大学では農学部で食品の研究を行い、卒業後は大手コーヒー焙煎会社に就職。東日本大震災を機に、食を探求しその楽しさを発信するために転職し、大規模貸し農園事業を展開。現在はあらゆる自然遊びをサイエンスの視点から語るライターとして活動。狩猟も得意で銃砲店のスタッフとしても活動している。
twitterアカウントは@Yuu_Miyahara
WILD MIND GO!GO!アンバサダー
山遊び、自然観察、狩猟、冒険。どんな野外活動であっても、「もう少し遠くの様子を、はっきり確認したい」と感じる場面があります。風景の奥行き、木立の向こうの動き、見慣れない動植物。そうした視覚情報を補ってくれるのが双眼鏡です。
双眼鏡は、特別な観察をするための専門道具と思われがちですが、実際には自然遊びそのものの解像度を高めてくれる、ごく実用的な道具です。遠くを見るというよりも、「これまで曖昧だったものが、意味のある情報として見えるようになる」。その変化は、野外での判断や安心感にもつながります。
一方で、いざ双眼鏡を選ぼうとすると、倍率や口径、構造、コーティングなどの専門用語が並び、最初の一歩で迷ってしまう人も少なくありません。本稿では性能比較に踏み込みすぎることなく、「野遊びに双眼鏡を持っていく」という行為を無理なく始めるための選び方を整理していきます。




双眼鏡を使いたい理由は人それぞれです。野鳥を観察したい、狩猟で獲物の姿を探したい、山頂からの風景をじっくり見たい、視力を補いたい。用途が明確であれば、それに適した双眼鏡を選ぶことは難しくありません。
ただし、自然遊びを幅広く楽しんでいる人の場合、用途をひとつに絞ること自体が難しいでしょう。天候や時間帯、行き先によって求められる条件は変わります。私自身もまさにそのタイプです。
このような場合、最初から全てに使える「万能な一本」を探そうとすると、選択肢が増えすぎてしまい、結局なにも選べなくなります。これから野遊びに双眼鏡を取り入れるのなら、用途を細かく決めるよりもまずは「気軽に自然の中へ持ち出せそうかどうか」を基準に考えるほうが現実的です。


双眼鏡は、対物レンズで集めた光をプリズムで反射させ、接眼レンズを通して像を見る光学機器です。物を大きく写すだけであれば、一本の筒を持つ単眼鏡でも目的は果たせますが、双眼鏡はこれを二本組み合わせることで、人間の目に近い感覚で対象を捉えやすくなります。両目で見ることで、距離感や立体感を把握しやすくなるのが特徴です。
双眼鏡は中央のピント調整リングを回してピントを合わせ、左右の視力差は視度調節リングで補正します。また、左右の筒の間隔を自分の目幅に合わせることで、自然で疲れにくい視界が得られます。
双眼鏡のボディには「10×32 5.5°」といった数字が表記されています。これは、倍率が10倍、対物レンズの口径が32mm、実視界が5.5度であることを示しています。倍率が10倍であれば、100m先のものを見たときに、10mの距離から肉眼で見たのと同程度の大きさに見えます。実視界5.5度というのは、のぞいたときに見える範囲の広さを示す指標です。
倍率や口径といった数値は、双眼鏡の性格を知るための手がかりになりますが、数値が高いほど使いやすいとは限りません。まずは、こうした表記が何を意味しているのかを把握しておくことが大切です。




双眼鏡選びで注目されやすいのが倍率ですが、気軽に持ち歩くという前提に立つと、選択肢は自然と絞られてきます。倍率が高くなるほど像は大きく見えますが、その分、視野は狭くなり、手ブレの影響も受けやすくなります。また、同じサイズの双眼鏡であれば、高倍率ほど暗く感じやすくなる傾向もあります。
たとえば、ジャケットのポケットに収まるような300g前後までの小型双眼鏡では、6~8倍程度が扱いやすい範囲になります。視野が広く、明るさも確保しやすいため、とっさにのぞいたときにも対象を視界に収めやすくなります。
「どこまで拡大したいか」ではなく、「自然の中でどれだけ使いやすいか」という視点で考えると、自身にあった双眼鏡の倍率が見えてきます。
市販されている双眼鏡の倍率は8倍か10倍が主流ですが、上記のような理由から近年は6倍以下の低倍率双眼鏡の価値も見直されてきています。たとえば、私が狩猟で使っている双眼鏡には6倍のものがあります。これは、見つけた対象を大きく拡大するためではなく、肉眼では捉えきれないものを、より広い視界で探すためです。
片手で構えて覗くなら8倍まで、両手で持つ/委託して覗くなら10倍程度までがおすすめ

