東京農業大学で造園学を学んだのち、中国で2年間砂漠緑化活動に従事する。帰国後、日本各地の自然を訪ねるツアーを企画する専門特化型の旅行会社に勤務し、植物を学ぶ。2018年にフリーの植物ガイドとして独立。徒歩10分の道のりを100分かけて歩く『まちの植物はともだち』観察会を中心に、保育の現場や地域おこし、企業のSDGsの取り組みへの協力など幅広く活動。著書に『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』、『種から種へ 命つながるお野菜の一生』(どちらも雷鳥社)。
気温が上昇し、吹く風が春めいてくると、植物たちもにわかに動き始めます。足もとに咲くちいさな草花を見たり、樹上の可愛らしい芽吹きを見たりと、春の植物には見どころが満載です。なにを見ても楽しい季節ですが、その楽しみをさらに倍増させる方法があります。それは、春の植物観察を冬のうちからはじめておくことです。
春は、ある日突然やってくるように感じますが、じつはそうではありません。植物の動きが止まってしまったかのように見える冬に、その準備は秘かに行われているのです。となれば、冬の終わりから植物観察をはじめることには、なにか意味がありそうです。
具体的な植物観察事例を通して、春の予兆の楽しみ方が伝われば嬉しいです。今年はぜひ一足早く植物観察をはじめてみましょう!
たとえば、まちでよく見るユキヤナギは、少し暖かくなると他の植物に先駆けて一気に花を咲かせます。枝にびっしりと白い花が咲く様子は圧巻で、これを見ると、あぁ、これから春がやってくるぞという気持ちになります。
さて、ここでクエスチョンです。どうしてユキヤナギはこんなにも一気に花を咲かせることができるのでしょうか?花が満開になってしまった時に観察しても、その答えは見つかりにくいですが、もしこの樹木を冬から観察していれば、その謎を突き止めることができます。
冬にユキヤナギの枝に近寄ると、その各所に1~2mm程度の小さな芽がたくさんついていることが分かります。暖かくなると、この芽が大きくなり、中から白い花が出てきます。そこまではいいのですが、どうにもこの芽の数と花の数が合わないように感じます。花の数の方が随分と多いようなのです。
そこで、1つの芽から出てくる花の数を数えてみることにしました。すると、どの芽も1つの芽から1つの花を出すのではなく、1つの芽から2~3個の花を出していることが判明しました。なるほど!それなら芽の数より花の数の方が多いことにも納得です。
ユキヤナギは、枝の各所についた芽をみんな一斉に開かせるので、芽がほころんだと思ったら一気に白い花で枝が覆われていきます。ユキヤナギの春のスピードには、芽の中にその秘密があったのです。
続いて上を見上げてみましょう。春になると、街路樹や公園によく植えられているケヤキの新緑もはじまります。これもユキヤナギと同様で、芽吹きはじめたかと思いきや、その新緑は驚くほどの速さで進んでいきます。枯れ木のような姿だったケヤキも、ちょっと日が経てばすっかり緑色に覆われます。
この新緑のスピード感の秘密はいったいなんなのでしょうか?この答えも冬から観察して確かめてみましょう。
まず、ケヤキの葉っぱはどこから出てくるのかというと、これはやっぱり枝についている芽からということになります。冬にはルーペで見ないと分からないほど小さな芽も、春になるとにわかに膨らみはじめ、肉眼でもその形を認識できるようになります。膨らんだ冬芽はどんどん伸びていき、中にあった葉っぱが見えてきます。
この時に注目です。ユキヤナギの時と同様で、1つの芽の中には、どれくらいの葉っぱが入っているのでしょうか?楽しみに観察していると、芽の中から万国旗のように葉っぱがずるずるとたくさん出てきました。なんと、芽の中には葉っぱが1枚…ではなく、葉っぱが複数枚と、それをつなぐ枝がセットで入っていたのです。文章だと分かりにくいかもしれないので、ぜひ写真を見てそのイメージを確かめてください。
このように、樹木の芽の中には基本的にたくさんの葉っぱがはいっています。なので、ひとたび芽吹けば、木々全体が一気にたくさんの葉っぱで覆われていくのです。
これが、新緑のスピードの秘密です。なんてことない話のように感じるかもしれませんが、実際にケヤキが芽吹く途中の姿を見ると、にょきにょきにょき~!と葉っぱがたくさん出てきて、あの1mmしかなかったちいさな芽の中にそんなにたくさんのものがはいっていたなんて!と驚かされます。ぜひ実物を観察してみてくださいね。
