北海道出身。19歳の時にニセコでリバーガイドとして働き始める。以降、日本全国の川とカナダ、チリ、オーストラリアでガイドとして働く。リバーボードと出会ってからは国外の大会への出場や国内での普及に奔走。2020年にリバーボーディング協会を設立。し代表理事を務める。リバーボードの制作と販売も行なっている。
日常の生活空間や街は「人間の都合でデザインされた世界」といえます。日々の社会生活のなかで、誰もがいろんな人の都合に左右され、ときにはぶつかり合いながら懸命に生きていますが、まるで身動きが取れなくなったり、命を奪われることは稀です。人の世界は厳しいながらも手心や情けがあります。
そんな世界の対極にあるのが川です。川の流れはどこまでもパワフルで、一歩川の中に入ったら、そこから先は川の流れに従うしかありません。流れに抗おうとすればするほど、体力を消耗していきます。水の世界には人の世界で働く「容赦」がありません。
陸上と違って、川のなかでは自分の思い通りに動けません。水のなかでやるべくことは、力みを捨て、流れを感じとり、流れに働く力に寄り添うこと。川の流れは決して一様ではありません。1本の川のなかには、いく筋もの向きと力が違う流れが走っています。そのなかから乗るべき流れを見つけ出し、それをつかめば少ない力で水の上を移動できます。
流れを読む力を育むのに最適の道具がリバーボードです。浮力と高い操作性を備えたリバーボードは、水の流れを体で学ぶのに最適の道具です。リバーボードで川へ出て、水の流れを体感し、それを乗りこなしてみましょう。
川は高いところから低いところを目指して流れます。これは誰でも知っていますが、「川が上流に向かって流れることもある」と言ったらみなさんはどう思うでしょうか。
川にはいたるところに様々な流れがあります。なかでも重要なのが、本流と「エディ」です。本流はその名のとおり、上流から下流へと向かう水のメインの流れです。もうひとつのエディは、岩裏や岸の淵に発生する反転流のことを指します。大きなエディの反転流は、そこだけを見ると上流側へと水が流れていきます。
川を流れ下る遊びでは、下流へ向かってただ流れるだけでなく、岩壁のつくる淵や岩裏のエディを利用して遊ぶことで、グッと楽しみが深まっていきます。この記事では、本流とエディを使ってどのような遊び方ができるかをご紹介していきます。
エディとは岩裏や岸壁の淵に発生する反転流のことですが、どうして岩裏には反転流が生まれるのでしょうか。物理的に考えてみましょう。川の水は重力に引かれて上流側(位置が高い)から下流側(位置が低い)へと向かいます。下流へと向かう水の前に岩があると、岩に当たった流れは岩の外側へと弾かれます。これによって岩の後ろは水が少なくなり、周囲よりも水位が低くなります。岩の真後ろの水位がいちばん低くなりますが、そこに向かって周りの水が流れ込んでいくので、上流へ向かう反転流が生まれます。
このように川の流れを観察し、そこに働く力を一つ一ひとつ言語化していくと、川への解像度が上がり、川をより立体的に見ることができます。上流から下流へと向かう本流。岩が作るエディ。川を下る遊びでは、この二つの流れを使い分けて川の上を移動します。
川を流れ下るときに使われる道具はさまざまです。カヌー、カヤック、ラフトボート、SUP……。そのどれもが、水面での操作性を追求してデザインされています。いっぽう日本にはタイヤのチューブを浮力体にして川を下る遊びがふるくから楽しまれていました。一般的にはチュービングと呼ばれていますが、こんな名前がつく前から、日本中の子供たちがチュービングを楽しんでいました。タイヤのチューブの操作性は高くありませんから、自分の体を駆使して操ることになります。
カヌーやカヤックの流水中での高い操作性と、タイヤチューブのような親水性を合わせたような道具が、リバーボードです。リバーボードはカヤックの先端部を浮力体にしたような道具で、これを抱き込むような形で乗り込みます。乗り込む、といっても体が乗るのは上半身だけ。下半身は水中に出ています。この水に出ている下半身で流れのなかで舵を取り、フィンを装着した足で蹴って推進力を得ます。カヤックのような水上での操作性を持ちながら、自分の体で感覚的に操れるので、流水の性質を知るのにぴったりの道具です。
親水性が高いぶん。体が水中へ出ている部分も大きいので、ウェットスーツやヘルメットで体を覆い、浮力を確保するPFD(ライフジャケット)も装着します。
本稿のはじめに、水の力は人がコントロールできる範疇を超えているので、抗うのではなく流れをつかんで利用するのだ、といったことを書きました。具体的にはどんなことをするかというと、体や艇を水の流れに対して「角度」をつけることで、流れに押して動かしてもらいます。
上手く角度が合っていないと、意図せぬ方向へと押されていったりして流れに翻弄されますが、角度が適切だと行きたい方向へと流れが押してくれます。川で活動するときは、どんな角度がいちばん効果的かを常に探ることが大切です。
