1987年福岡生まれ。編集者、フォトグラファー。出版社でアウトドアを扱うカルチャー系雑誌の編集に携わり、2023年に独立。趣味の登山と豊富な旅の経験を活かしてジャンルレスに取材・執筆を行う。フィンランド観光局公認サウナアンバサダー。Instagramアカウントは @okuda.desu。
この10年ほどで、街でも野外でも人気を集めるようになったサウナ。温泉などの温浴施設には以前から付属しており、一部の人に愛されてきましたが、このブームでサウナの気持ちよさが一般にも広まった感があります。
日本ではサウナは温泉や浴場に付属する北欧からやってきた施設、といったイメージが強いですが、日本の風呂の歴史を遡ると、実は湯に浸かる風呂よりもサウナのような蒸し風呂のほうが先行しています。蒸気を浴びる蒸気浴は日本をはじめ世界中で楽しまれてきました。
その原型をもっとも簡素なシステムで再現するのがテントと焚き火を使ったサウナ。持ち運びできるテントと焚き火を組み合わせれば、深い自然のなかでサウナを楽しむことができます。
水着
1着
サンダル
1足
ポンチョ
1着
フロアレステント
1張り
折りたたみイス
1脚
サウナストーン
必要量
火ばさみ
1個
バケツ
1個
柄杓
1本
大型チャコールスターター
1個
ハンモック
1張り
ポリタンク
1個
サウナがブームになっている昨今、あらゆる場所で見かけることが増えたのがテント式サウナです。このサウナ用のテントは煙突穴と吸気口のついた専用品で、このなかで薪ストーブを焚いて空間をあたためます。ストーブの上の熱した石に水をかけて蒸気浴を楽しむこともできます。
こんな説明をすると、テント式サウナはサウナの簡易版のように聞こえるかもしれませんが実はサウナの原型はこのテント式の発汗風呂だと言われています。もちろん大昔はストーブなんてものはありません。ではどうやっていたかと言うと、熱した石に水をかけて発生する蒸気の熱で汗をかいていました。
このスタイルは、サウナをアイデンティティとするフィンランド人にも当てはまります。およそ6000年前、フィンランド人がまだ遊牧生活をしていた頃に彼らは地面を掘ってそこに焼き石を置き、木の枝の骨組みと動物の皮で作った簡易的なテントでサウナをしていたという記録が残っています。これは「ダッグアウトサウナ」と呼ばれています。
原始社会における入浴は、身体を清潔にする目的よりも信仰や儀式に近いものでした。火は常に力の象徴であり畏怖の対象でもありましたが、熱せられた石に水がかけられると恐ろしい火の力は“蒸気”というまったく異なる熱に変換され、人々の心身を癒すようになったのです。フィンランド人たちは、この蒸気を「魂」や「命」を意味する「ロウリュ」と呼びました。
“サウナ”はフィンランド語ですが、その発祥がフィンランドというわけではありません。古くから世界各地で、蒸気を用いた発汗風呂が親しまれてきたのです。有名なものとしてはネイティブアメリカンの「スウェットロッジ」もそうです。蒸気は入浴者の肌を突き抜けて病を治す特別なものと考えられ、部族ごとにその入り方やしきたりは細かく違えど、大事な風習として受け継がれてきました。
そんな特別な意味を持っていたテント式サウナですが、今回は難しいことは考えずにこの原始的なサウナを試してみたいと思います。
サウナに使われる石、通称「サウナストーン」はどんなものでもいいわけではありません。高温で熱するので、割れにくく冷めにくい性質の火成岩(マグマが冷え固まってできた岩石)が向いているとされています。火成岩はマグマがどこでどのように冷えて固まったかで分類され、マグマが地表近くで急激に冷え固まったものを火山岩、地下深くでゆっくり冷えて固まったものを深成岩と言います。ちなみに、一般的なサウナストーンとしてサウナストーブとセットで販売されている「香花石」は、フィンランド全土から採掘される深成岩です。
今回、焼き石でサウナをするために訪れたのは、長野県と群馬県にまたがる浅間山の麓にある「-be- 北軽井沢キャンプフィールド」。キャンプ場の敷地内には浅間山の噴火から産まれた火山石が豊富にあることからここに決めました。石の性質としては安山岩にあたり、日本で最も多く見られる火山岩です。どの石が火成岩かわからなくても、黒っぽくてなるべく密度が高く、ずっしりと重いものを選べば概ね問題ないでしょう。
注意したいのが内部に水を含みやすい石を使うこと。砂岩のような砂が固まった石を熱すると、内部で水が気化して石を爆発させることがあります。水を含みやすい石は選ばないようにしましょう。
大きい石ほど多くの熱を持つことができ、小さい石は水を蒸発させるスピードが速いという特徴があるため、大小の石を混ぜて使うといいでしょう。
「-be- 北軽井沢キャンプフィールド」には直火サイトがあったので、豪快に直火の焚き火で石を加熱することにします。まずは穴を掘って周囲に石を並べてかまどを作り、火を熾します。直火をする際は、すり鉢状に地面を掘って、底に小石を敷き詰めると火床の蓄熱量が高まります。
