山口情報芸術センター[YCAM]研究員。2010年からファブラボ(多様な工作機械を備えたラボの世界に広がるネットワーク)に参加、2013年にファブラボ北加賀屋(大阪)を共同設立。2014年からYCAMのコラボレーターとなり、2016年から研究員としてYCAMバイオ・リサーチを担当。「パーソナル・バイオテクノロジー」の可能性を模索している。共著に『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』(フィルムアート社)、『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』(ビー・エヌ・エヌ新社)、監訳に『バイオビルダー 合成生物学をはじめよう』(オライリー・ジャパン)など。
山や森、川、海などの自然環境には、さまざまな生き物が生息しています。また、近所のスーパーマーケットに行くと、いろいろな生き物が私たちの食べ物として並んでいるでしょう。どんな生き物も基本的には小さな細胞からできていて、細胞の中には、その生き物の設計情報や遺伝情報を担っているDNAと呼ばれる物質が入っています。今回は、その細胞やDNAの持っている性質を利用して、身近な植物、野菜や果実などからDNAを抽出する方法を紹介します。
【DNAを抽出するもの(試料)】
果物(バナナ、イチゴなど)
野菜(ブロッコリー、タマネギなど)
【試薬】
食塩
中性洗剤(台所用洗剤)
無水エタノール
水
【器具】
はさみ
乳鉢・乳棒
フリーザーパック
ティーフィルター
ガラスコップ
ロート
割り箸
虫眼鏡
【オプション】
軽量カップ
軽量スプーン
PETボトル
はじめに、食塩水に中性洗剤を混ぜて、DNAを抽出するための液をつくります。
ガラスコップを用意し、水25mlに食塩2gの割合で入れて溶かします。そこに、中性洗剤を1滴ほど加えて、あまり泡立てないように混ぜます。
中性洗剤を混ぜることにより、中性洗剤のなかの界面活性剤の働きで、細胞膜や核膜をこわし、細胞の中からDNAを取り出すことができるようになります。また、この濃度の食塩水によって、細胞内の染色体の中で結合しているDNAとタンパク質が離れやすくなります。
計量の目安としては、小さじ(1杯 5ml)を使うと便利です。小さじ1杯で、水は5ml、塩はさらさらなら約6g、湿った状態なら約5gになります。
小さじが手元にない場合は、300mlのPETボトルを使うこともできます。PETボトルのキャップの規格は、約7.5mlです。PETボトル一杯の水300mlに、食塩キャップ3杯分を入れて混ぜると、だいたい適した濃度の食塩水をつくることができます。そこに、中性洗剤12滴ほど加えます。
次に、DNAを抽出する試料を入手し、それらを細かくすりつぶします。
試料は、野山のフィールドに出かけて、さまざまな植物を観察して採集したり、スーパーマーケットで野菜や果物を手に入れましょう。
やわらかい試料(バナナ、イチゴなど)の場合は、フリーザーバッグに入れて、空気を抜いて手ですりつぶします。1枚目の写真では、フリーザーバッグに入れたバナナを、手ですりつぶしています。
かたい試料(ブロッコリー、タマネギなど)の場合は、ハサミや乳鉢・乳棒をつかって、細かくすりつぶします。2枚目の写真では、乳鉢・乳棒を使って、ブロッコリーをすりつぶしています。
細かくすりつぶす際に、常温で時間がかかるとDNAが分解してしまうので、手早くおこないます。可能であれば、事前に試料を凍結し、解凍しながらすりつぶすと、作業がやりやすくなります。
乳鉢・乳棒を使う際には、細かくしたドライアイスの上に試料を入れて、凍結乾燥しながら細かくすることもできます。乳鉢・乳棒のかわりに、すり鉢・すりこぎを使っても良いです。また、ミキサーがある場合は、氷と試料を入れて細かくするとよりよい結果が得られます。
※私有地や公園など、管理された土地で採集する場合は、管理者に確認しましょう。
