大学では農学部で食品の研究を行い、卒業後は大手コーヒー焙煎会社に就職。東日本大震災を機に、食を探求しその楽しさを発信するために転職し、大規模貸し農園事業を展開。現在はあらゆる自然遊びをサイエンスの視点から語るライターとして活動。狩猟も得意で銃砲店のスタッフとしても活動している。
twitterアカウントは@Yuu_Miyahara
WILD MIND GO!GO!アンバサダー
人間が生きる上で欠かせない食事。私たちは毎日、何かしらの食事を取っています。野菜、魚、肉etc……。これらは元をたどればすべて生き物です。人間の豊かな食生活はこうした生き物とそれらを育む自然に支えられています。もちろん、このことは誰もが知識として知ってはいるでしょう。しかし、毎日の食事のたびに生き物や命に感謝して食事をする、という人は少ないのではないでしょうか。美味しかった、いまひとつだった、といった感想を抱くことはあっても、口にした食材が元はどういう形のどういう生き物だったのか、自分の口に入るまでにどんなプロセスを経たのかを想像することはあまりありません。
それは私たち現代人が「食べる」という行為において、重要な手順を代行してもらっているからかもしれません。自分の手で生き物を食物へ加工すると、食や自然を見る目がきっと変わるはずです。
※記事内にはニワトリを絞めて解体する写真や表現が出てきます。
私は狩猟を趣味としているので、丸の鳥がほしいときはキジやカモなどの野生の鳥を野外から獲ってきます。しかし、読者のみなさんのほとんどは、狩猟の資格をお持ちではないでしょうから、丸の鳥がほしいときはどこかにお願いすることになります。
いちばん簡単なのは、ちょっと大きな精肉店に丸鶏の用意をお願いすること。この場合、頭、脚、内臓が抜かれた状態のニワトリを売ってもらえます。大きめのスーパーのなかには、生肉コーナーで冷凍の丸鶏を売っているお店もあります。ニワトリの解体じたいは、これらの処理された肉でも実践できます。
まったくのゼロから挑戦する場合はちょっとたいへんです。「住んでいる都道府県 ニワトリ 成鳥 販売」といった語句で検索して、個人にも生体を販売してくれる養鶏場を探しましょう。今回は養鶏場から廃棄予定のオスの鶏を生きたまま入手してきました。
ニワトリの解体には大仰な包丁は必要ありません。取り回しが良い薄刃のナイフが1本あれば事足ります。日本では骨スキと呼ばれる包丁が使われることが多く、海外ではフィレナイフなどが用いられています。解体用のほかに、絞める作業では、短時間で処理を済ませられるように丈夫な出刃か鉈のような刃物が必要です。
さて、丸鶏を私たちが見慣れた胸肉やささみ、腿肉といった部位別の食材にするにはこれをさばかなければなりません。そのためには生き物としての体の構造を知る必要があります。
鳥の体の構造は哺乳類とは大きく異なります。そのいちばんの特徴は、大きな胸肉でしょう。鳥は空を羽ばたくため、胸の筋肉を発達させ、これが食肉主要部位となっています。そしてこの筋肉を支えるために、胸骨が発達し、その真ん中、正中線上は船のキールのような大きな竜骨突起と呼ばれる構造になっています。胸肉は肩関節を経て手羽元=上腕、手羽先=前腕へとつながっていきます。
もうひとつの大きな可食部位が腿肉です。歩くことに特化したニワトリの脚部は筋肉が充実しています。ニワトリの解体をひとことで解説すると、「背骨と胸骨に包まれた内臓のブロック」から、できるだけ無駄なく胸肉ともも肉を取り外すこと、といえるでしょう。
上図では器官の名称と食肉上の呼称が混在していますが、解体の開設ではこのほうがわかりやしので、あえて混在させました。