薪と一緒に炭も燃やし、炭に火が移ったら炭を敷き詰めてベッドを作ります。その上に加熱したい石を並べ、上からさらに燃えている薪を被せて全方向から満遍なく石を熱していきます。
石を熱している間にサウナに使うテントを設営しましょう。今回使用したのは「モルジュ」というロシア製のサウナのためのテントですが、フロアレステントで熱が逃げにくい構造のものならサウナ用のテントでなくても流用可能です。
テントを張ったら、ベンチと焼き石を置くスペースを確保します。焼き石を置く場所はテントの生地から最低でも20cmは離し、万が一風に煽られてもテントの生地と焼き石が触れないよう、熱源周りのガイロープはしっかり張りましょう。また、焼き石に触れて燃える恐れのある落ち葉はテントの中からある程度取り除いておきましょう。
焚き火の燃え具合にもよりますが、20分くらい燃やしたら試しにひとつ石を取り出して水をかけてみましょう。勢いよくジュッと水を蒸発させ、石の乾きが早ければ十分蓄熱されている証拠です。蓄熱されている石は、暗いところで見るとその内部が赤く光り、石自体の温度は300℃にも達します。
テントのなかで焚き火を起こせば移動させる手間がないように思えますが、換気が悪い状態で火を燃やすと一酸化炭素中毒を起こす危険があります。専用のストーブなどを導入できない場合は、テント内に石だけを持ち込むほうが安全です。
焼き石をテントに運ぶ際は、炭を加熱するチャコールスターターを使えばまとめて石を運べるので便利です。また、チャコールスターターに石を入れたままロウリュ(※後述)したほうが地面に石の熱が奪われにくいとも考えられます。焼き石の受け皿としてテント内に焚き火台を置いておくのもいいかもしれません。
テントに石を運んだら、さっそくロウリュしてみましょう。ロウリュとはサウナストーンに水をかけて蒸気を起こすこと。白い蒸気が勢いよく立ち昇ると、テント内の湿度が急上昇して次第に熱さを感じてきます。このとき、テント内の温度はそれほど上がりません。室内の空気の湿度が上がることで熱伝導率が上がって、体感温度が上がるという仕組みなのです。だから息苦しさを感じることはほとんどありません。焼き石の量に比例すると思いますが、サウナ施設では味わえないやさしいサウナ体験を味わえると思います。
ロウリュをする度に水をかけた石の温度は下がっていくため、少しでも長く蒸気浴を楽しめるように、ロウリュ1回あたりにひとつの石を消耗していく要領で石にゆっくり水をかけていきましょう。石がジュッと鳴かなくなれば、新たな焼き石に交換しましょう。
ロウリュに使う水は、ヴィヒタと呼ばれる白樺の小枝を束ねたものを浸して香り付けしたものを使うのが北欧流です。手軽に香りを楽しむ場合は、アロマエッセンスを水に加えるのもいいでしょう。クロモジ茶や和紅茶のような香りのいいお茶でロウリュをするのもオススメです。
ネイティブアメリカンのスウェットロッジでは、焼き石の上でタバコの葉を燃やしてその煙と香りを浴びるそうです。それに倣って、お茶の葉っぱを焦がしてみるのもいいかもしれません。自分にとっての心地いい香りを見つけてみましょう。
汗をかいてきたら、石の熱が失われて室内がぬるくなる前に外に出ましょう。近くに飛び込める川や湖などがあれば最高ですが、なければウォーターサーバーやポリタンクを使って水をかぶるといいでしょう。冷たい水をかぶることで開いた毛穴が閉じ、肌表面に広がった毛細血管が収縮します。すると身体の内側に熱が篭ります。そうすることで肌寒い外気に身体を晒していても平気でいられるようになります。
水浴びをした後は水滴を拭いて、横になって休憩しましょう。このときにポンチョなどがあると快適です。休憩時は深い呼吸を意識してみてください。身体は次第に交感神経優位の状態から副交感神経優位の状態に移行し、深いリラックスを味わえるはずです。
身体が冷えてきたら再び焚き火から焼き石を拾ってサウナへ入りましょう。これを何度か繰り返しているうちに、覚醒と瞑想を同時に味わっているような「サウナトランス状態」、よくいわれるところの「ととのう」と呼ばれる状態を味わえるかもしれません。
焚き火とテント式サウナを存分に楽しんだ後は、痕跡を残さないくらいきれいに片付けましょう。とくに炭は土に還らないので、土に埋めずにきちんと回収しましょう。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
サウナは、火を扱うようになった人類がその熱を飼いならすために生み出した偉大な発明であり、自然を体感する装置だと言えます。自分の手でサウナをあたためてみると、サウナが自然物で構成されていることに気付くと思います。
火を熾し、大地が育む水を全身で味わい、風に吹かれる心地よさを感じる。そして、あたたまるという行為のために利用する石や薪が、どれほどの途方もない年月をかけて生じたのか思いを巡らせる。温冷の行き来で五感を刺激されれば、眠っていた人間本来の自然感覚を呼び覚ましてくれるのではないでしょうか。
自然の中でテント式サウナを楽しむことは、きっと自然を見つめる新しい視点を与えてくれるでしょう。