます。ゆっくりとつくるから見えてくることもあります。意気揚々とつくる作品からは、利用できない端材が生まれます。それは私にものづくりに伴う負荷を見せつけます。
本来の道具にはそんな負の面が備わっていることや、ものづくりにはとても手間がかかることを鍛金は教えてくれます。だからこそ、曲がったり凹んだりしたものを直しながら使い続けようという気持ちも生まれてきます。
作りっぱなしではなく、その製作の途中の手間や完成の先を見据えてものづくりをする。鍛金はそんな視点も与えてくれるように思うのです。