大学では農学部で食品の研究を行い、卒業後は大手コーヒー焙煎会社に就職。東日本大震災を機に、食を探求しその楽しさを発信するために転職し、大規模貸し農園事業を展開。現在はあらゆる自然遊びをサイエンスの視点から語るライターとして活動。狩猟も得意で銃砲店のスタッフとしても活動している。
千葉県君津市に、未来農場CropFarmを設立。twitterアカウントは@Yuu_Miyahara
WILD MIND GO!GO!アンバサダー
皆さんは野遊びに繰り出す時、どの遊びにも必ず持っていく、といった道具はありますか? 私は何かしらのナイフを一本持っていくようにしています。人類は道具を使うことで発展を遂げてきました。古代の石器に端を発するナイフは、切る、割る、削る、刺す、といった人の指先では不可能な作業を可能にしてくれる便利な道具です。刃物はとても危険な道具でもありますが、正しく使えば、わたしたちの体一つでできる仕事を増やしてくれます。今回はそんな実用的な野遊びの道具としてのナイフの選び方を、刃物に働く物理の観点からご紹介します。どんなナイフでもかまいません(なければ包丁でも!)、手持ちのナイフを1本用意してそれを観察しながら読み進んでもらえば、ナイフに宿る使いやすさを生む工夫に気づくはずです。
ナイフとは鋭いエッジをもつ1枚刃の刃物の総称です。切断する対象や、そのナイフが生まれた国や文化ごとに多様に発展しています。数えきれないバリエーションのなかから最初の一本を選ぶには、まず自分の野遊びにではどんな使い方をするか想像してみましょう。釣った魚をさばく、野の素材で工作をする、薪をつくる、食材を調理する……。「切る」という目的は共通しますが、切る対象によってベストな大きさや形、重さが変わってきます。自分がどんな作業にナイフを使うのかしっかりイメージできていると、自ずと選ぶべきナイフが絞り込まれてきます。
ナイフには対象を切るブレードと握るためのハンドルがあり、ブレードは用途に応じて厚みや長さが異なります。ブレードの先端のポイントの鋭さや、対象を切り開くエッジの角度も用途によって変わります。野外で使う上でとくに意識したいのがポイントの形状とエッジのカーブ部とストレート部の長さです。
ポイントは錐のように物に穴を穿ったり、小さい穴を切り広げるのに活躍します。カーブは対象に当てて滑らせることで効率良く切り開いたり、削ったりすることができます。ストレート部は強い力をかけて物を削り出したり、薪を割るような作業で活きます。
ブレードの厚み、ポイントの形状、カーブ部とストレートの長さは設計思想によって変わってきます。強度が必要な作業に使うナイフはブレードが厚くなり、強さより切れ味を求める場合はブレードが薄くなります。魚や肉を切るナイフはカーブ部が長く取れるように反り上がった形になり、削る作業をメインにするナイフはある程度ストレート部が長いほうが使いやすくなります。
ナイフはよく切れるかどうかでその性能を評価されますが、そもそも「物を切る」とはどういう現象でしょうか? 固形物は組織の結びつきによって形を保っていますが、研ぎ上げたナイフのエッジを固形物に押し当てると、対象の組織の間にナイフのエッジが潜り込んでいきます。このとき、エッジが広角(刃先の幅が太い)だと押し当てる力が分散してしまうため強い抵抗を感じます。反対に、ナイフを研ぎあげてエッジが狭角(鋭角。刃先の幅が細い)になっていたら、対象に極細の線状に力が加わるため、軽い力で潜り込んでいきます。
この潜り込んでいく際に、エッジの角度とブレードの厚みも切れ味に影響を及ぼします。ブレードが薄いナイフはエッジの断面の角度が小さいため、抵抗なくスムーズに切れ進んでいきます。その反対にブレードが厚いナイフではエッジ断面の角度が大きくなります。この場合、ブレードを対象物の組織が左右から押さえつける力が働くため切りにくくなります。
切れ味についてはほかにもいくつかの要素が関係しますが、大まかにはエッジの鋭さと角度、ブレードの厚みが切れ味を左右すると考えれば良いでしょう。
ナイフに求められる機能は、切る、削る、割る、穿つ の4つです。
「切る」はナイフの基本機能です。基本的には包丁やカッターナイフのように薄い刃ほど優れた切れ味が出ます。使い方には、エッジのストレート部で押し切る、エッジのカーブ部で引き切る、の2つがあります。私たちが毎日使う包丁は食材の切断に特化したナイフといえます。
削る機能は、木を削って何かを作る場合によく用いられます。これは切る機能の延長にあり、薄い刃ほど小さい力で作業できますが、反面、刃が食い込みやすくなって力加減や角度のコントロールが繊細になります。基本的にエッジのストレート部を使って作業します。
割る機能は、バトニングなど木や枝を裂くときに使います。これもストレート部を使いますが、刃が機能するのは最初の食い込みだけ。その後はブレードの厚みを利用して裂いていきます。
穿つ(刺す)機能を担うのはポイント。先端で木の細工をするときなどに使います。狩猟などでは、獲物を刺しとめる際にポイントを活用しますが、狩猟以外では深く突き刺すシチュエーションはほとんどありません。
皆さんは野遊びに出かけた時に、これらのどんな機能を必要としていますか?