ここまでは、春の謎を冬から観察するというのがテーマでした。今度はその逆で、冬の謎を春に解いてみましょう。
冬に植物を探して足もとを見ていると、地際にベターっと這うように、葉っぱを放射状に出す植物に気がつきます。こうした草の姿勢のことを、バラ(ローズ)の花にたとえて「ロゼット」と呼びます。冬の乾燥から身を守るために、地上部をできる限り低くして風を受けないようにし、さらに冬の少ない日差しを効率よく集めるために、それぞれの葉っぱが重なり合わないようにするという、見事な植物の冬越しの工夫です。
とてもきれいな姿ですが、この状態で名前を調べるのはなかなか難しいものです。そんな時はこのロゼットを春が来るまで見守ってみましょう。すると自然とその答えが現れてきます。
冬から定点観察をしたロゼットを、例として1種類ご紹介しますので、写真を見ながらお読みください。3月24日に、地際でベタっと這う姿をした植物を見つけました。ロゼットです。なんの植物かこの状態だと分かりません。4月19日に見に行くと、ロゼットの中心部からなにかが立ち上がってきました。4月23日、26日にも見に行きました。どうも日を追うごとにその背丈は高くなっているようです。そして5月4日。ついにその先端に花が咲きました!すかさず近寄って確かめてみると、細い花弁がたくさんついた花がいくつか咲いていました。この姿を見て、ようやくこの植物がハルジオンであることを知ることができました。
冬の間に正体が分からなかった植物は、慌てずに春を待って確かめる。そんなことも春の植物観察の楽しみです。
花が咲いても名前が分からないことはあると思います。ですが、名前が分からなくても、植物が季節に応じて姿を変えていく様子はとても見応えがあります。
通勤・通学などでいつも通る道で特定のロゼットを見つけておき、毎日観察してみるという楽しみ方もおすすめです。
こんな調子で観察をしていれば、春は唐突にやってくるのではなく、冬の間に春の準備が行われていたのだということがよく分かります。それを踏まえたうえで春の植物観察を楽しむと、その見え方もすこし変わるかもしれません。
まちなかでは、ホトケノザやヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリ、ナズナ、ノボロギクなどの花が春の到来のサインになります。最後にこの5種類の花を写真付きでご紹介しますので、ぜひお近くで探してみてください。
ホトケノザとヒメオドリコソウは、ぱっと見の印象は似ていますが、ホトケノザは葉っぱから上に花が飛び出すのに対し、ヒメオドリコソウは花が上には飛び出さずに、葉に隠れるように花を出すという違いがあります。
青い宝石のような輝きを持った花があればオオイヌノフグリで、小さな白い花をてっぺんに集めて咲かせているものがあればナズナ。黄色い花を咲かせ、ギザギザの葉っぱを持つものがあればノボロギクかもしれません。
どの植物にも、それぞれ特有の形があります。遠くから眺めるだけではなくて、ぐぐっと近付いてその形の仔細を確かめるというのが、植物の名前を知る第一歩です。
まちの植物の春の訪れを写真に撮ったら「やった!レポ」に投稿して、体験をシェアしませんか?質問や感想はコメントに記入してください。
春は駆け足です。来たかと思ったらすぐに花を咲かせ実となり、あっという間に初夏の姿に変わっていきます。この動きの速さの秘密が、冬の準備期間にあったということが伝わったでしょうか。
このスピード感が春の植物観察の魅力です。家の近所にある樹木の、特定の枝を決めておいて、それを毎日見ていると1日ごとにその姿は変わっていきます。
ふだんは捉えることが難しい植物の動きを感じられる貴重な季節、この一瞬のチャンスを見逃さないように、近所の植物観察をお楽しみください。
もし今年の春に見逃したものがあっても大丈夫です。また次の冬から観察をはじめればいいのですから。こうして毎年繰り返し観察を続けていくと、次第に植物の魅力が分かってきます。人生のおともとして、植物観察を続けてみてもらいたいです。
「春は駆け足です」とありましたが、ほんとにそうですね!
身近な小さな自然が、比較的豊かな地域に住んでいるので、暮らしの中で、日々「ながら自然観察」を楽しんでいます。
このHow Toを読んでいたら、私がふだん注目することの多い植物が次々と紹介されていたので、なんだか勝手に親近感を感じて、うれしくなってしまいました。
おかげで、観察の視点が増えそうで、楽しみです。