「僕が一番活きる活動の場ってどこなんだ?」という自身への問いに、都会っ子でありながら自然環境の保全や再生のプロを目指した自分が一番説得力を持つのは、都会の自然環境の保全・再生とそれらを活かした都会の人向けの環境教育や体験学習だ!と思い立つ。現在は(株)BiotopGuildの代表として、“ビオトープ”という概念を用いながら、主に都市部の自然環境にまつわる仕事に従事。自然に興味がない人にも日常の中で楽しみながら自然や生きものに目を向けてもらえる仕掛けづくりをモットーとしている。
私たち人間は、意識しているものも意識していないものも含めて、とても多くの自然の恵みを受けて暮らしています。そのうちのひとつに“香り”のもつ力があります。
香りは食べ物や飲み物を多彩にいろどり、ときには精神を落ち着かせたり、元気づけたりもします。香りを形づくる成分の中には、気分への作用だけではなく実際に身体に作用するものもたくさんあります。私たちの日常は、自分で意識しているのよりもずっと多くの場面で香りの力に支えられています。
今回はそんな香りの力を自然界から抽出する方法をご紹介します。その名も「水蒸気蒸留法」。専用器具があればより効率良くエッセンスを抽出できますが、家庭にある調理器具でも手軽に香りのエッセンスを集めることができます。それぞれの方法について原理から解説します。
【蒸留器を使用する場合】
蒸留器
1機
蒸留器に合った熱源
1機
出汁用やお茶用の不織布パック
必要量
小型のビーカー
1個
【身近なキッチン用品を転用する場合】
火にかけられる鍋やボウル
1個
鍋・ボウルの直径に合った皿、蓋など
1枚
ココット等重めの容器
1枚
【共通の準備物】
芳香成分を持つ植物
必要量
水またはお湯
必要量
氷または保冷剤
必要量
鍋つかみ
1双
ハサミ
1個
密閉した容器のなかで芳香成分を有する原料を蒸気で熱すると、芳香成分が容器内へ放たれます。この芳香成分を含んだ蒸気を冷やして再度液体に戻すと、芳香成分の濃度が高い液体を抽出できます。これが水蒸気蒸留法です(この芳香成分が含まれた蒸留水を芳香蒸留水と呼びます)。
アロマの世界でよく利用される精油(エッセンシャルオイル)の多くは、この芳香蒸留水からごく少量採取できるもの。家庭で水蒸気蒸留を行なう場合は、機材や材料の量が少ないことから精油のみを抽出するのは大変困難です。個人で楽しむ水蒸気蒸留法では、芳香成分を含む蒸留水の抽出がメインとなると考えていただけるとよいでしょう。
写真1はアランビックと呼ばれる銅製の蒸留器です。構造的には、ウィスキーの蒸留に用いるポットスチル型単式蒸留器と同じものです。銅製以外ではガラス製のものもあり、熱源についてもアルコールランプやガスコンロ、IHヒーターに載せられるものなどさまざまなタイプがありますが、基本の構造は共通します。
そして、写真2はアランビックから派生して日本で独自に作られ使用された蘭引(らんびき)という蒸留器です。語感からピン!ときた方もいらっしゃるかもしれませんが、“アランビック”が訛って“らんびき”になったと言われています。
STEP2~4にかけては、蒸留器を使ったエッセンスの抽出法を紹介しますが、家庭にあるものでアロマエッセンスを抽出したいという方もぜひお付き合いください。自分で蒸留器を組むときのヒントが含まれています。
市販されている蒸留器にも色々な商品があります。抽出量や熱源、サイズやデザインなど、自分の用途や目的、生活スタイルに合った蒸留器を選ぶことが大切です。
材料を軽く洗い、ある程度細かく細断して不織布のパック(出汁パックやお茶パックなど)にしっかりと詰めてアランビックに仕込みます。手でちぎってもいいですし、ハサミで切ってもいいです。写真は一年中手に入る材料でもある常緑針葉樹。スギやヒノキはもちろん、針葉樹は庭木に使われる樹種でも爽やかな芳香を楽しめる種が多いのでお薦めです。
樹木であれば葉っぱと枝や幹で、草であれば葉っぱと茎で香りが違う場合もありますので、それぞれ別にしたり、混ぜてみたり、色々と試してみるのも面白いでしょう。
蒸留器に詰めるときになるべくたくさん、ぎゅうぎゅうに詰めるとより濃く芳香成分を抽出できる可能性が高いです。その代わり、使える水やお湯の量は減りますので、抽出量は減ります。このあたりも色々と試してみて、好みの香りの強さや抽出量を探ってみるといいでしょう。
材料の採取に際しては採取地のルールに従い、マナー、節度を守りましょう。採取禁止の場所や立ち入り禁止の場所等での採取はもってのほかです。
原材料の植物と水か湯を入れた蒸留釜を熱すると、植物の芳香成分を含んだ蒸気が上部の管(曲部をスワンネック、その先をラインアームと呼びます)を通って冷却器に向かいます。冷却器には水や氷が入っています。冷却器のなかで管ごしに冷やされた蒸気は、管の内側に結露して液体に戻り、ポタポタと流れ出てきます。これこそが芳香蒸留水です。
蒸気の熱で冷却器中の水が熱くなると、蒸気が結露せずにそのまま放出されてしまいます。冷却器はこまめに水温をチェックして、温度が上がる前に注水しましょう!
