同研究科附属植物園園長を併任。放送大学客員教授。神奈川県立湘南高校を卒業後、東京大学理科II類、生物学科、同大学院理学系研究科生物科学専攻を経て1993年、博士(理学)取得。2005年より現職。趣味は植物に関するいろいろなこと、エッセイ書き、クラシック音楽など。おいしいものも好物。専門は植物の発生遺伝学、特に葉の形作りの仕組みだが、ボルネオを中心としたフィールド調査も展開しており、腐生植物の新種探索も進めている。著書に中公カラー新書『スキマの植物図鑑』、『スキマの植物の世界』、岩波書店『森を食べる植物』など。
スキマの植物とは、文字通り、コンクリートやアスファルトのひび割れ、ブロック塀のスキマや割れ目など、思いがけない隙間に暮らす植物のことです。珍しい、と思うかもしれませんが…… 実際は、街中の私たちの身の回りは、そんなスキマの植物であふれています。しかもかなりの種数が街のスキマには暮らしています。
まずは視線を、足元のスキマに向けて歩いてみましょう。100メートルと歩かないうちに、何か緑の植物を見つけられるでしょう。その感覚を保ったまま他の道も歩いてみましょう。続々と花が見つかりませんか? 花を見つけたら、その周りにも目を巡らせてみましょう。花に昆虫が来ていませんか? もしかしたら幼虫がいて、葉っぱをかじっているかもしれません。
スキマの植物は、私たちにとって一番身近な自然であり、街中の生態系の重要な要でもあるのです。身近に暮らすスキマの植物を探しに出かけましょう。
探し方は簡単。歩きながら視線を足元近くに配るだけです。アスファルトの割れ目や石畳のスキマに、植物が生えていないエリアを見つける方が難しいくらい、いろいろ緑の植物が見つかりませんか? 最初はコケとか小さなツメクサなど、地味な種類しか見つからないかもしれませんが、しばらく歩いているうちに、数十センチの大物や、華やかな色の花をつける種類も見つかるでしょう。慣れてきたら足元だけでなく、時には視線を上げてみましょう。ブロック塀の壁面や煉瓦積みの間に、思いがけずスキマの植物が見つかることもよくあります。
もし、めぼしい種類が見つからないとしたら、その理由は次のどれかでしょう。(1)まだ舗装や建築ができあがったばかりで、スキマがない、あるいはまだ植物が入る前の状態。(2)ビルの影で一日中日が当たらない。(3)ものすごく勤勉な管理人さんがいて、隅々まで草抜きを徹底している。
でも上記のような場所を除けば、スキマの植物は古今東西、いたる所に見られるものです。東京都大手町のビジネス街や、銀座の華やかな通りなどでも、実に多くの種類がスキマで暮らしています。
スキマに多い植物は、大きく分けて2つのタイプがあります。1つは、日本でもともと身近な雑草として暮らしてきた植物たちです。日本の気候のもと人里近くで長いこと暮らしてきた植物の大半は、街中のスキマにスムーズに住処を変えることができました。ツメクサ、カタバミ、スミレの類のような小型の種類から、ドクダミのような中くらいのサイズのもの、果てはススキのような大型のものまで、いろいろな種類がスキマに暮らしています。明治、大正、昭和と、海外との交流が盛んになるにつれて、日本に入ってきたいわゆる帰化植物たちにとってもスキマは暮らしやすい環境です。セイヨウタンポポやハルジオン、ノゲシ、オニタビラコなどは、日本全国どこに行ってもスキマでよく目にする帰化植物です。
ユキヤナギやナンテンのように、木になる種類もスキマで見かけます。これらはその近所の庭か公園からタネで逃げ出してきたものだと思われます。ユキヤナギは細かくて風に乗る小さなタネが自然とスキマに挟まって、ナンテンの場合は、赤くて目立つ実を食べた野鳥によって、フンとともにスキマに落ちて生えてきたものでしょう。
スキマに多い植物、もう1つのタイプは園芸植物です。大きな花壇のある都市公園の周りや、園芸趣味の方が多く住む市街地で特に目立ちます。ペチュニア、ベゴニア、ニチニチソウ、小型のパンジー類などがその代表格です。花壇や鉢植えで楽しむ間にたくさん小さなタネをつけ、自然と周りにタネをまき散らすタイプの植物です。今では園芸店で見かけないような、古い品種を見かけることもあります。これはだいぶ前にスキマに移り住み、その後代々その土地で花を咲かせてきたものでしょう。あるいは逆に、つい最近ガーデニングにデビューしたばかりの最新品種を見つけることもあります。これはごく最近、どこかから逃げ出してきたものでしょう。そういう種類を見つけたときは少しあたりを巡り歩いてみると、もともと親株が育てられていた区画の見当が付くこともあります。
