北海道大学理学部地球惑星科学科卒。探検部に所属し、エチオピア大陸地溝帯Awash川下り(2005年.単独)、北海道内の石灰岩体における新洞探査(2002~2006年)などに取り組む。道南北斗市にて道内最長記録を更新する洞窟(北海洞、485.5m)を発見。パックラフトメーカー「BLUE NILE GEAR」の代表を務めつつ、ロープアクセス技術を駆使した急斜面・山岳地帯・洞窟などの調査会社も経営。
https://bluenilegear.com/
「自分の力で川下りをする」と考えたことはあるでしょうか? 近年、世界中で、背負って歩ける「パックラフト」というボートで川下りをする人が増えています。川下りは水の上をゆく自由な旅です。そこには、私たちをときに助け、ときに縛る社会からは、少し距離のある時間が流れています。漕ぐもよし、漕がぬもよし。全ての歩みを自ら決める川の旅は、自然の豊かさのなかに私たちを溶け込ませ、深く自分と向き合う時間と、確かな手ごたえを与えてくれます。実際に川に出てみると、舟でしか行けない場所、見られない景色がこんなにもあるのだと、あなたを驚かせてくれるはずです。さぁ、パックラフトでまだ見ぬ世界へ旅立ちましょう!





パックラフトは防水コーティングを施した生地をチューブ状に貼り合わせ、底布を付けたシンプルな構造のボートです。一人乗りは2~3mほどの大きさで、カヤックを幅広にしたような形をしています。いちばんの特徴は、空気を抜いた状態ではかなり小さく畳めて軽いこと。畳むとシュラフくらいの大きさになるため、背負って運ぶことができます。
パックラフトは北米の原野を踏破するための道具として誕生し、地理的な障壁を「道」に変えました。軽くて運びやすく、安定感が高く小回りも利く、という性質は日本の自然環境にも合っています。浅い喫水は浅瀬の多い日本の川に適しており、曳いて歩くのも楽。浮力が大きく荷物が沢山載せられるので、キャンプ道具を積んでツーリングもできるし、自転車を載せて下るバイクラフティングなどといったさまざまな遊び方もできます。
日本の川沿いには道路や鉄道が張り巡らされています。身軽なパックラフトの登場によって、徒歩や自転車が舟の移送手段として現実的なもののとなり、川の旅が劇的に身軽になりました。加えて、川下りのスタートとゴールを自由に設定できることも魅力です。車で近づきにくい場所も出艇と上陸の対象になりました。




2026年現在、パックラフトを手に入れる手段はかなり限られています。都会なら川下りに強いアウトドアショップ(かなりレアですが……)、地方ならほぼネット通販しかありません。小さな輸入代理店がそれぞれに販売するという状況のため、各メーカーのさまざまな艇を見比べることも難しくなっています(北海道にある秀岳荘は例外的に複数の艇を見比べられます)。輸入代理店が体験会を催行することもありますが、そこで試せるメーカーは限られます。そのため、購入の前には入念な艇選びが必須です。
メーカごとに艇のサイズに対し適正身長を表示している場合が多いので、そのサイズに自分が収まるかどうかを確認しましょう。コンパクト志向なら足を延ばして座ってみて、足先から腰の後ろまでが内側に入ればOKです。ツーリング志向なら足先にもある程度荷物を置く余裕があったほうがよいでしょう。
パックラフトは、その形状によって用途や乗り味が変わってきます。初心者におすすめなのは幅広のタイプ。チューブ径が大きく幅広だと安定性と積載力が増します。キャンプツーリングやバイクラフトなどに向いており、ぼんやり乗っていても安心感があります。チューブ径が小さくて幅細のモデルは、操作性が高く軽量でコンパクト。日帰りの気軽な川下りや公共交通機関、徒歩の移動などに有利です。ツーリングで長距離を漕ぐなら細長い形状が有利です。フィールドから考えると、湖や規模の大きな川の下流域など、静水では直進性の高い長細い形状が有利で、流れのある川では幅広の形状のほうがマッチします(しかし、慣れたら細い方が楽しいです)。
パックラフトには「セルフベイラー」という水抜き穴があるものとないものがあります。セルフベイラーがあると、舟の内部に入った水が自動的に排出されるので、水を大きくかぶるような状況では安心です。再乗艇がしやすい。というメリットもあります。非セルフベイラーのほうが動きは軽く、艇のボリュームに対して荷物がより多く入れられるメリットもあります。
……などと説明しましたが、どのモデルでも向き不向きはあっても基本的に○○の用途、○○なフィールドでは使えない、ということはありません。ちなみに私は体に比して細身でコンパクトなモデルが好きです。喫水が深くなるぶん直進性が増す、良く進むので漕いで楽しく省エネ、持ち運びが手軽と言ったメリットがあるからです。

パックラフトを楽しむにあたっては本体意外に必要な装備があります。本体に空気を入れるインフレーターとリペア道具のキットは必携品。こられに加えて、PFD(ライフジャケット)とパドル、水着やウェットスーツ、着替えや救急セットを収めるドライバッグ、急流ならヘルメットや流された仲間を助けるロープなどが必要になってきます。季節やスタイル、訪れる川に応じてさまざまな道具が必要になりますが、漕ぐフィールドに合わせてそろえていけばよいでしょう。




