書店の図鑑コーナーを訪れてみるとそこにはさまざまな図鑑が並びます。鳥や昆虫などの狭いジャンルに限っても、図解の多い大判のものから、胸ポケットに収まるハンディなもの、難解な専門用語が並ぶものまで多種多様です。図鑑の制作に携わるわたしたちは、便宜上生き物図鑑を以下の5つに分けています。
①専門図鑑:掲載されている種類の網羅性が高く内容も詳細。研究者や上級者向けのもの。
②実用図鑑:検索性などが高く、一般愛好家が「便利に使う」ために作られたもの。
③子ども向け学習図鑑:その生きもの全体がよくわかるように配慮され、種類の網羅性が高いもの。子ども向けとはいっても、大人も充分楽しめる。
④ビジュアル図鑑:種類の網羅性、検索性ではなく、生き物のビジュアルの美しさを優先して、見て楽しむもの。翻訳物なども多い。
⑤おもしろ図鑑:生き物の生態や行動などに注目して、イラストや写真でおもしろく紹介したもので、種類ごとに紹介しているので図鑑を名乗っているもの。
この記事では生き物の名前や生態を調べやすい②の実用図鑑を中心にお話しを進めます。
はて、図鑑は生き物を種類別に紹介する本ですが、そもそも生き物はどれぐらいの種数がいるのでしょうか? 例えば、日本で野鳥は500種類以上、植物は8000種類以上と言われ、昆虫ではなんと3万2000種(!)が知られています(実際は10万種類とも……)。つまり、図鑑で1ページ1種類を掲載すると植物では8000ページということになり、昆虫に至っては1冊800ページでも全40巻になってしまいます。
このように、生き物は種数が多いので実用図鑑は「よく見られる種類」を選択しています。そして、「使って便利」な実用図鑑はそれぞれのコンセプトによって、掲載する種類や構成が考えられているわけです。昆虫ではなくチョウに限定したものとか、山の花とか北海道の野鳥など、地域や環境、季節分けのものもあります。これらは、「種類多すぎ問題」を少しでも解消するための工夫なのです。
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それでは図鑑を開いてみましょう。基本は種類ごとに写真やイラストがあって、それぞれの解説が載っています。まずは名前に注目してみましょう。
「コナラ」
その生き物の日本語の名前「和名」です。生き物の種名はカタカナで表記されます。そして、和名の近くには以下のように「学名」という学術的な名前が掲載されています。
「Quercus serrata」
アルファベットで書かれていますが、英語ではなくラテン語です。あえてカナカナで読むと、クェルカス・セラータとなります。これは世界共通のもので、Quercusという「属名」とserrataという「種小名」の2つの組み合わせでコナラという「種」を表しています。これは「二名法」と呼ばれていて、すべての生物にこの学名が付けられています。この「属」とは仲間の単位で、Quercusはコナラ属を指します(ちなみにラテン語で「立派な木」という意味だそうです)。
図鑑によっては、和名の近くにこの属名とともに「科名」や「目名」など、仲間を表す名前が表示されていることもあります。
「ブナ目ブナ科コナラ属」
コナラは、ブナ目という仲間で、そこにブナ科のほかにクルミ科やシラカバなどが属するカバノキ科などが入っています。ブナ科はブナをはじめ、クリやシイノキやコナラをはじめとした樹木が属しています。コナラ属はまさにドングリの木で、世界では600種ほどが知られており、日本ではコナラのほか、クヌギやミズナラなど15種ほどが属しています。
このように生き物は似たもの同士を塊とした階層構造になっています。このようなことを生物の「分類階級」といいます。ちなみに目の上には綱や界といった大きな分類や亜種や品種といった「種」より細かい分類もあります。 多くの図鑑はこの分類に沿ったページ順になっています。
それでは本文の解説を見てみましょう。図鑑によっては、大きさや分布などのデータ表示だけで、文章がないものがありますが、それぞれコンセプトに合わせ、形態や似た種類との識別ポイント、分布や生息環境、名前の由来などが書かれているはずです。
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POINT
本文には「対生」とか「留鳥」とか、ちょっと難しい専門用語も出てきます。日本語として意味を想像できるものも多いのですが、必ず図鑑の最初の方のページにある「本書の使い方」や「用語解説」を読んでおきましょう。なかには魚の縞模様を示す「縦帯」「横帯」のように、普通の感覚と逆の場合もあって要注意です。また、そのようなページは、用語解説だけでなく、その生き物の基本的な形態や生態などが説明されている図鑑も多いのでとても勉強になります。
