大学では農学部で食品の研究を行い、卒業後は大手コーヒー焙煎会社に就職。東日本大震災を機に、食を探求しその楽しさを発信するために転職し、大規模貸し農園事業を展開。現在はあらゆる自然遊びをサイエンスの視点から語るライターとして活動。狩猟も得意で銃砲店のスタッフとしても活動している。
千葉県君津市に、未来農場CropFarmを設立。twitterアカウントは@Yuu_Miyahara
WILD MIND GO!GO!アンバサダー
自分の生活に欠かせない嗜好品を問われたとき、多くの人がコーヒーをあげるでしょう。コーヒーはコーヒーノキの種子を焙煎して砕いた粉から、成分を抽出した飲料ですが、このコーヒーの種子は、生のままでは私たちの知るコーヒーの香りや味は一切ありません。しかし、「焙煎」という処理を加えると、生豆にはない豊かな味や香りが引き出され、美味しい飲料に変化します。焙煎という調理方法は食材にどんな変化を与えるのでしょうか。
コーヒーの焙煎と聞くと、大きな焙煎機を使ってプロが厳密な温度管理のもとに行うものが思い浮かびますが、焙煎自体は家庭にある機材にいくつかの道具を買い足すだけで楽しめます。キャンプやピクニックに出かけたときに、そこでコーヒーを焙煎してみませんか?
焙煎とは油や水を使わず、食品を加熱乾燥させる調理法の総称で、乾煎りとも呼ばれます。焙煎は主に植物の葉や種子などの味や香りを好ましいものに変えたり消化しやすくしたりするため、また抽出液や油などを効率よく取り出すために用いられます。水分を抜くことで保存性を高める狙いもあります。
焙煎が食品に引き起こす変化のひとつであるメイラード反応では、加熱によって糖類とアミノ酸やタンパク質が反応し、さまざまな香気成分を生み出します。
焙煎の効果を最も簡単に体験できるのがお茶。自宅にある緑茶を鉄のフライパンに入れてかき混ぜながら加熱すると、緑色から褐色へと変化し、ほうじ茶に変わります。抽出してみると、緑茶だったときに強く感じられた渋みやエグみがまろやかになっていることに気づくはずです。
チャノキ以外ではササの葉を煎ったササ茶、ハトムギの実を煎るハトムギ茶なども焙煎によって風味を引き出すお茶といえるでしょう。いずれにせよ焙煎茶は加熱乾燥をさせることで保存性が上がるとともに香気成分が増し、さらに熱で細胞組織が壊れることで含有成分が抽出しやすくなります。
私たちに馴染み深いあのコーヒーの風味や味は、生豆からは全く感じることができません。焙煎してはじめてあの味と香りが生まれ、その香り成分は1000種類にも及ぶと言われています。また焙煎温度も190~250℃と、非常に高温で行われるのも特徴です。
焙煎に使用する生豆は自家焙煎珈琲ショップや、ネットショップなどから購入できます。焙煎前の豆は水分を多く含んだ生豆ですので、収穫から長期間保存されると劣化する場合があります。収穫した年度に注目し、回転率の良さそうな人気店で購入するとよいでしょう。
コーヒーの焙煎に必要な道具は、焙煎するための金属製のザルと小さな焚き火台(もしくは卓上コンロや七輪)のふたつ。コーヒー用の焙煎網も数千円で売られていますが、今回は100円ショップで売っている水切りザルの底に3箇所リブを立てて、ザルを振ると豆をリブが攪拌するように改造しました。
焚き火台はあまりに大きいと持ち手も熱くなってしまいますので、小型のウッドガスストーブ程度のサイズでOK。炭をおこすか薪を熾火にして高温の状態を保ちます。焙煎の方法はカセットコンロでも同様ですが、直火は火入れの加減が少し難しくなります。
焙煎を始めると生豆についた薄皮(チャフ)が舞い散り、強い焙煎香も放出されます。台所ではなく屋外で作業をすることをおすすめします。