園芸植物がスキマに生えるきっかけは、タネでやってきたケースばかりとは限りません。もともとは宅地の庭先で育てられていたものが、ある時工事で更地となり、その後にアスファルトなどで上を塞がれたため、やむを得ず植物の方で工事終了後にアスファルトやコンクリートを割って出てきたような事例もよく見かけます。ブロック塀の内側で育てられていた植物が、地下茎などで塀の下をくぐり、道路側とのスキマから顔を出すケースも少なくありません。
なぜ、こんなにたくさんの植物がスキマに暮らしているのでしょう? それはやはり快適だからです。狭そうに見えますが、スキマの下にはちゃんと土があります。隙間が狭いぶん横には誰も入ってきません。早い者勝ちでスキマを占有すれば、地上も地下も競争相手に煩わされずにすみます。
そもそも植物は、光をエネルギー源として、水と二酸化炭素を原料に糖を合成する生き物です。その糖を自分の栄養源として利用するのが、生活の基本です。なので、光を遮らない空間の確保は、植物にとってとても大事なポイントです。しかし、日当たりの良い広い土地は、必ずどこかから横に他の植物がやってきて、光の奪い合いになります。他の植物の葉の下に入ってしまったら、いくら日当たりが良くても光の質はぐっと下がってしまうので、植物はとにかく上へ上へと背丈を伸ばさなくてはなりません。
他の植物より頭一つ抜けた位置に立たなくてはならない競争の日々は、暮らしやすいとは決して言えません。一方で、スキマは隣に誰も来ない特等席。スキマの植物の背が低いことが多いのも、わざわざ背を伸ばさなくても、光を他の植物に遮られる危険性がないからです。スキマは植物にとって実に居心地の良い場所なのです。
よく空き地などで、背の高い植物がぎっしりと茂っているのを目にします。あれは、まさにその背丈比べの結果です。隣よりも背の低い状態、自分の葉が他の植物の葉の下になった途端に負け。ひどい場合は枯死を意味することから、植物は隣に他の植物が来た場合は、光の質の低下を感じてただちに茎を伸ばそうとするのです。
ほかにもスキマの利点はあります。まず土地が乾きにくいこと。根元を除いて基本的にアスファルトやブロックに覆われているので、水分の蒸発が少なく乾燥のストレスが多くありません。雨が降れば、スキマめがけて水が流れ込んできます。電柱の横のスキマなら、犬の散歩ついでに肥料分をいただくこともあるでしょう。
独り身で寂しいのではと思うかもしれませんが、これは擬人化したときの誤解。植物、特にスキマに生える種類の多くは、自分だけでちゃんと花が結実します。種子をつけ、繁殖する上でも、必ずしも近くに同じ種類がいる必要はありません。必要がある場合にはちゃんと昆虫や鳥が花粉を運んで仲立ちをしてくれます。
ざっと身近で見られるものだけで、スキマの植物はなんと100種は軽く越えます。スキマの植物は、街中における最も身近で豊かな自然なのです。
拙著『スキマの植物図鑑』と『スキマの植物の世界』では、合わせて200種以上を収録していますが、その大半は日本の各地でよく目にするものばかりです。身近に見る植物の名前を知りたい場合も、こちらの2冊の図鑑でほぼその大半がカバーできるほどです。
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スキマは街にとって、とても大事な自然の構成要素です。1つの街のありとあらゆるスキマから植物を一掃してしまったら、その街に暮らす植物の種数は激減するでしょう。もしかすると9割近くが失われるかもしれません。
それだけではありません。スキマの植物を食べて暮らす昆虫も一気に減ってしまうでしょう。昆虫、特にアリはスキマの植物の種子散布に一定の貢献をしているので、昆虫が減ればスキマの植物の供給も途絶えます。昆虫がいなくなってしまったら、街中で雛を育てる小鳥たちはどうしたらよいでしょう。朝や夕方の小鳥のさえずりも、スキマの植物を一掃したら同時に消えてしまうのです。そして小鳥たちが姿を消してしまったら、庭や公園の果実を食べる動物がいなくなり、フンを介しての新たなスキマの植物の供給もできなくなります。
こうして見ると、スキマの植物こそは、街の自然の、生態系の要であることがはっきりとしてきます。