以下のポイントから優先順位をつけて整理してみましょう。
・切る:エッジのストレート部で押し切る、カーブ部で引き切る(調理)
・削る:ストレート部で削る(ウッドクラフト全般)
・割る:ストレート部のエッジを食い込ませ、厚みを利用して裂く(バトニングなど)
・穿つ:ポイントで削る(木の細工など)
刃物は大別して片刃と両刃があります。片刃(写真上)はその名のとおり、エッジがブレードの片側に寄っています。両刃(写真下)はブレードの中心にエッジがくる構造です。片刃の代表選手は出刃包丁や切り出し小刀。対象物を削ぎ切る性能に優れ、力を加えると対象物に自然に切れ込んでいきます。しかし、切れ味こそ鋭いものの刃先が左右対称ではないため、削るような使用法以外には不向きです。
この点で刃に偏りのない両刃は対象物を両断する性能に優れ、また力の加え方によっては削るような使い方もできます。野外でのさまざまな作業をこなすナイフとしては両刃のほうが万能選手といえるでしょう。
基本的にナイフはブレードの厚みがないほうが切れ味に優れる、と書きましたが、世のナイフは薄いものばかりではありません。それはブレードが薄いと不都合があるシーンもあるからです。
薄いナイフは断面が鋭角な楔状になるので対象物に小さな力で食い込んでいきます。その反面、エッジを支える材が薄いためエッジが鈍りやすく、木材のような硬い素材では刃のほうが負けてすぐに切れなくなってしまいます。そこで、硬いものを切るナイフではある程度の厚みを持たせます。反対に、硬い物を切るための厚いナイフで食材を切ると、エッジが組織を切る前に割り開く力が働いて食材が崩れてしまいます。
ブレード長が10cm前後のナイフの場合、食材などの柔らかい素材をメインに切るなら刃厚が2mm前後のもの、野外でのあらゆる雑作業には2.5mm前後のもの、強い力が加わる作業には3mm以上の厚みが選ぶ際の基本となります。
刃の厚みに加えて、ナイフの特性を左右するのが刃の付け方=グラインドです。グラインドにはいくつかの種類がありますが、一般的な野外活動ではフラットグラインド、スカンジグラインド、コンベックスグラインドの3つを覚えれば十分です。
フラットグラインドは、ブレードの背の部分からエッジに向けてV字になるように削っているもので、刃が狭角になるので切る用途に最適です(写真で左)。
スカンジグラインドはブレードの背から半分から2/3ほどを残し、その先でV字になるように削ったもので、フラットグラインドよりV字の角度が広角になるため、切れ味はほどほどに強度があります(写真 真ん中)。
コンベックスグラインド(別名はまぐり刃)は、二枚貝のようにブレードの途中からなだらかなふくらみをもちつつエッジに削り込む形状。刃が広角になり対象物との接触面積な少ないため、切れ味より削る、割るといった機能に特化しています。西洋斧などに多く見られる形状です(写真で右)。
ブレードの厚みが同じでも、グラインドの形状が異なればナイフはまったく違った性格をもちます。厚みだけでなくグラインドにも注目しましょう。
野遊びのナイフというとサバイバルナイフなどの大きなナイフを想像するかもしれませんが、野山に出かける程度ではそこまで大きなナイフは必要ありません。大きなナイフは重量も重くなるため、自重を利用して叩きつける、薙ぎ払うといった用途では重宝しますが、刃渡りも大きく、コントロール性も落ちるため、怪我や事故の危険性も上がります。また、背負って運んでいる間はその重さも気になります。大きいナイフは最初の1本ではなく2本目以降と考えましょう。
それでは、野外でもっとも汎用性の高いナイフの大きさはどのようなものでしょうか。手指のように自在に扱える大きさとして、私は「ハンドルを握ってブレードの背に人差し指を置いたときに、指先の延長線上にポイントが来るサイズ」をおすすめしています。一般的にはブレードの長さが7cm~10cmのナイフになりますが、これは使用者の手の大きさによっても変わります。
刃物の扱いに慣れないうちに大きなナイフを使うと怪我につながりかねません。最初の一本は、少し小さいかな、と思える大きさを選びましょう。
