狩猟採集、野外活動、自然科学を主なテーマに執筆・編集するフリーランスのエディター、ライター。川遊びチーム「雑魚党」の一員として、水辺での遊び方のワークショップも展開。著書に『海遊び入門』(小学館・共著)ほか。twitterアカウントは@y_fomalhaut。
一般の遊漁者に許される漁法のなかでも、とくに効率が高いのが投網。使える状況は限定されるものの、地形や水位とマッチすれば、ほんの数投でその日のタンパク源を調達できます。一度身につければ、その技術は一生もの。きれいな川や海の近くに住んでいるなら、ぜひ覚えておきたい生活技術です。
投網とは、世界中で使われる原始的な漁具で、末端に錘(おもり)のついた円形の網を被せることで魚を漁獲します。日本各地で行われるようになったのは江戸時代で、その打ち方にはいくつかの流派があります。
いちばん一般的かつ汎用性の高い打ち方が両手と片肘の3ヶ所に錘を振り分ける「三つ手取り」という投法。習得が比較的容易で、川でも海でも実践でき、セットしたまま歩いて移動することもできます。今回はこの投法を解説します。
投網の構造を大づかみに説明すると「円錐形の網地の末端に鎖状の錘を一周つけ、頂点にロープをつけたもの」となるでしょうか。実際にはきれいな円錐形ではなく、ラッパのベル(音が出る開口部)のような末広がりの形状が主流です。
広げるときは円周にぐるりと配された錘に遠心力を働かせて展開するわけですが、魚の上にただ覆い被せるだけではありません。投網は錘の直上で網を袋状にかがっており、被せた網を引いてすぼめてくると、慌てふためいた魚がこの袋の中に収まる構造になっています。
網の目のサイズは、獲る魚を選別する役割を果たします。狙う魚よりも小さい魚は網の目をくぐって逃げていくので、小さい魚は自然に抜け出していきます。
それなら、目の細かい網で大きな投網を作れば、1枚で小魚から大魚までカバーできるのでは? と思えてしまいますが、大魚にとっては細かい目の網は布のようなもの。ヒレでひと払いしてするりと逃げ出てしまいます。また、目の細かい網は水の抵抗が大きくなるぶん、沈降の速度が緩やかでもあります。足の速い魚は網が覆い被さる前に下をくぐって逃げてしまいます。
被せたらできるだけ早く沈むこと、狙った魚は通さないが小さな魚は素通りさせること、狙った魚に網が絡むこと……。これらの理由から、投網の目の大きさ、広がり面積は対象とする魚に合ったものを用意する必要があります。
ひとくちに投網と言っても、対象魚や漁場の深さによって、大きさも網の目のサイズも変わります。イワシやワカサギを狙う網は目が細かく、全体のサイズ感もそれほど大きくありません。その反対に、コイやスズキを対象とする網は網の目も大きく、サイズ感も4~6畳ほどのものを当たり前に扱います。
網の大きさや対象魚は号数、目合い、目数、裾周り(円周)などで表されます。号数は使われている糸の太さで、数字が大きいほど強い網になります(そのぶん沈降速度は遅くなる。)目合いとは5寸(約15cm)の間にいくつ目があるかを表す単位で、この数字が小さいほど、網の目が大きくなります。目が11個ある場合は「11節」と表記します。裾周りは錘があるあたりの円周を指し、目数は裾周りの部分にいくつ目があるかを示します。目数の数字が大きいほど、大きな網になります。
入門者が網を買う際は、目合いと裾周りをチェックするとよいでしょう。網の目は魚のサイズに適合する大きさがあるので、それに合った目合いを選び、自分の体力や技術、使うフィールドの地形によって大きさ(裾周り)を決定します。
「この魚を獲りたい!」と明確な対象魚がある場合はそれに合わせた網を手に入れるのがいちばんですが、川から海まである程度カバーできる網が1枚ほしい場合は、11~12節で円周15~17mのものが使いやすいでしょう。こんな目合い・サイズ感の網なら、河川のアユから海の中型魚までが視野に入ります。価格はお店によって差がありますが、上記の条件で1万5000円~2万円が相場といえます。
投網を打てる状態に整えることを「手取り(あるいは拵え)」と呼びます。展開しきった網は直径数mの円形ですが、網の末端にある錘に均等に力をかけて放射状に射出できなくては、きれいな円形は得られません。ひとつひとつの錘に違う方向へ飛ぶ力を加えるのは容易ではありませんが、それを実現する第一歩が手取りです。手取りが済んでセットできた状態は、いわば投網の縮図。縮図の状態で崩れていては展開してもきれいな円形は得られません。できるだけ丁寧に整えましょう(私が右利きなので、右利きを前提に解説しますが、左利きの場合は左右を反転させてください)。
①まずは左手首に、手縄のリングを通します。このゴム製のリングは強い水流に引き込まれたときに自動で抜ける優れもの。入手した投網にリングが付属しない場合は、ホームセンターで自分の手首に合ったOリングを入手しましょう。
②手縄を折り返しながら掌中に束ねていきます。左右の垂らしが長すぎると投げるときに絡み、細かく折り返しすぎると握りきれなくなります。
③網の上部も折り返しながら握り込みます。大きな網では手に握れなくなるので輪にしながら握りますが、入門用なら折り返した方が網がねじれません。
