東京都生まれ。日本野生生物研究所代表。アウトドア雑誌やテレビを中心にして生き物や自然との遊び方を紹介する。メインのフィールドのひとつである栃木県茂木市の「ハローウッズ」では生き物を呼ぶ里山を再生するほか、定期的に観察会の講師も務めている。著書に『虫と遊ぶ12か月』、『自然であそぶ』、『作って遊ぶ!工作KIDS』など。
野生動物の市街への進出がニュースになる昨今。数十年前と比べると、都市近郊の身近な野山にも大型の哺乳類が姿を見せるようになりました。しかし、ぼんやり風景を見ているだけではその存在に気づけません。人の目を避ける野生動物の気配を感じ取るにはちょっとしたコツと注意力が必要なのです。人間界に顔を出した哺乳類たちは、さまざまな痕跡を残します。その痕跡を「フィールドサイン」と呼びます。哺乳類が残したフィールドサインを読み解いて、それを残した主を探し当ててみましょう。
動物の存在に気づく機会のうち、いちばん多いのが足跡を見つけるケース。雨上がりの柔らかい地面や水辺の土には、そこを通った生き物の足型が刻まれます。生き物はそれぞれに足型や歩き方に違いがあり、残された指の数や爪の跡、歩幅や足跡の並び方で持ち主を推測することができます。
哺乳類は前脚で踏んだ場所に後脚を置くことも多いので、いくつかの足跡が重なって形が判別しづらいこともあります。そんなときは足跡をたどってみるときれいに形が残ったものを見つけられるかもしれません。
道路の横に浅い水路や水溜りがある場所では、濡れた足跡を見ることも。土の上に残る足跡ほど明瞭ではありませんが、歩行パターンからつけた主を推測することができます。
まず覚えたい足跡がイヌとネコの2種類。身近な自然のなかでもっとも遭遇率が高い足跡です。この2種でなければそれは野生動物の足跡です。図鑑を頼りにして絞り込んでいきましょう。手引きとしておすすめなのが『哺乳類のフィールドサイン観察ガイド 増補改訂版』(文一総合出版/熊谷さとし著・安田 守 写真)。足跡や歩き方、食痕などを網羅しているので、足跡と照らしながら残した主を推定できます。
雪が降った翌日はフィールドサインを探すボーナスタイム。通常、硬い岩や落ち葉の上には足跡が残りませんが、そこを雪が覆えば野山一面が足型を残す装置に変わります。積雪量や気温にもよりますが、重たい雪が薄く積もった直後は明瞭な足跡が残っていることが多いようです。
運が良ければ、小動物の足跡を肉食の哺乳類(キツネなど)がつけている様子や、尿をした跡などを見られることも。動物の気分になって雪の上に残った足跡をたどるのはとても楽しい遊びです。
足跡の次に出会いやすいフィールドサインが糞です(本当は食痕も目入っているはずですが、糞ほど判りやすくないため入門者は見ても気づけません)。糞も動物ごとに形や大きさ、内容物が異なるのでそれらが落とし主を判定するヒントになります。
たまごボーロのような丸い粒状の糞がまとまって落ちていたらシカ、カモシカ、ノウサギの可能性大。ノウサギの糞は丸みが強い饅頭型で、食べた繊維が残っているパータンが多め。シカの糞はノウサギに似るものの俵型で若干大きめです。カモシカの糞はシカの糞に似ていますが、止まって排泄をするので(シカは歩きながらもする)、数十~数百粒がまとまっています。
小型・中型の哺乳類は種類も多く、糞の状態もさまざまなので見極めはちょっと難しめです。そのなかでもわかりやすいのが一ヶ所に糞をまとめる習性があるタヌキ。これはタヌキの溜め糞と呼ばれ、カキやイチョウの種子などが多く残っているのが特徴です。
木登りする哺乳類がいる地域では、木に爪痕があることも。ある程度標高のある森でよく目にするのが、ツキノワグマが木登りしたときの爪痕。ツキノワグマはヤマブドウやサルナシの果実を食べるためによく木に登りますが、そのときは蔓ではなく蔓の近くの木に登るので、その木肌に5本の爪痕が残ります。樹皮が平滑な木はとくに爪痕が残りやすく、数年前の爪痕がずっと残ることも。シカにはツノを木肌に擦り付けて樹皮を剥ぐ習性があり、この跡がよくクマの仕業だと誤認されますが、シカのつける跡は5本ワンセットになっておらず、高い場所に続いてもいきません。
