「いか生活」編集長。日本いか連合メンバー。イカについて、歩道橋、製麺、肉総菜、釣り、その他野外活動などについて研究・発信中。
ブログ「キリンはハマグリのなかま」https://www.michael-sepio.com/
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みなさんは、イカを食べたことがありますか? さきいかや塩辛などの加工品を含めると、食べたことのない人はほとんどいないのではないかと思います。それくらい食材として身近なイカですが、生き物としての生態や魅力はまだまだ知られていないことばかり。
生き物を知る方法の一つとして「解剖」があります。ここでは丸のままのイカを解剖し、最後に食べる方法を紹介します。イカの体には、これでもかと不思議と魅力が詰め込まれています。観察せずに食べるなんてもったいないですよ!
イカ(今回はスルメイカ)
1匹
イカがおさまるトレーかバット
1枚
クラフトばさみ
1本
小皿
2,3枚
ピンセット
1本
ルーペ
1個
使い捨て手袋
数枚
保冷剤
必要量
解剖に使うイカはなるべく新鮮なものを用意しましょう。自分で釣れば最高鮮度のイカを用意できますが、多くの場合はスーパーや鮮魚店での入手になると思います。
鮮度の高いイカを見分ける一番簡単な方法は色を見ること。スルメイカの場合は背中の色が赤黒く、身に透明感があるイカを選ぶのがポイントです(他の種類のイカも色こそ違えど、基準は同じです。色が濃く、透明感があるものを)。解剖した後に自分が食べたいと思える鮮度のものを選びましょう。
身近で新鮮なイカが手に入らない場合は、「船凍イカ」という手段もあります。「船凍」の名の通り、釣りたてのイカを船上で急速冷凍したもので、解凍方法さえ間違えなければ管理の悪い生イカよりよほど新鮮です。冷凍便での通販となるので値は張りますが、確実に高鮮度のものを入手できるので、私はよく利用しています。
イカの体表を拡大してみると、色素胞と呼ばれる色素の詰まった小さな袋がたくさん見えます。この色素胞は周囲から筋肉で吊られており、筋肉が縮まると色素胞が横方向に引き延ばされて色が出て、筋肉が緩むと色素胞は縮んで色がほとんど見えなくなるという仕組みです。生きているときは必要に応じて色素胞を広げたり縮めたりして、一瞬で色を変えることができるのです。
スムーズに解剖に入れるように、イカを冷蔵庫から出す前に道具を机にセッティングしておきます。冷凍のイカを使う場合は、ここで解凍しておきましょう。トレーはイカが載せられればお皿でも構いません。ハサミはなるべく刃が小さくて小回りの利くクラフトばさみなどが使いやすいです。あとで食べる場合は、食品にも使えるアルコールで手を消毒したり、道具を煮沸消毒しておくと安心です。もちろん、手袋もしておきましょう。解剖中に保冷をしたい場合は、保冷剤を冷やしておきます。背中(色の濃い方)を上にしてイカをトレーの上に置いたら準備完了です!
さっそくお腹を開きたくなるかもしれませんが、その前に外側を観察しましょう。どこが頭でどこが胴なのか、分かりますか? 三角帽子のようなヒレが付いているところはよく頭と間違えられますが、ここは内臓が詰まっている胴で、本当の頭は目が付いている部分です。ということは、イカは頭から足(腕)が生えているということになります。これを人間で想像してみると……かなり奇抜な体のデザインですよね。
イカの向きについては、ヒレが付いている方が後ろで、腕側が前です。色の濃い方が背中という情報と組み合わせれば、おのずと左右も分かりますね。
イカをひっくり返して、お腹側を上にします。
写真で示した部分は漏斗という器官です。よく口と間違えられますが、実は真反対の器官と言ってもよいかもしれません。口が入り口だとしたら、漏斗は出口です。そして単なる出口ではなく、イカの遊泳にとって重要な役割を果たしています。
イカの泳ぎ方は魚とはまったく異なります。多くの魚は、尾ビレと一緒に体を左右に振りながら泳ぎますが、イカが体を振りながら泳いでいるところは見たことがないと思います。ではどのように泳いでいるか。正解は、ジェット推進です。といってもよくわからないですよね。
