365日野草生活をおくる野草愛好家。自然観察指導員。多摩川野草会代表。日本全国で自然観察会を催行。野草に関する情報発信するかたわら、野草をテーマにするグッズや映画、ドラマ、バラエティの監修も行う。最新情報はtwitterで発信中。アカウントは@365nitiyasou
北海道から九州にかけて分布し、日本の古歌にも登場するクズ(葛)。日本人はクズを歌に詠み、根から葛粉を取り、茎からは繊維を取って利用してきました。そのいっぽう、旺盛な繁殖力でクズは厄介な侵略者扱いされることも……。移入先のアメリカでは、侵略的外来種に指定され、防除に大きな予算と手間がかけられてもいます。日本でも生えてほしくない場所で繁茂することもありますが、そんなときはぜひクズを利用してみましょう。きっとクズの見え方が変わるはずです。
クズは北海道から九州まで広く分布する植物で、林縁や河川敷に茂っているのがよく見られます(南西諸島には近縁のタイワンクズが分布します)。いかにもマメ科らしい3枚が1セットになった大きな葉(3出複葉といいます)を広げ、ときにはほかの植物を覆って光を遮り、枯らしてしまうことも。人の生活に近い場所に生えている場合はどちらかというと厄介者扱いされていますが、利用する際は個人での採集が許される場所を選ぶか、地権者にことわりを入れましょう。
クズのいちばん手軽な利用法が、芽や花を食べること。春先の若い芽は天ぷらの具材として優秀です。できるだけ太く、伸びたばかりの芽をポキリと折れる場所で折り取ります(時期を逃すと食べたときに表面の毛が気になります。毛が柔らかいものがおすすめです)。衣をつけて揚げればホクホクとして癖のない味わいで、どこかに豆のような香りもあります。
春に食べ損ねたら夏を待ちましょう。夏になるとクズは青紫の美しい花をつけますが、この花も食べることができます。ブドウにも似た甘い香りを漂わせる花穂から小さな花を集め、ゼリーなどと合わせると、花の香りとかすかな甘みを楽しめます。
採集時に注意したいのが、私たち以上にクズが大好きなマルカメムシのこと。無心で芽や花を摘んでいると、強いカメムシ臭を放つマルカメムシをわしづかみにしてしまうことも……。1本1本、目で確かめてから採集することをおすすめします。
クズの根は「葛根」という漢方薬の素材になるほか、その根に蓄えられた澱粉は葛粉として利用することができます。採集方法は簡単です。クズがもっとも澱粉を貯め込んでいる冬場に、ひたすら掘り続けます。
方法は簡単だけれど、掘り上げるのはなかなかたいへん。固く締まった地面をあの手この手で掘り進み、澱粉を蓄えた根を目指します。澱粉はクズの根のなかでも比較的柔らかい部分に多く集まっており、慣れると澱粉特濃ゾーンと澱粉薄めゾーンが見分けられるようになります。折り曲げてみれば特濃ゾーンは一目瞭然。澱粉を含んだ白い液が流れ出します。
クズの根を採集したら丁寧に洗って根を破砕します。木質化してハンマーで叩いてもビクともしない部分もありますが、澱粉が多く集まっている場所の硬さはすごく硬いサツマイモ程度。鉈や包丁を苦駆使して輪切りにし、それに水を加えてミキサーにかけて細かく破砕します。繊維質と澱粉が一体になった液は、サラシなどに包んでバケツのなかで揉み出すと澱粉を含んだ液と繊維質を分離できます。
分離した液は泥を含んだような茶色をしています。これを沈殿させて上澄み液を捨て、また水を加えて沈殿させて上澄み液を捨て……と繰り返していくと少しずつ色が抜け、最後には白い粉が残ります。これがクズの澱粉です。白い澱粉を得るには、朝晩2度の水換えを2週間ほど続けなくてはいけません。がんばりましょう。色が抜けたら沈殿させた葛粉のペーストを皿やバットに広げて乾燥させ、水気を抜いた状態で保管します。
クズの根に対する澱粉の含有量は5%ほど。自分で葛粉を取ってみると、労力に対する収穫物の少なさに驚くはずです。
