大学では農学部で食品の研究を行い、卒業後は大手コーヒー焙煎会社に就職。東日本大震災を機に、食を探求しその楽しさを発信するために転職し、大規模貸し農園事業を展開。現在はあらゆる自然遊びをサイエンスの視点から語るライターとして活動。狩猟も得意で銃砲店のスタッフとしても活動している。
twitterアカウントは@Yuu_Miyahara
WILD MIND GO!GO!アンバサダー
子供のころに植木鉢やプランターで花や野菜を育てたことはあるでしょうか? 序盤はすくすくと育ったのに、そのうちに枯らしてしまった、という経験を誰しももっているのではないでしょうか。土の容量が小さい植木鉢やプランターは、保持できる栄養も小さく乾燥の影響も大きく受けます。プランターで上手に植物を育てるには小まめな水やりと栄養の補給が必要です。しかしこれは、かけた手間が如実に表れる環境とも考えられます。水、光、栄養……の条件が限定されるプランターで植物を育ててみると、植物の成長に必要なものを感覚的に知ることができます。そしてプランターなら、庭を持たない人でも手軽に野菜作りに挑戦できます。収穫をゴールに据えて野菜を育てて、身近なようでまったく知らなかった土の力を感じとってみましょう。
私たちが何気なく歩いている大地。それを構成する「土」は、ただの砂粒の集合ではありません。土は地球上でもっとも多機能で、もっとも奥深い存在のひとつです。植物が育ち、微生物が生き、命が巡る舞台が「土」であり、私たちの食や暮らしの根幹を支えるものでもあります。
土は、岩石が長い年月をかけて風化し、その破片に水や空気、有機物、そして微生物が混ざり合ってできたものです。鉱物質(砂・シルト・粘土)と有機物、さらに水分や酸素を含んだ複雑な構造体で、なかには驚くほど多様な微生物たちが生きており、土をただの地面ではなく「命を育む場」へと変えています。
都会では自然の土に触れる機会が少なく、ベランダ菜園をするにも市販の培養土に頼るほかありませんが、「買う土」はあくまで出発点です。実はこの土も、工夫次第で繰り返し使えて、それどころかより良いものへと育てていけるのです。
植物にとって土は、単なる支えではありません。根を張ることで倒れにくくするという物理的な役割に加え、土は水を保持し、必要に応じて植物に供給してくれる「保水タンク」でもあります。同時に、余分な水を排出する排水性と通気性も備えています。
さらに、土は植物の「台所」でもあります。植物が必要とする栄養素=窒素・リン酸・カリウムなどの無機養分を供給します。この無機養分は土の中の有機物を微生物が分解することで供給されています。植物が育つ背景には、目に見えない微生物の営みがあるのです。
落ち葉や枯れ草、動物の排せつ物などの「命の残りかす」が微生物により分解され、新たな命の源になる。そうした命の循環が、土の中では日々繰り広げられています。土の中の世界を少し想像するだけで、野菜づくりがぐっと面白くなってきます。
「いい土」とは、単にふわふわしている、黒くて柔らかいというだけではありません。水を含みすぎず、なおかつ乾きすぎず、空気も通る。さらに、有機物や栄養分を蓄え、微生物が元気に活動している、そんなバランスの取れた状態が理想的な土です。
野菜を育てると、土の中の無機養分が吸収され、土の粒子構造が徐々に崩れていきます。細かくなりすぎると通気性が損なわれ、微生物の活動も鈍くなってしまいます。その結果、湿っていると泥のように重く、乾くと固く砂っぽい、いわば「疲れた土」になってしまうのです。
しかしそんな土も、適切に手をかけることで再生できます。捨てるのではなく、育て直す。それが、「土を育てる」という視点の第一歩です。
最初のシーズンは難しいことはありません。用意したプランターの容量に合わせて培養土をホームセンターで買ってきましょう。こういった土は誰が野菜を植えてもきちんと育つように肥料が配合され、pHなども調整されています。
苗を植えればすぐ育つように調整されているとはいえ、安価な培養土は製材所から出た残材などが主体になっています。水はけや保水性、質感などは時間の経過とともに劣化していきます。土以前だった資材を土へと変えるつもりで、野菜を育てながら培養土も育てていきましょう。
1.プランターの準備
プランターの底にはネットを敷き、排水性を確保するために軽石を2~3cmほど敷きます。その上に再生した土をやさしく詰めていきましょう。押し固めすぎないように注意。
2.種まき・苗植えのコツ
葉物野菜は「筋まき」で種を撒き、育ちに応じて間引きましょう。トマトなどは苗からスタートする方が安心です。植える際は根鉢を崩さず、丁寧に扱ってください。
3.水やりと日当たり
プランター栽培では、土の乾き具合をよく見て水やりを。特に夏場は水切れが早いので注意。朝か夕方にたっぷりと与え、日中の高温時は避けましょう。日当たりは最低でも1日4時間以上が理想です。
プランターでは水切れも心配ですが与え過ぎにも注意。水分が多すぎると微生物の活動が妨げられ、また根腐れなど植物にも影響します。
野菜の成長には、定期的な栄養補給が欠かせません。植え付け後10日~2週間ほど経ち、葉が増えてきたら、追肥を始めましょう。