さて、双眼鏡を選ぶ前に、もうひとつ知っておいてほしいのが双眼鏡の構造です。双眼鏡は内部のプリズム構造によって、ポロプリズム式とダハプリズム式に分けられます。この違いは、単なる設計の違いではなく、見え味や価格、携行性にも影響します。
ポロプリズム式は、古くから使われてきた構造で、接眼レンズと対物レンズの軸がずれた配置になっています。外見はややかさ張って見えますが、プリズム構造が比較的単純で、光のロスが少ないという特徴があります。そのため、同じ価格帯であれば、良好な見え味を得やすい方式です。構造がシンプルなぶん、意外と軽量なモデルも少なくありません。
一方のダハプリズム式は、比較的新しい構造で、接眼レンズと対物レンズが一直線に並びます。細身でシンプルな外観になりやすく、近年は主流の方式となっています。コンパクトに折り畳めるモデルも多く、収納時の体積を小さくできる点は、野遊びに持ち出す道具として魅力に映るでしょう。
ただし、ダハ式はプリズム内部での反射構造が複雑で、高精度な加工や特殊なコーティングを必要とします。そのため、同じ価格帯で比べた場合、見え味の面ではポロ式に一歩譲ることがあります。
双眼鏡を選ぶ際には、見た目のコンパクトさだけで判断しないほうがよいでしょう。たとえばポロ式は基本的に、左右の鏡筒がひとつのヒンジでつながっていますが、ダハ式では収納性を優先してヒンジを二つ設けたモデルが多く見られます。ポケットから取り出すたびに目幅を調整する必要があると、使う前のひと手間が増え、野遊びのテンポを損ねてしまうこともあります。
ポロ式は作りがシンプルなため安価なモデルに採用されるが、性能が劣るわけではない

双眼鏡は、遠くのものを大きく映せても、像が暗ければ判別が難しくなります。輪郭は見えていても細部が潰れてしまえば、本来の目的は果たせません。双眼鏡を選ぶうえで、明るさは重要な要素です。
この明るさを考えるひとつの目安になるのが、ひとみ径です。ひとみ径とは、対物レンズの口径を倍率で割った値で、接眼レンズから目に入る光の束の大きさを示します。たとえば対物レンズが40mmで10倍の双眼鏡なら、ひとみ径は4mmになります。
ここで関係してくるのが、人の瞳です。瞳孔は明るい場所では小さく、暗くなるにつれて開きます。日中は2~3mm程度、林内や曇天では4mm前後まで開くといわれています。双眼鏡のひとみ径がこの大きさに近いほど、無理のない明るさで像を見ることができます。反対に、使用環境に対してひとみ径が小さい場合は、暗く感じる場面が出てきます。
ただし、ひとみ径が大きければよいというわけではありません。明るさはレンズ性能やコーティングにも左右され、適切な条件は使う環境によって変わります。ひとみ径は、双眼鏡の性格を知るための指標と考えるとよいでしょう。
次に、実際の使いやすさに大きく関わるのが、視野の広さと覗きやすさです。視野が広い双眼鏡は対象を探しやすく、動きのある生き物や広い風景でも状況を把握しやすくなります。
この視野の広さと密接に関係しているのが、覗きやすさです。その覗きやすさを左右する重要な要素がアイレリーフです。アイレリーフとは、接眼レンズから目までの適切な距離のことで、この位置に目を置いたときに、双眼鏡本来の視野を正しく見ることができます。
双眼鏡は、設定されているアイレリーフに合わせてアイカップを調整して使います。裸眼で使う場合はアイカップを立てた状態、メガネを使用する場合は畳んだ状態を基準に、視界が自然につながる位置を探します。
一般に、アイレリーフが短い双眼鏡は、構造的に視界を広く設計しやすい傾向があります。一方で、目の位置をシビアに合わせる必要があり、覗き方には慣れが求められます。アイレリーフが長めの双眼鏡は、咄嗟に構えたときでも像を目に収めやすく、扱いやすさに余裕が生まれます。数値だけで判断するのではなく、実際にのぞいて無理なく見続けられるかどうかを確認しましょう。
ひとみ径は3mm以上のものを選ぶと汎用性が高い。アイレリーフは、覗くのに慣れていない初心者やメガネ使用者は長めのものを選ぶと良い