私たちが普段食べている部分、内臓を包んでいる筒状の筋肉は、外套膜(がいとうまく)と呼ばれます。外套膜と頭の間には隙間があり、まずそこから海水を取り込みます(これは後述する呼吸のためでもあります)。そして取り込んだ海水を勢いよく漏斗から噴き出すことで、推進力を得ているのです。ヒレも遊泳には貢献しますが、スルメイカの場合は舵のような役割の方が大きいのではないかと言われています。
漏斗からは海水と一緒に排泄物や墨、精莢(後述)、卵なども排出されます。出したものが逆流しないように弁もついています。
続いて足(腕)の観察です。さっきから「足(腕)」という表記をしているのにはわけがあります。動物学的には「足」なのですが、イカの足は歩いたり走ったりするよりも、抱えたり捕まえたりする部位なので、慣習的に「腕」と呼びます(ここから先は「腕」で統一します)。
イカには5対10本の腕がありますが、そのうちの一対は特別長く、吸盤が先端にしかありません。この腕は触腕と呼ばれる獲物を捕らえるのに特化した腕です。触腕は普段はひっこめているのですが、捕食の際は目にもとまらぬ速さでこれを繰り出し獲物を捕らえます。
捕えた獲物を離さずにいられるのは吸盤のおかげです。吸盤をルーペでよーく見てみてください。イカの吸盤にはキチン質でできた硬いわっか(角質環)が付いており、とげとげした角質環の歯がしっかりと餌に食いこむようになっているのです。また、吸盤には柄がついていて、暴れまわる獲物の動きに対応できる「遊び」になっています。
オスには、触腕の他にも特別な腕があります。メスとの交接(交尾に近いもの)に使う腕で、交接腕と呼ばれます。イカのオスは精子塊が詰まったカプセル(精莢)を体内に持ち、それをメスに渡す形で交接するのですが、この時使うのが交接腕です。繊細な精莢を取り扱うために、腕の一部が変形しているのです(精莢についてはSTEP8で詳しく観察します)。スルメイカの場合は右第Ⅳ腕が交接腕となっていて、先端の吸盤がなく肉の畝のようになっています。
ようやくお腹を開きます! ワクワクする瞬間ですね。お腹側(漏斗がある方)を上にして、真ん中を縦にまっすぐ切ります。内臓を傷つけないように、外套膜を少し持ち上げながら切るのがコツです。
開くときに注目してもらいたいのは漏斗の付け根の部分。左右対称にくぼみがあるのが分かります。それに対応するように、外套膜側には突起があり、ちょうどスナップボタンのようにはめ込むことができるのです。スルメイカはこの2箇所と背中側の1箇所の計3箇所で胴と頭がつながっているのですが、なぜこの2箇所が着脱可能なのか詳しいことはわかっていないようです。
開腹してまず目をひく左右の細長い物体はエラです。魚のエラとはずいぶん見た目が違いますが、イカはこれでガス交換を行っています。注目して欲しいのはエラの位置。外套膜の隙間から入ってきた酸素豊富な海水が最初に通る場所にエラが配置されているわけです。こういう合理的な配置をみるとワクワクしませんか。
左右のエラの根元にはそれぞれエラ心臓と呼ばれる心臓が付いています。エラ心臓に挟まれる形で、更に心臓が一つあります。なんとイカは3つの心臓を持っているのです。
エラ心臓と心臓は薄い膜の中にあるので、膜をピンセットで引っ張りながら切り開くとよく見えます。エラ心臓はとても柔らかく千切れやすいので見つからないかもしれません(鮮度が悪いと溶けていることもあります)。心臓は触るとコリっとしているのでわかりやすいと思います。
気づいた方もいるかもしれませんが、これだけ体や内臓を切っているのに血液が出ていないように見えますね。しかしイカにも血液はちゃんと流れています。イカやタコの血中で酸素を運ぶ役割を担っているヘモシアニンに含まれる銅は酸素と結びつくと青色になりますが、そうでないときは透明なのです。たまに、エラを通る血管などで青い血液を見ることができます。
成熟している個体の場合、次に目につくのは生殖器です。生殖器は外套膜後端(とんがっているほう)を中心に詰まっています。未成熟のイカはほとんど生殖腺が見えないこともあるので、その場合はこのステップは飛ばしてください。
生殖腺の様子はオスとメスで全く異なります。生食する際の注意点があるので、今回はオスを中心に取り上げます。成熟したオスの体には、精巣とともに、精莢嚢という精莢(精子塊が詰まったカプセル)が入った袋があります。この部分は速やかに取り除いて、絶対に食べないでください(後で観察したい場合は小皿などに取る)。