ここで使用するのは 即効性のある化学肥料 が便利です。化学肥料には、植物の成長に欠かせない 窒素・リン酸・カリウム がバランスよく含まれています。「化学肥料」と聞くと、抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、プランターという限られた環境では、自然の土壌のように微生物が豊富で、時間をかけて分解・循環していく仕組みを完全に再現するのは難しいのが現実です。
そもそも、私たちが育てている野菜は、食用として葉や実を 大きく育つように品種改良された“少し不自然な存在” でもあります。その不自然さを補い、しっかりと育てていくために 人の手による適切な栄養補給=化学肥料 はとても理にかなっているのです。
液体肥料なら週に1回、規定の倍率に薄めて水やりと兼ねて与えると効果的です。固形の緩効性肥料であれば、株元にパラパラと撒いて、軽く土と混ぜておくだけでじわじわ効いてくれます。
葉物野菜は特に肥料切れが早く、葉色が薄くなったり生育が止まったりするので、早め早めの対応が必要です。ただし、やりすぎると“徒長”といって、ひょろひょろと軟弱な姿になってしまうことも。少量ずつ、様子を見ながらが基本です。
ミニトマトやナスなどの果菜類は、花が咲いた後から一段と肥料を必要とするようになるため、段階的に追肥量を増やしていくと、実つきが良くなります。
さて、2年目からがいよいよ本番です。昨シーズン野菜を提供してくれた土は野菜に栄養を渡してすっかり疲れ切っています。ホームセンターでは新しい培養土を買うと使用済みの土を引き取ってくれるサービスもあります。しかし、せっかく手に入れた土をワンシーズンで使い捨ててしまうのは、実にもったいない話です。土は本来、繰り返し再生されていくもの。使い終えた土も、少しの手間と工夫を加えれば、再び野菜が元気に育つ「生きた土」として蘇ります。
それでは昨シーズン使ったプランターをひっくり返してみましょう。野菜の細かい根がびっしりと張り、土は乾いてサラサラしています。これは微生物が減り、構造が壊れている証拠です。土をリサイクルするにはこのままでは使えません。腐葉土や堆肥を追加して、再び生命力のある土に戻してやる必要があります。
まず古い土をビニールシートやトレーに広げ、根の残りや大きなゴミを取り除きます。ふるいを使えば効率的。土の中には虫の幼虫がいることもありますが、これは多くの場合、野菜を食害します。かわいそうですが取り除きましょう。
ふるいにかけた土は、晴天が続くタイミングで黒いビニール袋やポリ容器に入れた状態で日光に当てて太陽の熱で殺菌し、害虫も追い出します。「太陽熱消毒」と呼ばれるこの方法は、土を健全な状態に戻す大切なプロセスです。シートの上に土を広げて紫外線に当てるのも効果的です。
使い古した土は無機質化し、栄養が不足しています。そこに加えるべきは腐葉土や堆肥など市販の改良材。これらを微生物が分解することで野菜の栄養源となります。新たに加える改良材の量の目安は、古土6に対して改良材4。上級者は石灰や油かすも活用して、pHや栄養バランスを整えてみましょう。
私は使用済みのアクアリウムソイルなどを混ぜ込むことで有機肥料の元にしています。アクアリウムソイルとは土を焼成し、粒状にしたもの。観賞魚を飼う水槽の底に敷くものです。使用済みですから魚の排泄物などが染み込んでいます。これを再生土のベースとしています。私は毎年使い古したアクアリウムソイルを混ぜますが、これが家にある人は少ないでしょう。アクアリウムソイルは市販の赤玉土と似ているので、土を再生する際に通気性や保水性が気になる場合は小粒の赤玉土を加えてください。
素材を混ぜた土はすぐには使わず1~2週間ほど「寝かせる」時間が必要です。この間に土壌に適した微生物が活性化し、有機物の分解が始まり、土の構造が落ち着いていきます。土にとってこの熟成期間はとても大切です。
土が落ち着いたら、いよいよ植え付けです。1年目と同じ要領で野菜を植えてみましょう。果たして野菜たちはすくすくと育つでしょうか? 肥料の成分の過不足によって、野菜にはさまざまな症状が表れます。そのサインを読み取って、多すぎるものは減らし、足りないものを補ってあげましょう。
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
世界的にみると、人類が口にする食物の9割以上が土由来だといわれています。それほど重要なのに、食物を生み出す耕作地の土は急速に失われています。生成には気の遠くなるような時間がかかるのに、失われるのはあっという間。土はどこにでもあるように思えますが、じつは限りある資源です。
プランター栽培は、単なる野菜づくりにとどまりません。それは土を育てる体験であり、自然を観察する時間でもあります。ワンシーズンで使い捨てていた土に再び命を吹き込むこと。それは、都市に住む私たちが自然の循環を再現することにほかなりません。一度ベランダで野菜を育ててみると植物の成長に欠かせない要素をイメージできるようになります。何年かベランダ菜園を実践したら、燃えるゴミに出される落ち葉や剪定枝が資源に見えてくるかもしれません。