生き物を締める、これはどれだけ慣れていても、決して気持ちの良いものではありません。生き物の命に優劣はないものの、生きた魚を締めるより、鳥を締める方が強い抵抗感があります。それは魚の方が見慣れている、ということもさることながら、鳥が恒温動物であり、触れると確かな生き物の温もりがあることが大きいように思います。
さて鶏を締めるには、最初に首を落とす必要があります。ニワトリは基本的に鳥目ですから、締める前に箱などに入れ暗所に置いておくとおとなしくなります。取り出したら暴れないよう速やかに紐で足を縛り、羽も胴体ごと縛ります。
鶏の頭は、大型の刃物を使い、ひと思いに叩き切ります。すぐさま多量の血が噴き出てきます。この際に多少暴れるため、しっかりと体を押さえておきます。暴れなくなったら、足を上にしてしばらく吊るし、血抜きを行います。
血が滴り落ちなくなったら、羽の処理です。羽は手でむしれば抜けますが、そのままでは硬く作業が大変です。死んでから時間が経つとさらに抜きづらくなります。羽をむしるときは60~70度程度のお湯に30秒ほど浸けると、毛穴が開き簡単に羽が抜けるようになります。鶏を揺すりながら羽の内側までしっかりお湯が通るようにします。お湯から上げたら、すぐに手で羽をむしります。体の羽は、掴んで生える向きと逆側に手首を返すように引っ張ると簡単に抜けます、翼の太い羽は1本ずつ羽の生える向きに引っ張り抜きます。
あらかた羽毛を剥き終わると、体表に小さな突起物が見えるようになります、これは筆毛(ひつもう)と呼ばれる羽毛になる直前の毛で、鞘の中に収まっています。大きなものを指先で掴んで抜き、小さなものは魚用の骨抜きを使うと便利です。筆毛は外側に出ているものに加えて皮下にもあります。皮膚を見て、内側の羽の色が見えたり、他より僅かに盛り上がっている箇所を爪で押すと、中から筆毛が押し出されます。この作業はなかなか手間がかかりますが、できる限り丁寧に、根気良く行いましょう。
丸鶏をそのまま調理する場合でも、調理後には切り分ける必要があります。先の体の構造を知っているかどうかで綺麗に捌けるかどうかも変わってきます。鶏の捌き方は目的によって様々な方法がありますが、今回は皮を繋げたまま全てを剥く方法で解体します。
足と首を外す
まず硬い皮膚がついた足さき(踵)を切り離します。関節にナイフの刃先を入れ、腱を切って切り離します。同様に、首も胴体に近い部分で切り離します。無理に切らずにナイフの刃を関節に入れるようにします。
素嚢(そのう)を外す
今回は生きた鶏から締めていますので、内臓はそのまま残っています。これらが食肉部位に触れることはできる限り避けたいため、内臓は最後に外します。ただし素嚢(食べた餌をすり潰す前に一度蓄えるための食道)は皮が薄く破れやすいため、先に外してしまいます。
首元から真っ直ぐ皮に切れ目を入れて、素嚢が見えたら、ナイフの刃先を滑らせ丁寧に剥がしていきます。素嚢が剥がれたら外に引っ張り、砂嚢(さのう)に繋がる手前で切り離します。この作業に使用した刃物は一度湯煎消毒してください。
ニワトリの前胸にはVの字型の鎖骨があり、この骨の内側に胸肉が入り込んでいます。首から入れた切れ目をそのまま鎖骨まで切り進め、皮をめくると、鎖骨の輪郭が見えます。指先で形を触って確かめたら、刃先を鎖骨の内側に差し入れ、骨を掘り出すようにして胸肉から切り離します。
次は胸肉を切り離します。皮ごと竜骨突起に沿って左右それぞれに包丁を入れていきます。この胸肉の内側には細い筋肉の筋があります。これがささみです。胸肉は大胸筋で翼を振り下ろすための筋肉、内側のささみは小胸筋と言い、翼を振り上げるための筋肉です。
胸肉、ささみ共に鎖骨付近で腕の筋肉とつながっています、ささみはつけたままでもよいですが、作業上じゃまであれば胸肉がある程度はがれたタイミングで剥がしてもよいでしょう。