生き物の名前を突きとめてそれと認めることを「同定」と言いますが、まったくの初心者が生き物を前にしたとき、図鑑があれば名前がわかるのでしょうか? 種数が少ない分類群で、いい感じの初心者向けの図鑑を持っていて、その生き物がたまたま一般的な種類で、かつ特徴的なものであれば……わかる可能性があります。そうでなければ、なかなかわからないのが現実です。どのページを見ても、どれも似ている、どこがちがうかわからない……という状態になるでしょう。
特に植物はひとつの種の中でも個体変異がとても大きく、一本の木でも葉っぱの形がさまざまで、図鑑の写真通りとはいきません。しかも、「植物図鑑」を称していても、実際は「花」図鑑のことも多く、葉だけではよくわからない写真しか掲載されていないこともあります。また、昆虫や野鳥、魚などでは、雌雄や成長段階、あるいは季節によって色や形が変わるものも多く、本当に混乱します。そして、図鑑にはそれらすべての写真が載っているわけではありません。つまり、図鑑にも限界があるのです。
そこで初心者におすすめしたい図鑑の使い方が、すでに名前がわかっているものを図鑑で調べることから始める方法です。例えば樹木であれば街路樹や公園の樹木で名札がかかっているもの。あるいはテレビやネットで見た鳥を図鑑で調べるのです。こうすることで、まずは実物と図鑑の写真を見比べ、解説文の読み合わせをして、図鑑に親しむことから始めるわけです。そして、必ずとなりの種類も見て、「こういう似た種類がいるんだ。識別ポイントはここなんだ……」と認識し、「予習」しておくことがとても大切です。
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公園の名札から名前を覚えていくなんてできない! 今、名前を知りたい! そんなときはどうすればよいのでしょうか。すっかり落葉した林で拾った落ち葉を例に考えてみましょう。まずは葉の全体の形、縁のギザギザ、葉柄と呼ばれる軸の長さなどを意識してみましょう。落ち葉1枚からの同定は難しいのですが、同じ木から落ちたと思われる複数の葉を見比べると典型的な形がイメージできるはずです。葉っぱを見つけたときにその周りも観察することをおすすめします。ドングリなどが落ちていると、それらの情報も同定を手助けします。
その図鑑に「検索」(後述)の仕組みがなければ、図鑑の全ページをめくって似ているものを探します。それを「絵合わせ」で「総ページめくり」するといっています。これはもうしょうがないのです。頑張ってめくってください(笑)。似ている写真を見つけたら、解説を読んで、前後のページを見つつ種類を絞ります。
検索の仕組みは、条件をひとつひとつふるいにかけて種類を絞り込んでいき、最後は1種類にたどり着くものです。基本的に上級者向けの専門図鑑には、この「検索表」があり、全種類の識別が可能になっています。写真②は『神奈川県植物誌2018』(神奈川県植物誌調査会)のコナラ属の検索表。葉柄の長さや縁にある鋸歯、毛の有無などによって近縁な種類と見分けるためのポイントがまとめられています。
ただ、識別に使うポイントは種類によってさまざまです。植物では花のこともあり、花期以外は使えなかったり、昆虫では顕微鏡観察が必要なレベルであったりして、初心者には扱いづらい場合があります。基本的に上級者向けの検索表は「標本」での識別を前提にしているものが多いように感じます。
一方、初心者向けの図鑑では、1種類に絞り込むような検索は少なく、ざっくり10種類程度に絞るものや、「白バック写真」で一覧性を高めて、似たものを早く探せるような工夫がされている図鑑があります。そもそも、初心者向けの図鑑は、著者が「よく見られる」種類をていねいに選んでいるので、種数も少なめなので、全ページ見るのも多少は楽になっています。
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スマートフォンやデジカメのおかで、最近は現場で写真を撮ってから、家で調べることが増えました。植物や昆虫だと近くにあるので、とりあえずピントの合った「いい写真」が撮れます。でも、そのいい写真が図鑑で名前を調べるのに適した写真ではないこともよくあります。例えばこの赤トンボの写真。昆虫に詳しい人が見たら何の種類か一目瞭然だと思いますが、昆虫初心者のわたしにはよくわかりません。
まずは初心者向けの図鑑を開いてみます。『くらべてわかる昆虫』には赤トンボは12種類も載っていました。翅がすべて透明な赤トンボを探すとナツアカネというトンボがいます。代表的な赤トンボで、わたしも名前を聞いたことがあります。