・最初の1本は指先の延長で使える長さがおすすめ
・便利さより、安全性を重視。小さめのナイフを選ぼう
ナイフにはハンドルまで鋼材の芯が入っていてそのまま鞘にしまうシースナイフと、ブレードとハンドルを回転軸で繋ぎ、折りたたんで収納できるフォールディングナイフがあります。
その構造上、フォールディングナイフはシースナイフに比べてブレードの保持部が弱いのでこじるような作業には不向きです。
またナイフ鋼材のハンドル側の芯をタングと呼び、ハンドルの末端まで伸びた芯をハンドル材で挟み込む構造をフルタング、細く削った芯をハンドルに埋め込む構造をナロータングと呼びます。タングの面積の大きいもの=フルタングほど強度が高いので、力をかける作業にはフルタングが向いています。
ここまでの説明で登場したナイフでも、価格には数千円~数万円の幅があります。その差を生んでいるのはブレードに使われる鋼材の種類です。ナイフは美術的価値を除けば、その価格は主に刃の鋼材価格に比例しています。鋼材は、世界中のマテリアルメーカーが独自の合金鋼材を開発しています。、それらの名称と特徴を最初から理解することは困難ですので、まずは大きく3種類のグループを覚えましょう。
ひとつは炭素鋼。日本の刃物にもよく使われる炭素を多く含んだ鉄鋼材で、切れ味を出しやしい半面、錆びやすいという欠点があります。もうひとつはステンレス鋼。これも鉄鋼材ですが、クロムを多く含み錆びにくいのが特徴です。切れ味の面では炭素鋼に劣ることもあります。3つめの粉末冶金(ふんまつやきん)鋼材は粉状の金属を熱と圧力で固めたもので、切れ味と硬度が非常に高い、高級鋼材です。ただし硬さゆえに粘りがなく研ぎづらい鋼材です。
私が最初の一本におすすめするのはステンレス鋼材、次点で炭素鋼材です(海で魚を捌く、といった用途がなければ炭素鋼は扱いやすく優秀な鋼材です)。粉末冶金は優れた鋼材ですが、硬さゆえに扱いづらい面があり、また高価でもあるので最初は避けた方が無難です。
・初めはステンレス鋼か炭素鋼を選ぼう
趣味の道具は使ってみて初めて、自分の用途がわかることも多いものです。また、扱いに慣れないうちは間違った使い方で道具を傷めることもよくあります。最初のナイフはあまりひとつの機能に特化させず、コストもかけ過ぎないことをおすすめします。
例えばキャンプでの調理が目的の大半、という人には、刃厚が2mm以下でフラットグラインドのフォールディングナイフがぴったりです(ただし薪を割るなどの用途には不向きです)。
薪や枝を割りたい場合は、刃厚2.5mm~3mmほどのコンベックスグラインドかスカンジグラインドのナイフがおすすめです。食材を切るときに硬めの野菜などは断面が割れてしまうこともありますが、まるで調理に使用できないわけではありません。
写真はフォールディングナイフのオピネルのNo.8(下)とモーラナイフのコンパニオン(上)。どちらも2000円程度で入手できる汎用ナイフの定番です。使われている鋼材は少し柔らかめですが、研ぎ直しもしやすいので研ぎの技術を身につけるにはぴったりです。
もちろん、最初に手に取るのはこの2本でなくても大丈夫。良い刃物は世にたくさん出回っています。ご自身の目で選ぶ際は今回紹介したナイフにまつわる10の要素をぜひ意識してみてください。
※日本ではナイフの運搬について銃刀法で厳しく規制されています。刃渡り6cmを超えるナイフの携帯は銃刀法で規制されていますが、それ以下のナイフも用途外での運搬、携帯はご法度です。持ち出す際は容易に取り出せない形で収納し、必要外の運搬はやめましょう。
実践したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
野外活動に欠かせないナイフですが、現代では商品群が大きくなりすぎて選びづらくもなっています。しかし「物を切る」という目的は揺るぎません。今回ご紹介した刃物にまつわる物理の条件を意識して選べば、入門にぴったりの1本を見つけ出せるはずです。そして、最初に手にした1本は刃物の世界を渉猟する基準となります。それを使い込むうちに、自分の体と使い方に合った一生物のナイフを指し示してくれるでしょう。