生豆は10~20%ほど水分を含むため、焙煎すると蒸発して軽くなります。コーヒードリップの基本のレシピは1杯につき焙煎した豆10g程度ですが、今回は1杯あたり生豆15g程度で計量します。
まずはザルに生豆を入れ、炭火(熾火)の上にかざします。手をかざして1~2秒ほど耐えられるくらいの温度と距離を保ち、1分経ったらザルを熱源から離さずに大きく数回水平にまわし、生豆を攪拌します。この時に、底に立てたリブが豆粒の天地を入れ替え、豆粒どうしの上下を入れ替える効果を発揮します。これを5分~10分ほど行います。まずは豆の芯まで温度を伝えて水分を減らし、本焙煎時に表面と芯の焼け具合にムラができないようにするのが目的です。
新鮮な緑色の豆=ニュークロップほど水分量が多く、芯まで均等に加熱するのが難しくなります。
直火の炎は、温度は高いですが、そのぶん焦げやすくなります。最初は熾火がおすすめです。
豆の表面が褐色に変化、焦げができてしまうようだと温度が高すぎますので距離を離してください。
予熱を進めていくと生豆から青臭い香りが立ち始め、豆についた薄皮が少しずつ剥がれてきます。放射温度計(今回は時計に付属するものを使用)を持っている場合は、豆の上面を何箇所か測ってみて、満遍なく70~90℃くらいになったら本焙煎に入ります。
ザルを予熱時より火に近づけます。そのぶん焦げやすくなるので今度は30秒に1回、手早くザルを回し、焦がさないように注意しながら温度を上げていきます。最終的には200℃ほどを目指しますが、焦らず全体の温度を少しずつ上げることを心がけます。豆全体の温度が上がり始めると、生豆が膨らみ褐変(メイラード反応)し始めます。この際に膨張した細胞壁が壊れて、「ハゼ」と呼ばれるパチパチと弾ける音がし始めます。これは順調に温度が上がっている証拠です。
コーヒーの焙煎度は無段階ですが、おおまかに浅煎り、中煎り、深煎りの3段階に分けることができ、さらに浅煎り(ライトロースト/シナモンロースト)、中煎り(ミディアムロースト/ハイロースト)、深煎り(シティロースト/フルシティロースト/フレンチロースト/イタリアンロースト)の8段階に便宜的に分けられています。
浅煎りの段階はまだ焙煎が進んでいないため青臭さや酸味が強く、一般の人が楽しめる味わいはまだ出ていません。中煎りから深煎りの焙煎度のなかから好みの焙煎度や前の個性にマッチした焙煎度を見極めます。
ハゼは1ハゼと2ハゼの2回発生するタイミングがあります。1ハゼが終わるタイミングがミディアムロースト、2ハゼが始まるタイミングがシティローストという焙煎度の目安になります。ドリップでコーヒーを楽しむなら、焙煎度はミディアムからシティローストの間で火から引き上げるのがよいでしょう。今回は2ハゼが始まるタイミングで終え、ハイ~シティローストで止めます。1ハゼが終わり、豆の皺が伸びて膨らみきり、香りが変化するのを目、耳、嗅覚を研ぎ澄まして感じ取りましょう。
自家焙煎は熟練しないと、なかなか芯まで均等に焙煎することができません。炒りが浅すぎると雑味が出やすくなりますので、慣れるまでは少し深めに煎る方が失敗は少ないでしょう。
温度上昇がゆっくりだとハゼがあまり起きない場合もあります。
豆を回す際は、手首のスナップを使い、熱源から豆を離さずに煎りましょう
炒め物のように上下に回転させると豆が空気に触れて熱が逃げ非効率的です。優しく左右に回転させ熱が逃げないようにしましょう。
目的の焙煎深度まで進んだら、熱源からザルを外し、豆を急冷します。豆はすでに200度程度になっていますから、これを怠ると豆自身にこもった熱で焙煎がさらに進んでしまいます。ザルを5分ほど回転させ続けるか、より大きなザルに移し、指でつまめるくらいの温度まで冷まします。