ここまで見てきた通り、水蒸気蒸留法は
①素材をお湯で煮出したり蒸気に当てて芳香成分を出す
②芳香成分が溶け込んだ蒸気を冷やして結露させる
という原理的にはいたってシンプルなもの。
蓋つきの鍋で植物ごとお湯を沸かし、蓋の裏についた水滴(芳香蒸留水)の香りを楽しむのが最も手軽な方法です。しかし、せっかくなので今回は工作なしである程度の芳香蒸留水を抽出する方法にチャレンジしてみたいと思います。今回はどのご家庭にもありそうなもの、もしくは百円均一のお店やホームセンターなどで比較的安価に揃えられる道具で簡易蒸留器を組んでみます。
蒸留器を構成する準備物はステンレスボウル、陶器のココットや金属製の固形燃料入れのような小さくてある程度重さもある容器、そしてなるべく丸みを帯びたステンレス製のお皿です。これらを組みあわせて、簡易的な蒸留器にしてみましょう。
まずは素材を細かく切ります。手でちぎってもいいですし、ハサミなどの刃物で切っても構いません。固い植物や部位、棘がある植物などもありますので、素材に応じて適切に処置しましょう。今回は食べ終わったあとに残ったミカンの果皮を使いました。
次に水洗いします。付着物を一緒に蒸留してしまうと素材の香りを邪魔してしまうかもしれません。水気は拭き取る必要もありません。この後の工程で水気に触れますし、拭き取る作業で芳香成分を減少させてしまうかもしれないからです。
洗いすぎたり長時間水につけるのはNG! 特に水溶性の芳香成分が溶け出してしまうかもしれませんので注意しましょう。
続けて、蒸留窯となるステンレスボウルに素材を詰めます。まずは真ん中に蒸留水を溜める容器(ココット)を置き、その周囲に素材となる植物を詰めていきます。なるべく偏りや隙間が空かないようギュッと押し込みます。このとき、真ん中に置いた容器より高く積まないようにしましょう。
今回使用したボウルの大きさでミカン2個分の果皮を詰め込むことができました。素材の量が多いほうが芳香成分を多く、濃く抽出できる可能性が高まります。詰め終わったら、植物がひたひたになるくらいの水、もしくはお湯を注ぎます。
いよいよ蒸留開始です。ボウルの上にお皿を置き、その上に氷を載せます。この部分がシンプルながら冷却器の役割を果たしますので、氷を絶やさないようにしましょう。皿蓋が温かくなると蒸気が蓋裏で結露せず、周囲から噴き出してきます。火が強すぎる場合も同様です。「素材は加熱できつつ蒸気がサイドから噴き出さない程度」の火加減を心がけてください。
新しい氷を足す際は溶けた水をタオルやスポンジで吸い取ると、蓋を外さずに水を除去できます。
底部がしっかりと丸まったお皿を蓋にした場合は、中心に水滴(蒸留水)が集まりますが、平らなお皿では中心に集まらず効率よく容器に溜まりません。そのような場合は、適宜蓋を外して傾けて、底についた水滴を容器に集めてもいいかもしれません。
専用の蒸留器と比べたら非効率で、大変な思いをしたわりに少量ですが、簡易な蒸留器でも蒸留水を抽出することができました。その香りはしっかりと精油成分が溶け込んだ甘いミカンのアロマ(香気)です。
柑橘類の果皮はフロクマリン(フラノクマリン)類を含むことがあります。この成分には肌に湿疹や腫れを起こしたり、日照に当たることで皮膚にダメージを与える光毒性があります。柑橘類の果皮から圧搾法で精油を抽出するとこれが除去できないので、圧搾法で抽出した精油は皮膚への使用が禁じられています。
しかし、水蒸気蒸留法で抽出されたものはそのフロクマリンが含まれないか、含まれてもごく少量なのでハンドクリームや化粧水など皮膚への使用も可能です。
※今回素材とした温州ミカンは元々フロクマリン類が含まれない柑橘類で、他にはオレンジスウィートなども刺激性の少ない柑橘類として知られています。
柑橘類を素材に使った場合は、ボウル(蒸留窯)に余った煮汁も活用法があります。それはキッチンのシンクや換気扇などの水垢や油汚れのひどい場所のお掃除です。
柑橘類の果皮にはリモネンという成分が含まれており、これには水垢や油汚れを落とす効果があります。リモネンは沸点が高いので、水蒸気蒸留法では煮汁に残ります。この煮汁をシンクや換気扇のファンに垂らしたり、スプレーボトルに入れて吹きかけた後に拭きとると、とても綺麗になるのです(リモネンも皮膚への刺激性があるので、使用の際は手袋をしましょう)。
実践したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
このHow Toを参考に無事水蒸気蒸留法で植物の香りを抽出できたでしょうか? 身のまわりにはさまざまな香りを持った植物がたくさんいます。その香りは自らの意思で即座に動くことができない植物が、進化の過程で手にした、生きていくための力です。虫に食べられないように、病気に感染しないように、腐朽しにくいように……。植物はさまざまな成分を分泌し、そのうちのいくつかが芳香成分として人間に利用されています。
香りは植物たちの生きる力そのものです。抽出した香りで生活に彩りを添える際、そんなことにも想いを馳せると香りをより深く楽しめるかもしれません。