肋骨に沿って胸肉を剥がしていくと、やがて肩のあたりで刃先がすっと入らなくなります。そこが肩の関節です。鶏の肩の関節は、人間と同じように鎖骨の外側についています。包丁の切先を関節に差し込むと、隣にある白い腱が切れて外すことができます。関節を外したら、肩から先の肉は胸肉と繋げたまま肋骨から剥がしていきます。
胸肉がある程度剥がれると皮の伸びに余裕が生まれます。ここで両腿をつかんで腿を外側に開いて脱臼させると、体が開いて作業がしやすくなります。肋骨に沿って肉を下半身側へと切り開いていくと、股関節に刃先が行き当たるので、肩関節と同様に刃を入れて腱を切り関節を外します。外腿の筋肉は背中側に回り込んでいるので、腰骨に包丁を滑らせて切り剥がします。この作業を左右繰り返しますが、腰骨までくると肉は薄くなり、ほとんど皮一枚になるので、そこまできたら骨と皮をつけたまま次の作業に移ります。
ここまででくると、胸肉と腿肉のブロックはほとんど切り離されて、背骨に沿った細い線状になって背骨とくっついているだけになります。肩側から刃を入れて背骨と肉を剥がし、尾の付け根まで肉を剥がしていきます。最後に注意したいのが、総排出口周辺の処理。腸につながる総排出口は汚れているのでぐるりと周囲を避けて切り進み、最後に尾骨の隙間を狙って刃を入れ、ぼんじりごと肉を切り落とします。これで食道から総排出口に至る内臓を肋骨の中に収めたまま、主要な可食部を分離することができました。可食部は好みの場所で刃をいれて小分けにして利用します。
最後に内臓を取り出しますが、汚染を防ぐため、ここまで解体した肉とは離して作業しましょう。
竜骨突起と肋骨のつなぎめに刃を入れて腹腔を露出させ、総排出口周りをくり抜いて腸を引き出します。続いで腹腔に手を入れると、臓器がそれぞれ取り出せます。一般的な可食部位は、砂嚢、心臓、肝臓、といったところでしょうか。腸管は雑菌の汚染のリスクがあるため、速やかに処理しましょう。
砂嚢は縦半分に切り、内容物を洗い流して綺麗にします。内側の皮は端を摘んで引っ張ると綺麗に剥けます。これで、食肉部位は全て切り離せました。
解体が済んだらいよいよ調理……ですが、さばき終えるころにはスーパーで鶏肉を買っていたときとは肉の見え方が変わっているのではないでしょうか。肉から骨まで、ひとかけらも無駄にしたくない気持ちになっているはずです。肉は部位にあった調理で食し、残った骨や足は煮込んで出汁をとってみましょう。ただし、いくら新鮮でも生食は禁物です。ニワトリの腸にはさまざまな雑菌がひそんでおり、一般調理者の技術では肉を汚さずに処理することはできません。さばいた肉は必ず加熱調理しましょう。同様に忘れてはいけないのがキッチンの清掃です。解体中にシンクや調理道具には雑菌が移っています。洗剤で洗うだけでなく熱湯でも消毒しましょう。
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください?。
今回紹介したニワトリは、人間の手により、食肉部位が増えるように家畜として品種改良した生き物です。野生の鳥では、肉は小さく引き締まり、身もとても硬いことがほとんどです。狩猟をした獲物をさばくたびに、獲った獲物への感謝の気持ちもさることながら、私たちが普段口にする家畜肉の貴重さ、素晴らしさを思い起こします。私たちが普段簡口にする食事も、元は全て命であり、食材になるまでに様々な手が入ることでやっと食べられるようになります。たまにはこうして普段食材として手にする命を元の形で手に入れて、目を背けずに、それが何なのかというのを確認してみてはいかがでしょうか。