精莢はバネ仕掛けのような仕組みになっており、刺激を与えると中から精子塊が飛び出してきます。そして精子塊と共に飛び出した粘着体がメスの体に刺さって抜けないようになっているのです。これが人間の口の中で起こることを想像してみてください……。実際に、知らずに食べてしまって口の中に精子塊が刺さってしまった例がいくつかあります。痛みを伴い、外科的処置で取り除かなければならない場合もあるので、精莢嚢からこぼれ落ちた精莢も残さず取り除きましょう。余裕があれば、ピンセットなどで精莢の先をつまんでみると、精子塊が飛び出してくる様子が観察できます。にょろにょろと生きているかのように見えるので、寄生虫と間違われることもあります。
メスの場合は、精莢のように食べて危険な部位はありません。卵巣には未成熟の卵が入っており、飴色に熟すにつれて輸卵管へ移動します。輸卵管腺と包卵腺は卵を包むゼリー物質を分泌するところです。イカの種類によって卵の形は様々ですが、スルメイカの場合、海中を漂う大きな卵塊を産むことが知られています。
観察が終わったら、生殖器は取り除いておきます。
エラや心臓、生殖器を取り除くと残るのはほぼ消化器になります。一番大きい円筒形の臓器が肝臓で、塩辛の材料になる部分です。プリッとハリがあり輝いている肝臓なら当たりですね。その真ん中に筋状に寄り添って通っているのが墨汁嚢と直腸です。この2つの漏斗側の端が肛門で、ここから出た排泄物や墨は漏斗を通してジェット水流で体外に押し出されるわけです。
消化器を観察しやすいように、外套膜とそれ以外を分けてしまいましょう。まず墨が漏れ出さないように墨袋をつまんでスーッと剥がします。墨袋を取り分けたら、片手で外套膜をしっかり押さえ、頭の固い部分をしっかり握り上に持ち上げながら剥がしていきます。
剥がれたら、いったん頭と肝臓側は置いておき、外套膜についている軟甲を外します。軟甲とは外套膜の中心に張り付いている、細長いプラスチックの板のようなものです。この軟甲は「貝殻」。ずいぶん姿は違うように見えますが、実はイカは貝の仲間で、体の中に貝殻を持っているのです。
ここで外套膜は冷蔵庫に入れておきましょう。消化器の観察に戻ります。肛門から直腸をさかのぼり膵臓、盲嚢、胃まで確認できたでしょうか。胃で行き止まりに見えますが、背側を上にひっくり返してみると、胃から先の食道は肝臓の背側に沿って通り、頭の方までつながっています。次のステップで紹介しますが、イカの食道は頭の中を通っているのです。
食道の先には口があるはずですが、どこにあるのでしょう。10本の腕をかき分けてみると、中央に丸い物体が見えます。これが口です。腕の中に口があるというのは不思議な感じがしますね。背側を上にして、口の方から眉間に向かってハサミをいれて切り開いてみます。そして、口と腕がくっついている部分をちょきちょきと切り離していくと、頭の中を通り口につながっている食道が見えてきます(少し難易度が高い作業です)。口を引っ張ってみると、肝臓やその先にある胃が一緒に動くのが分かります。
食道のつながりを観察できたら、口を食道から切り離します。球状になっている口の中には鋭いクチバシが埋まっており、上あご、下あごに分かれています。これが鳥のくちばしに似ているということで、上あごがカラス、下あごがトンビで「カラストンビ」と呼ばれることもあります。口の中にはこの他に、歯舌というおろし金のような部位があり、カラストンビで噛み千切った餌をすりおろす役割をしています。流動食のようになった餌なら、頭の真ん中でも通りやすそうですね。
メスの口の周りには、オスに付けられた精子塊が付着していることがあります。STEP8で紹介した精莢から飛び出してきた精子塊です。これは触っても心配ありません。
観察が終わったら、腕と肝臓をそれぞれ頭から切り離して冷蔵庫に入れておきます。
脳を取り出すのはかなり難易度が高いので、写真での紹介にとどめます。STEP10で食道が頭の中を通ると説明しましたが、頭の中の更に脳の真ん中を食道が貫いているのが分かると思います。脳の左右の乳白色の部分は眼の神経が集まった部分です。