哺乳類には山奥より人の生活圏の辺縁を好むものもいます。森の近くの古い神社に出かける機会があったら、境内の樹木をぐるりと見て回りましょう。そのなかに樹皮がささくれたスギや、爪痕のようなものがついた木があれば、その神社にはムササビが住んでいるかもしれません。ムササビは高い場所から滑空して隣の木に飛び移るので、よく使う木には爪痕が残ります。
哺乳類の最大の仕事が日々の食事。食事した場所には何らかのフィールドサインが残ります。哺乳類の種類ごとに食べるものや食痕の形状が異なるので、残されたものによって落とし主を推察できます。
クルミやどんぐりのような堅果類はネズミやリスの大好物。外側の殻を破って種子の中身を食べますが、ネズミとリスでは中身へのアプローチが異なります。クルミの殻に円形の穴をあけて中身をほじくるように食べていたら、その犯人はアカネズミですが、同じクルミの食痕でも、継ぎ目から半分にパカっと割れているものはリスの食跡です。クルミは沢沿いや河川敷によく生えているので、クルミの木を見つけたら樹下を見てみましょう。殻にあいた穴からそこにいる哺乳類を知ることができます。
関東以南の里山ではイノシシが地面を掘り返した跡を見る機会も増えました。イノシシは強い鼻で土を掘り起こし、土中の根塊や小動物を食べます。田畑の近くの土手や路肩に積もった落ち葉の下は食物が多いようで、新鮮な掘り跡がよく見られます。そんな跡を見つけたら、夜に車に乗って見に行ってみましょう。運が良ければ数頭の群れに出会えるでしょう(徒歩で見に行くのは厳禁です。イノシシはときに人に襲いかかることもあります)。
動物たちがよく通る場所は草が踏まれて獣道になります。獣道は1種の哺乳類が使っていることは稀で、タヌキやキツネ、ノネコなどが同じ獣道を共用している場合がほとんどです。シカやクマなど、大型の哺乳類が使う獣道には登山道とまちがえるほど立派なものもあります。
市街の近くで探すなら、雑木林のなかを通る道路が狙い目です。林の縁を舐めるようにみて回ると、必ず1、2本は獣道が道路を横切る場所があるはずです。頻繁に使われる獣道は草が剥げて土が剥き出しになっていたり、動物の足について泥が道路に線状に残っていたりします。
フェンスや板塀の切れ目も動物がよく利用します。雑木林を囲うフェンスの切れ目や塀を潜れる場所では、動物が通った痕跡が見つかります。
なんらかの動物が来ているけれど、その正体を確かめられない……。そんなときに活躍するのが動くものや熱を感知して自動で撮影するトレイルカメラです。獣道を見下ろす小広い場所や水場の周辺の木にトレイルカメラを設置すると、そこを通りがかった動物を記録できます。カメラの価格は数千円から数万円ですが、低価格なものはすぐに壊れてしまうので、入手するなら最初から名の通った専門メーカーのものを買うのが結局は安あがりです。
トレイルカメラを使って撮影する際、注意したいのが土地の権利とプライバシーです。カメラを設置する際は必ず地権者に断りを入れ、個人宅が映り込むような場所や疑念を抱かれそうな場所での使用は避けましょう。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
2000年ごろまでは大型の野生哺乳類と出会うのは特別な体験でした。それほど数が少なかったのです。ところが今や東京の郊外でもイノシシやシカが見られるようになりました。東京以外の地域でも、住宅地のすぐ近くまで大型の哺乳類がやってきています。ノウサギやムササビのように以前よりも数を減らした哺乳類もいますが、総じてこの10年ほどは全国的に哺乳類を観察しやすくなったといえるでしょう。フィールドサインの読解はそんな生き物たちの息づかいを感じ取る聞き耳ずきんのような技術です。野山を歩くとき、これまでよりもちょっと念入りに観察したら、あなたの身近な場所にも思いもよらない哺乳類が遊びに来ていることに気づくはずです。