野遊びに双眼鏡を持ち出す以上、防水性や耐候性も無視できません。雨や霧、結露にさらされる場面は少なくありません。完全防水である必要はありませんが、防水仕様や防曇構造のモデルであれば安心感が増します。
双眼鏡は常に携行することが前提になるため、多少雑に扱っても問題が起きにくい仕様であることが、結果として出番を増やします。
さらに双眼鏡は、明るさや解像度といった数値だけでなく、「見え味」や「色味」といった感覚的な違いもあります。価格やスペックが近いモデルで迷ったときは、こうした見え方の違いを比べてみるのもひとつの方法です。

身も蓋もない言い方になりますが、精密な光学機器である双眼鏡は、信頼のおけるメーカーから選ぶのがもっとも確実です。性能や使い勝手はもちろん、品質の安定性や長く使ううえでの安心感も含めて、メーカー選びは重要な判断材料になります。
高級機のメーカーとしては、ライカ、スワロフスキー、ツァイスといった海外ブランドがよく知られています。いずれも世界的に評価の高い光学メーカーですが、価格帯の面から、はじめての一本として選ばれることは多くありません。
一方で、光学技術という点では、日本のメーカーも世界トップレベルの水準にあります。現実的な選択肢としては、コーワ、ビクセン、ニコン、ケンコー、ペンタックス、ヒノデといった国内の光学機器メーカーから、用途と予算に合ったモデルを選ぶことになるでしょう。これらのメーカーは、長年にわたって双眼鏡や望遠光学機器を手がけてきた実績があり、品質面でも安心感があります。海外ブランドの双眼鏡もハイエンドモデルは日本製、ということも少なくありません。
また、国内ブランドの製品は、サポート体制が比較的手厚いことも利点です。万一の不具合や修理、部品対応などを考えると、購入後の安心感は決して小さくありません。


双眼鏡を見比べたいときに頼りになるのが、大手の家電量販店です。実際に手に取ってのぞいてみることで、これまで説明してきた判断ポイントの意味が、より実感として理解できるはずです。
野遊びに使う双眼鏡では、数値よりも体感のほうが重要な判断材料になります。
最初に確認したいのは、重さと手への収まりです。いくつか持ち比べてみて、「これなら無理なく持ち歩けそうだ」と感じるかどうかを確かめます。前後のバランスや、片手で構えたときの安定感も見ておきましょう。ストラップを取り付ける穴の位置も、意外と使い勝手に影響します。
次に、覗きやすさを確認します。アイレリーフに合わせてアイカップを調整し、目を当てた瞬間に視界が自然につながるか、少し目の位置を動かしても像が欠けにくいかを確かめます。無理な姿勢にならず、リラックスしてのぞけることが大切です。
続いて、見え味や視野の広さを見ます。家電量販店の売り場は照明が明るいため、ひとみ径や明るさの違いをそのまま比較することは難しいかもしれません。その場合は、売り場の中で少し離れた天井の配線などを見て、周囲まで余裕をもって見渡せるかを確認すると、体感的な違いがわかりやすくなります。
色味も比べておきたいポイントです。双眼鏡によって、暖色寄り、寒色寄りといった傾向があります。優劣ではなく、自分の目にとって自然に感じるかどうかを基準にしましょう。
価格の目安としては、小型双眼鏡であれば1万円前後からが実用的なラインです。中型クラスでは2万~3万円程度から、性能と使い勝手のバランスが取りやすくなります。
実際に覗いて、重さ/手の収まり・持ちやすさ/覗きやすさ(アイレリーフ)/見え味/視野の広さを確認しよう。売り場で比べるときは、一度数秒目を閉じてから覗いてみるのもひとつ。直前の光刺激の影響が和らぎ、覗いた瞬間の見え方の違いを感じ取りやすくなる
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
双眼鏡は、使われてはじめて価値を持つ道具です。どれほど高性能であっても、自然の中へ持ち出されなければ意味はありません。
はじめて野遊びに双眼鏡を取り入れるなら、いつでも持ち歩ける300g以下の小型双眼鏡が現実的な選択肢のひとつです。気負わず連れていける双眼鏡があるだけで、これまで曖昧だった遠くの情報が、確かな判断材料として見えるようになります。性能以前に、持っているかいないかが、楽しみを分けることもあります。
双眼鏡は、単に遠くのものを大きく見るための道具ではありません。しかと確かめられなかった遠くのものを、確認できる情報へと変える道具です。遠くの山肌のトレイル、梢の先にとまる鳥、薄暗い藪にひそむ動物。肉眼では見過ごしてしまいがちなものを、双眼鏡ははっきりと浮かび上がらせます。
身の回りのちょっとした自然でも、双眼鏡で観察することで、これまで見えなかったものがよりはっきりと見えるようになり、気づかなかった新しい楽しさが見つかるはずです。