スルメイカの眼球は表面を覆う膜がなく水晶体が露出しているので、目蓋から指を入れてくるっとえぐるようにすると外せます。ただ、鮮度が悪かったり一度冷凍したものだと眼球が破れやすく、中から紫色の液体が飛びでてくることがあるので要注意です(この液体は墨と同じかそれ以上に洗って落とすのが難しい)。
体に対して眼球が大きいことからもわかるように、イカは無脊椎動物の中ではかなり目が良いと言われています。ヒトと同じように水晶体を持っているので、気になる人は取り出してみましょう。ガラス玉のように美しく、レンズなので拡大機能もあります。眼球自体も拡大してみるとオパールのような輝きがあるので、丁寧に観察してみるといいですよ。
イカの体の観察は以上ですが、調理に入る前に寄生虫のチェックをしておきましょう。スルメイカによくいる寄生虫としては、アニサキスとニベリン条虫が挙げられます。特にアニサキスは、誤って飲み込んでしまうと胃や腸に食い込んで激しい痛みや嘔吐などを引き起こすことがあるので、心配される方も多いでしょう。
アニサキスは内臓だけでなく、身の部分にも寄生します。くるっと渦巻き状に体を丸めて潜んでいることが多いです。まずは目視で確認して取り除きます。身は皮をはいで光に透かすと見つけやすいです。醤油やワサビ、塩漬けでも死なないし、かみ砕くには硬すぎるので甘く見ないように。目視で見つけきれなかった分は加熱(70℃以上、または60℃なら1分)か冷凍(-20℃で24時間以上冷凍)で殺虫することが推奨されています。STEP2で紹介した船凍イカは業務用の冷凍機で十分な時間冷凍されているので、刺身で食べることができます。
米粒のような姿のニベリン条虫は、たくさん出てくることがあるので驚くかもしれませんが、人間に寄生することはないと言われています。ただ、見た目の存在感が強いので私は調理前に取り除いています。
アニサキスもニベリン条虫も、元気な姿を眺めている分には可愛らしいものです。見つけたら小皿にとって観察してみましょう。
今回はイカの肝炒めを紹介しますが、イカはただ焼くだけでも十分美味しいので各自好きな調理をしてください。
材料はイカの身(外套膜)と腕、肝臓、バター、醤油、塩をすべて適量です。腕は手でしごいて角質環(STEP5で観察しましたね)を取り除き、水気を拭いておきます。肝臓はたっぷりの塩を振り、10分ほど置いておきます。その間に身と腕を一口サイズに切っておきます。この時、身は縦方向に切ると良いです。イカの繊維は横向きに走っているので、それを断ち切ることで反りづらく、柔らかく、旨味を感じやすくなります。置いておいた肝臓は、塩を水で洗い流して水気をふき取ります。
温めたフライパンにバターを入れ、溶けてきたら肝を入れて木べらなどでつぶします。潰れてきたら身と腕を入れ、混ぜ合わせながら炒めます。味を見ながら塩で味をつけたら完成です。最後にフライパンの端に醤油を少し垂らして風味付けするのが私のお気に入りです。初めてだと加減が難しいかもしれませんが、スルメイカは火を通しすぎると硬くなるので注意しましょう。
自分で解剖したイカを調理して、美味しくできたら喜びもひとしおですね。この他にもカラストンビを外した口の部分や、目を取り除いた頭の軟骨なども食べることができます。
もし解剖に疲れて調理までたどり着けなくても、イカは冷凍できるので安心してください。イカは冷凍してもほぼ食味が劣らないだけでなく、再冷凍しても大丈夫なので冷凍イカを使って解剖をした場合でも問題ありません。
解剖後に食べる場合は、観察を終えた器官から冷蔵庫にしまい、鮮度に不安がある場合は食べるのはやめましょう。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
イカの体に秘められた魅力と不思議、体感できたでしょうか? 一度じっくり観察すると、イカに対する見方が変わってくるはずです。次はぜひ、水族館などで生きたイカを観察してみてください。今まで気づかなかったことがたくさん見えてくると思います。
イカの解剖は一度といわず二度、三度実践することをおすすめします。この世に一匹として同じイカはいません。性別や成熟度の違いに注目してみても良いですし、一度目で上手くできなかったところをやり直してもいいですね。最後に食べるというおまけ付きなので、取り組みやすいと思います。イカの解剖を機に、イカへの興味と愛着を持ってもらえたら嬉しいです。