※植物の中には、肌がかぶれるものなどもあります。あらかじめ、身の回りにある植物で危険なものがないか調べておき、誤って採集しないようにしましょう。
※ドライアイスを利用する際は、直接素手で触らないように注意しましょう。
試料をすりつぶした容器(フリーザーバッグ、乳鉢など)に、STEP1でつくったDNA抽出液を試料が浸る程度に加えて、ゆっくりかき混ぜます。このとき、勢いよく混ぜてしまうとDNAが切断されてしまうため、注意してゆっくりかき混ぜることがポイントです。
そして、そのまま5分間程置いておきます。
ロートにティーフィルター(お茶パック)をセットし、ガラスコップの上に置きます。そこに、試料とDNA抽出液がまざったものを移して、ろ過します。
ティーフィルターの代わりに、コーヒー用のペーパーフィルターやガーゼを使ったり、茶こしを使用することもできます。一般的なろ紙は目詰まりしやすいので、目の粗いものが好ましいです。
ろ液が入ったガラスコップに、エタノールを静かに注ぎます。このとき、ロートや割り箸があれば伝わせて静かに加えると良いでしょう。エタノールの量は、ろ液の2~4倍になるようにします。
エタノールを入れると、ろ液よりエタノールの方が小さいため、比重の違いによって、上層「透明なエタノール」下層「ろ液」にわかれます。
そして、エタノールとろ液の接触面からDNAが析出し、上のエタノール層にDNAの沈殿が浮かんできます。
エタノールは、低温の方がよりDNA収率があがります。可能であれば、あらかじめ冷蔵庫や冷凍庫などで冷やしておくと良いでしょう(エタノールの融点は-114.1 °Cのため冷凍庫でも凍りません)。
また、エタノールとろ液を廃棄する際は、台所や洗面所、トイレで、エタノールの5倍の水で薄めながら流します。上下水道がない場合は、布などに染み込ませて廃棄しましょう。
取り扱いの注意としては、火気に近づけない、目や粘膜等に触れた場合は大量の水で流す、などがあります。保管および、取り扱い上の注意に従って使用しましょう。
無水エタノールは、薬局などで購入することができます。アウトドアのアルコールランプの燃料として使ったり、ハッカ油や水を加えて虫除けスプレーにしたり、きれいな水を加えて食毒用にも活用することもできます。
写真のように、DNAが抽出できたら、いろいろな角度からじっくり観察してみましょう。異なる生き物から複数のDNAを抽出した場合は、比較してみると面白いかもしれません。また、虫眼鏡で拡大したり、スマートフォンカメラの拡大機能を使い観察することもおすすめします。
DNAが観察できたら、写真にとって『やった!レポ』にも投稿してください。その際には、何の植物から抽出したDNAかも記載してください。
DNAは、二重らせん構造をした紐状の物質です。二重らせんの幅は2nmで、1本1本は肉眼では確認できないほど小さいものですが、今回のHow toのように、沈殿して束になったDNAは目で確認することができます。この方法は「エタノール沈殿」と呼ばれており、バイオテクノロジーの実験では一般的な手法です。
多様な形状や振る舞い、役割をもった生き物がいますが、基本的にはすべての生き物に共通して、DNAという物質がその設計情報や遺伝情報を担っています。もちろん、私たち人間にもDNAがあり、DNAの情報に基づいて身体の細胞や器官、臓器が作られます。DNAは言わば、「生き物の設計図」。DNAを抽出し、観察することは、生き物の秘密に迫るような体験なのです。
いろいろな生き物に対して、この方法を適用できますが、特に植物はタンパク質が少ないため、このような簡易な方法でも比較的再現性が高く、DNAを取り出すことができます。ぜひ、皆さんもこの方法を活用して、いろいろな生き物の設計図を抽出し、観察してみてください。
※nm(nanometre、ナノメートル)は、10−9メートル (m) = 10億分の1メートル。