それでは実際に川へ乗り出す流れを追ってみましょう。浅瀬から本流へと入っていくときには、上流を向いて流れに対して45度の角度(これをフェリーアングルと呼びます)で進入するとスムーズに本流に入ることができます。フェリーアングルをつくると、流水に対して斜めになった体や艇が受けた水流によって、流心側へと押し出す力が働くからです。
ここからは解説が少し複雑になるので、川の上で重要な角度を時計の時刻に見立てましょう。上流側を12時、下流側を6時、左岸側を3時、右岸側を9時とします(ちなみに、右岸・左岸という表現は上流側から下流側を見たときに右手になるのが右岸、左手が左岸とされています)。
左岸からストリームイン(流れに泳ぎ出すこと)する際は、10時から11時くらいにボードを向けてストリームインします。
「フェリーグライド」とは流れを横切ることを言います。フェリーアングルで流れへ進入し、徐々にボードの角度を横へと向けていくと(流水に対して直角方向へ艇の舳先を向けると)ボードは横方向へと加速していきます。しかし、横に向けすぎると推進力が失われます。「流水の力で川を横切る」には最適な角度があるのです。常に横への加速を得られる角度を「探りながら」横移動しましょう。この写真では左岸のエディから右岸のエディへとフェリーグライドしています。フェリーグライドを身につけると、流れの力を自分の推進力に変えられるようになります。
一連の動きは下の動画を見ていただくとわかりやすいと思われます。
エディに入るとき(=エディキャッチ)も角度が重要です。STEP1で説明した通り、本流に対してエディは反対向きの流れができています。何も考えずにエディに入ろうとすると、反転流に弾かれてうまく狙ったエディに入ることができません。
ここで意識するのが本流からエディへと流れ込む水の流れ。本流とエディの境目をよく観察すると、小さく渦を巻きながら本流側からエディへと水が落ち込んでいくことに気づくでしょう。ここに生まれている渦と同じ向き(角度)で進入するのが、流れの力に沿ったスマートな方法です。
右岸のエディへと入っていく流れは大体7時から8時くらいの角度でエディへと入っていきます(同様に、左岸側のエディに入る場合は4時から5時となります)。進入時の角度が合っていると、スーッと後ろから流れが押してくれて気持ちよくエディへと吸い込まれていきます。
フェリーグライドで流れを横切り、加速を生かしてエディへと入っていく。この一連の動きを表現できると、リバーボードの楽しみがグッと深まっていくこと間違いなし!
フェリーアングル、フェリーグライド、エディキャッチができるようになると、リバーボードでスラロームを楽しめます。「スラローム」と聞くとオリンピックのカヌーやカヤックをイメージすると思いますが、リバーボードも競技としてスラロームが行われています。スラロームの良いところは、ゲート(目標物)があることで、そのゲートを攻略するにはどのように流れに合わせなければいけないかを考えるようになること。考えて、探って、練習することで上達も早くなります。
リバーボードを使って、流れに働く力を感じ取れるようになったら、今度はリバーフィンスイミングに挑戦してみましょう。リバーボードを脇に置いて、フィンだけで川の流れを感じる遊びです。
泳ぎが苦手でも大丈夫。フィンを付ければスイスイと泳ぐことができます。フィンを付けて川を泳ぐと、リバーボードを使っていたとき以上に体にダイレクトに流れの動きが伝わってきます。リバーボードとフィン、道具は変わっても水に働く物理の法則は変わりません。リバーフィンスイムも流れに対する角度の合わせ方は同じです。
フェリーアングルで水を受けて流心へと泳ぎ出し、フェリーグライドで加速し、角度を決めてエディをキャッチする。今度はエディの反転流を身体に受けてターンして、再度流れを横切る……。この一連の動きは、流れに対してしっかりと角度を合わせられれば、ヒューッと気持ち良く流れが動かしてくれます。流れを理解しているかどうかの答え合わせにもなるので、オススメの遊び方です。
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
私の社会への参加は水の上に出るのと同時に始まりました。当時の私は19歳。北海道のニセコで、ラフティングのガイドと社会人としてのキャリアをスタートしました。個性的な仕事仲間と毎日川に出るうちに、私はふたつの世界を意識するようになります。ひとつは陸のうえにある人間の世界。そしてもうひとつが自然界でした。
人間の世界には激務と複雑な人間関係がありましたが、街から踏み出すほどにその力は薄れていきました。そして、川の上では完全に自然界のルールが適用されるようになります。人間界でどれだけ嫌なことがあっても、川へ出れば気分が晴れました。川や自然界には人の世界とはまるでちがう世界がある。このことは私の支えになりました。川で遊んだ後は、川に入る前よりも世界が少しだけ明るく見える。そして、リフレッシュして前向きで新しい日常へと戻れました。川には、社会生活で停滞した心や思考を洗い流してくれる力があると思っています。