今回は中挽きで豆を挽き、紙フィルターを使ったハンドドリップで抽出します。美味しいコーヒーを淹れるための最も大事なコツは、【不味くなる行為をしないこと】。どんなに美味しくなる技を駆使しても、不味さに繋がる行為をひとつでもしてしまうと、できあがったコーヒーは不味くなります。不味くなるドリップをしない、これを確実に守ることから美味しいコーヒーの道が始まります。
具体的にどうするかというと、
・適正温度を保つ
・適正流量を守る
・適正時間を過ぎない
この3つに気をつけましょう。
まずは注ぐお湯の適正温度、これは90℃を基本とします。もう少し低い温度を適温とするレシピもありますが、湯温が高いほど苦味が立ち、低いほど酸味を感じやすくなります。湯温はドリップ中にも少しずつ下がるので最初は少し高めの温度で練習すると良いでしょう。
適正流量とは、最初にたっぷりお湯を注ぎ徐々に減らしていくことと、ドリップの後半に抽出量を上げないことです。ドリップは豆に含まれる美味しい成分だけを抜き取る作業です。不味さに繋がる雑味は時間の経過とともに出やすくなります。最初のドリップ量を多くすれば、後半に湯を持て余すことはありません。序盤のドリップの湯量が多いと、さっぱりとした味わいにはなりますが、不味さにつながる雑味は出ません。
最後は適正時間です。お湯を注ぐ時間はトータル3分を守りましょう。ドリップ回数は抽出量にもよりますが3~4回を目安にしましょう。ドリッパーの湯が落ち切っていなくてもこの時間を過ぎてしまう場合は、そこでドリッパーを外します。
それでは順を追って淹れてみましょう。成分を抽出しやすくするため、はじめに粉全体が濡れる程度に満遍なくお湯を注ぎ30秒程度蒸らします。続けて1回目のドリップ。30秒かけて総抽出量の半分の湯をゆっくりと粉の上に回し淹れます。注いだら抽出液がサーバーに落ちるのを待ち、2度目のドリップを行います。今度は最初のドリップの半分の量をまた20秒かけて注ぎます。湯量が少ないので最初より短い時間でお湯が落ち切るでしょう。これを3度ほど繰り返してお湯を淹れ切ります。
お湯の適正温度を保ち、最初にたっぷり注ぎ、徐々にお湯を絞っていく、トータル3分で淹れ切る。これを守れば家でもキャンプでも、いつでもどこでも美味しいコーヒーが楽しめるでしょう。
焙煎直後の豆は、香りは高いものの炭酸ガスなどを多く内包するため少し尖った味わいに。2日ほど寝かせるとガスが抜けて、味の落ち着いた、より美味しいコーヒーになります。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
コーヒーは不思議な飲み物です。焙煎の方法や煎りの深さ、豆の挽き目、そしてドリップの方法でも大きく味を変えます。以前、コーヒーの生豆を加熱せずにどうにか食べられないか試行錯誤してみたことがありますが、煮ても焼いても……ではありませんが、煮る程度の加熱ではどうにもなりませんでした。これを誰がどうして焙煎しコーヒーとして飲むことを思いついたのか不思議でなりません。
私がコーヒー焙煎の迷宮に入り込んだのはコーヒー豆の問屋に就職した20代はじめのころ。専門家からの研修を受けて日々研鑽に励みましたが、20年経った今でも豆を焙煎するたびに新しい発見があります。
ただ焙煎するだけではなく、なぜその味が引き出されたのか、その味を生んだのはどの手順だったのかを考える。そうした科学の視点で疑問を持ち再現してみることで、より深い理解と美味しいお茶の時間が生まれるかもしれません。