「習うよりも慣れろ」という言葉があります。実際に私もその精神で野外活動に取り組んできました。しかし、このスタイルは非常にリスクが高いので、おすすめしません。未経験者にはまずはスクールや講習、ツアー参加をおすすめします。水辺には日常生活で触れることのないリスクがたくさんあり、一発で死亡事故に至るレベルのものも存在します。川下りではどんなリスクにさらされるのか、それにどう対処するのかを一度プロや経験者に習うことをおすすめします。
東京周辺では入門者向けの講座が開かれていますが、地方ではそうした講習を受ける場所があまりありません。地方在住なら、最寄りのパックラフトのツアーを行っているガイドさんに相談するのが現実的でしょうか。自分がパックラフトを使ってやりたいことを伝えれば、必要な内容の講習を組んでくれるでしょう。最低限の技術と知識を習ったら、自身でコントロールができるレベルの川から初めて、少しずつ遊びの範囲を広げていきましょう。
パックラフトの講習では基本的な漕ぎ方、再乗艇の方法(気軽と言われるパックラフトで、初心者が最も苦労する技術です。ソロの人は必修です。暖かい季節にぜひ練習しておきましょう)、流されたときの浮き方泳ぎ方(アグレッシブスイミング、ディフェンシブスイミング)などを教えてもらえます。
加えて教わってほしいのが、川を利用するうえでの基本的なルールと心構え。水に出てしまえば、誰の目にもつかない場所は意外なほど多いもの。そこは現代日本では数少ない自由な空間といえるでしょう。川の上は利用者の安全を守るため様々に管理された道や公園とは違います。川は利用者の安全に配慮した空間ではありません。自分を守るのは自分なのだという意識が必要です。





パックラフトの楽しみ方にはバリエーションがあります。身ひとつで下る場合のいちばんシンプルな方法は、荷物ごと下ること。起点となる河原まで公共交通機関と人力で移動し、ゴール地点で川から上がったら再び徒歩と公共交通機関で帰る方法です。その派生として、着替えなどをゴール地点にデポしてから上流へ移動して漕ぎ出す方法もあります。
車を使う場合は、ゴール地点に車を置いてから公共交通機関等で上流へ移動し、そこから漕ぎ出す方法と、スタート地点に車を置いて漕ぎ出して、ゴールしてから公共交通期間で車まで戻る、という方法があります。ゴールに車を置いておく方法がいちばん気楽ですが、実際には訪れる川の周囲の公共交通機関のダイヤ次第、といった面もあります。公共交通機関を利用する場合は帰りの運賃を忘れずに。もちろん、利用の際は水着から着替えてから乗車しましょう。
川を下るには川を選び出さなくてはいけません。パックラフトで下れる川の選定にあたっては、過去に出版されたカヤッカー向けのマップや衛星画像、ブログなどが参考になるでしょう。これらはキャンプ地やトイレ、商店などの情報を集めるのにも役立ちます。
川に出る前には天気予報や上流部のダムの放水の状況などもチェックしておきましょう。天気が変わりやすい時期や上流部に雲がかかったときには川下りの途中でも確認が必要です。





川下りに慣れてきたら、ぜひ河原でのキャンプにも挑戦してください。簡素な装備でキャンプをすれば、自然の一部になったような感覚に包まれるでしょう。河原に泊まる上で重要なのがキャンプ地の選定です。増水時に水にさらされず、避難が迅速にできる場所であることは絶対です。また、条例等でキャンプや焚き火が禁じられていないかもよく調べましょう。法的に禁じられていなくても、地元の人が嫌がっている場合は野営するべきではありません。
旅はそれに占める人力率が高まるほど、充実します。川への往路復路を公共交通機関と徒歩だけで完結させたり、自転車を使ったりすると旅がひと筆書きになってより「旅感」が増します(ただし、自転車をラフトに積むと対応力が下がるので川の難易度の見極めには注意が必要です)。
私は1泊以上の旅をするときは、着替えと雨具と防寒着、ハンモックやタープ、マットと寝袋、蚊帳、焚き火台と調理器具、食材などをもっていきます。これらに加えて、旅を楽しむ道具として釣具やシュノーケル、本、カメラなどをもっていきます。
体験したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
パックラフトはその軽さとコンパクトさで、「川下り」という旅を拡張させました。もっといえば「川下りを中心としたシームレスな移動行為」を可能にしました。これはとても画期的なことです。私は「BLUE NILE GEAR」というブランドの代表ですが、この屋号は若いころの旅に由来します。大学探検部に所属していた私はあるときカヌーイストの野田知佑さんから「ナイル川を下ってみないか」と唆されました。その気になった私は青ナイル川の降下に挑みましたが、そのとき使ったゴムボートは重量が15kgありました。当時の艇としては軽量ですが、背負うには重く、移動は困難を極めました(結局この艇ではアワシュ川という別の川を下ったのですが、素晴らしい旅になりました)。この旅から10年がすぎたころにパックラフトと出会い、私は衝撃を受けました。「あのときにこの舟があったなら!」 と。それと同時に「今からでも楽しいことができるに違いない」とも思いました。パックラフトがあれば1枚の写真や本の一節、旅先の景色から拾った小さなひらめきを現実の旅にできます。旅には正解も間違いもありません。自分の経験と好きなことを結集し、自分らしい旅のスタイルを試行錯誤することは、まさにパックラフトの醍醐味です。どんなものであれ、パックラフトを用いた旅は、自分にしかできないかけがえのないものになるでしょう。