葛粉を精製できたら、葛餅をつくってみましょう。葛粉を5倍量の水に溶いて少量の砂糖を加え、弱火で加熱しながらかき混ぜ続けます(葛粉が20gのとき水の量は100g、砂糖は5gほど)。液温が高まるとともに鍋肌側から糊化が始まり、プルプルした固まりができるのでそれを液に溶くようにかき混ぜ続けます。全体に透明感が出て液がもったりしたら、皿やバットに広げて冷水で冷やし固めます。固まったら切り出して黒蜜ときなこをかけていただきます。
面白いのは、きれいに精製した葛粉より若干黒みが残った葛粉でつくったもののほうが美味しいこと。いく人かで根を分けてそれぞれに精製すると、必ず一人ふたりは黒っぽい粉をつくってしまうものなのですが、葛餅にするとそんな人の粉のほうが美味しいのです。不純物が多いはずなのに、不思議ですね。
若いクズの蔓からは糸を取ることができます。かつてはその糸で布を織り、編まれた布は「葛布」として利用されました。繊維に向いているのはその年に伸びた青みがかった蔓。5~6月ごろのものがしなやかな繊維をとることができ、これ以降の時期のものは柔軟性が失われます。
蔓を採集したら丸く束ねて茹で、クズの重量の3割程度の重さのイネ科の草とともにビニール袋に入れて2週間ほど放置します。するとイネ科の草に付いている「枯草菌」がクズの蔓を分解し、丈夫な靭皮と表皮、芯の組織を分離できるようになります。分解に要する期間は1週間では短いし、3週間では靭皮の分解まで始まってしまうので、2週間程度がよいようです。適度に分解が済んだ蔓は丈夫な靭皮だけを剥がして水洗いし、枝などにかけて繊維を残します。ちょうど良いタイミングで作業できると、光沢のある強靭な繊維が手に入ります。
ちなみに、納豆菌も枯草菌の一種です。マメ科の大豆を納豆菌で発酵させてつくる納豆とマメ科のクズを枯草菌で発酵させてつくるクズの糸。ちょっと面白いですね。
繊維が取れたら、2条に分けてそれぞれに同じ方向に捻り、ねじれた2条を撚り合わせて1本の糸にしていきます。
まずは採集した繊維の末端を結び、それを釘やクリップなどで固定します。それを2条に分けたらどちらも時計回りに繊維を捻ります。そして、糸に撚りがかかってキンクしそうになったら左右を持ち替えて1本に撚り合わせます。この左右を持ち替えるタイミングで持ち替える指の動きを反時計回りにすると、2条の繊維にかけた捻れが互いに打ち消しあって1本の糸に収まります。文字で説明すると難解ですが、百聞は一見に如かず。やってみれば指先が自然に収まるべき場所に収まるはずです。
2条のうちの片側の繊維が細くなってきたら、2条の合わせ目に新たな繊維を挟み込んで一緒に撚り合わせて固定して継ぎ足します。これを左右交互に繰り返せば短い繊維から1本の長い糸をつくりだすことができます。
糸から布を織る方法、網を編む方法はそれぞれに1本の記事になるほど複雑なので、その方法はここでは割愛します。興味がある方はご自身で調べてみてください。しかし、糸を生み出したらぜひ編み物にも挑戦してほしい。目の前の自然の草から繊維を取り、それを糸にしてちょっと手間をかけると、自分の指先から生活の道具が生まれるのは驚きの体験です。自分でつくった糸で道具をつくりだすのは、手工芸の原初に立ち会ったような喜びがあります。
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
私はいろいろな草遊びを楽しんでいますが、その楽しみ方を紹介するときには環境負荷が気になります。どんなに素敵な遊びでも、誰かがマネしたときに自然に悪影響が出るなら紹介するべきではありません。その点でクズはこれ以上ない遊び相手です。一年を通じて楽しむことができ、資源量も豊富です(それこそ、厄介者扱いされるほどですから)。春先の新芽や夏の花は食べられて、茎からは繊維を採取でき、冬には掘り上げた根から葛粉をとることができます。日本人に長い間利用され続けたことも納得の性質です。どこにでもあるクズ、見かけたらぜひ自分なりのやり方でお近づきになってみてください。