よく似たアキアカネとの分かりやすい識別ポイントの胸の黒い線のようです。さっそく自分の撮った写真と見比べると……この写真では肝心の識別のポイントがが翅に隠れてよくわかりません。つまり、写真で名前を調べるには、その類似種との識別ポイントがちゃんと写っていないとだめなのです。そもそも名前が分からないですから、事前に識別ポイント知っているというのは、無理な話ですよね? その場で図鑑をチェックすれば、そうした識別ポイントを観察したり再撮影できるかもしれません。
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POINT
図鑑と実物を現場で照らすと、近縁な種類と見分けるための重要な識別ポイントがチェックできます。写真をもとに種類を見極めるにしても、撮影時に図鑑を見ておくと後から調べやすい角度、部位を撮ることができます。
最近はスマホをかざすと生き物の名前が分かる「Googleレンズ」などのアプリもあります。いい写真が撮れれば生き物の種群によってはそれなり使えます。種をひとつに絞り込むまではいかなくても「○◯の仲間」と言った程度には絞りこめることもあります。こういったアプリは今後、どんどん精度も高くなるはずです。
試しに手持ちの生き物の写真をGoogleレンズで調べてみると、野鳥の的中率は100%でした。ところが昆虫や魚では、まるでちがう種類を提案したり、大まかな仲間レベルどまりになってしまうものも。おそらくネット上にアップされた膨大な写真と情報から判別していると思われますが、質感や光沢、体の一部を抽出するとまるでちがう種に行き着くようです。
こんなアプリを使用するときに気をつけたいのが、名前を知ってわかったつもりになってしまうこと。詳しい人に教えてもらうときも同じですが、ただ名前を知るだけでは意味がありません。現場でアプリを使って名前を調べても、合っているかどうかの確認も含めて、その場で図鑑を開きましょう。実物と見比べてその特徴を自分の頭に刻むことが大切です。
生き物はその種がポンと単体で存在することはまれです。たいていの場合、よく似た近縁な種があり、図鑑では分類上近しい種が近いページで紹介されています。今、目にしている生き物が近縁な種とどうちがうのか、どのような関係なのかをその場で知れるのは、図鑑ならではの長所です。
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実際のところ、図鑑に掲載されている写真は1種につき多くて数枚程度です。当然、図鑑には典型的な個体を掲載されていますが、名前が判明している実物を前にしたときに「この種類がこれかぁ……」と図鑑とのギャップを感じることがよくあります。そして、これこそ初心者が図鑑に載っているのに気づけない原因でもあります。
そのため、何らかの方法で名前がわかったら、図鑑をじっくり見つつ、実物と見比べることが大切です。そもそも図鑑では伝えきれない質感……やわらかいとか堅いとか、あるいは匂いなどといったものをありますし、印刷とはちがう微妙に色合いなどを確認することも重要です。解説も書かれていることが実物と比べてどうなのか、専門用語との対応も含めて確認します。そうやって、図鑑と実物、自分の認識のギャップを埋めていくことがとても大切です。
まずは1冊お気に入りの図鑑をつくるのをおすすめします。1冊を軸にするからこそ、学べることが多くあります。そうして、野外でも、寝る前でもその図鑑を開くのです。そうすると、「あ、これは前の方のページに載っていたな」とか、何がどこに載っているかもわかってくるはずです。そうすれば、すばやく種類を探し出せるようになります。
最初は、やはり初心者向けの図鑑を買うのがよいでしょう。野外にも持ち出すためには持ち運びができるようなハンディな図鑑や電子書籍の図鑑がおすすめです。図鑑を使って生き物を調べるのは、勉強と同じく「予習」「復習」が大切なので、予習としてはキレイな写真を眺めて楽しい図鑑とか、復習としては読んでおもしろいような解説の図鑑などもいいでしょう。
そのうえで、ある程度1冊の図鑑を使い続けたら、今度は別の図鑑を開いてみましょう。初心者から中級者になるのです。そうすると図鑑のちがいが鮮明にわかるはずです。図鑑のコンセプトや著者の考え方など、書いてあることがそれぞれちがうことに気づくはずです。最終的には、多角的にその生き物を知るためには複数図鑑を見比べることが重要なのですが、まずは1冊からはじめて徐々にステップアップしましょう。
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実践したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
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