④握り込むうちに網にねじれが生じるのでねじれを先(錘側)へと送っていきます。
⑤残りが2mほどになったら吊り上げてねじれを解消します。
①ねじれが取れたら錘を地面に着けた状態で軽く吊り上げ、腰骨の高さで網の本体を握り込みます。
②握るときは必ず、小指が錘側へくるように。人差し指が錘側へくると手取れなくなります。
③網を軽く吊り上げ、左腕の真下にある網を摘み、肘側に引き出して錘のダマを作り出す。引き出す錘は全量の1割ほどが基本です。
④錘を引き出したら、その錘につながる網地を左腕の肘にかけます。
⑤肘にかけた様子。より正確に表現すると、上腕二頭筋の肩側のくびれに錘へとつながる網地を収める形です。
①網の中に手を入れて、左腕から垂れる錘の高さ(重要!)で右手の掌中に網をたぐりこんでいきます。
② ①の写真ではズボッと手が網に入っていますが①は手を差し入れる高さを示したもの。実際には、左腕から垂れた錘と地面に着けた錘の垂れ始めを掌中に握り、その高さで残る網の半量を右手の掌中に握っていきます。
③網を握る際は、最初に左腕側にすべての錘をまとめておき、親指と人差し指で網をつまんで少しずつ右手側へ錘を移していくと、錘を半々に分けやすくなります。
④錘を半分ずつに分けられたら、最初に分けた分を右手の親指と人差し指で握ります。
⑤残る錘に続く網地は中指から小指までの3本で仮に握ります。仮に握る際、左腕にかけた錘の垂れ始めの部分まで一緒に握り込みます。
①中指、薬指、小指の3本で仮に握っていた網地を左手の掌中に持ち替えます。網の持ち替えが済んだら、両腕を30cmほどの幅に広げます。広げるとき、網を強く握ったままだと開けないので(網地が突っ張るため)網地を握った指を軽く開いて少しだけ送り出すとよいでしょう。
②手取りが済んだ状態。錘の配分は左腕の肘に1割、左右のそれぞれに4.5割、4.5割となるのが基本。両手から垂れる網地が同じ長さであることが重要です。
三つ手取りでも打ち手によって投げ方は少々異なります。少ないモーションで打つ人もいれば、網を大きく振り回す人もいます。全体に共通するのは、「錘を放射状に展開する力」と「錘を前方へ飛ばす力」を同時にかけていること。どんな投げ方でも、このふたつの力が錘に加わっていれば展開します。網を展開する力は体を旋回する動きで付与し、網を前方へ飛ばす力は後方から前方へ向かう振り子の動きで与えます。
手取りがしっかりできているのに網がうまく開かないときは、どちらかの力の掛け方が間違っています。展開と投出を意識して練習しましょう。
私は大きなモーションで網を打ちます。そのほうが体への負担が少なく、1日中網を打ち続けられるし、より大きな網も展開できるからです。重要なのは、手取りでセットした腕と肘の位置関係を崩さないこと。網の取り回しは必ず体幹で行って、網をリリースする瞬間まではセットを崩さないように心がけます。
投網の練習場は、丈の低い草地や芝生が理想的。草がクッションになるので網が傷みません。
①体を前傾させて錘を振り子のように前方へ振り出します。
②その勢いを使って体の横側へと錘を移動させ、続けて背面側に錘を送り込みます。
③振り子になった錘が上がりきった瞬間、体幹を旋回させて体の横側で錘を大きくスイングします。
④遠心力で外に向かう錘を強く踏ん張って引きつけ、前方へ投げ出します。
⑤錘が前方上方に向かった瞬間、両腕を差し伸べて手のひらを開放。このときにひじにかけていた錘も解放されます。
投網は魚の上に網を被せる漁法なので網に驚いた魚がダッシュして潜り抜ける前に錘が着底しなくてはいけません。そのため、特殊な場合を除き、漁場は川の浅瀬や浅い砂浜になります。水底は砂か丸い石でないと、網がひっかかって破れてしまいます。網を打つときはこれらの条件を満たす場所で行いましょう。
また、海と川は「漁業調整規則」という法令と各地の漁協のルールによって縛られてもいます。投網を打つ際は、自分が漁を行う場所や時期、網の大きさなどに制限がないか確認が必要です。
フィールドが決まったら身支度を整えます。投網は体の近くで網を振り回すため、PFD(ライフジャケット)を身につけられません。できるだけ動きやすく、落水の際には泳ぎやすい服装を心がけます。また、前身ごろや太ももまわりにボタンやファスナーのスライダーがあると網が絡むので、できるだけシンプルな服装にする必要があります。
フィールドに出たら安全確認(足元の滑りやすさや深さのチェック、流されたときにどう待避するかなど)をしたうえでいざ出漁! 投網を打ったら、少しずつ引き寄せて網をすぼめていきます。
このとき、注意したいのが岩陰に身を寄せる魚。アユは驚くと岩陰に隠れる習性があり、慌てて網を引くと岩の影に隠れたアユの上を網が素通りしてしまいます。打った瞬間はたくさんキラキラ光っていたのに、網をすぼめてみると1匹も入っていない、なんてことも。そのため、アユを獲るときは網を被せたあとに箱メガネや水中眼鏡で水中を覗きながらアユを回収していきます。岩底ではなく細かい玉砂利の川底や砂底の場合はゆっくり網を引き寄せるだけでOK。網をすぼめきると袋のなかにアユが回収されます。
捕まえた魚は、漁をしている間は通水されるビクなどに生かしておき、帰り際に〆て氷で冷やしながら持ち帰ります。小魚は自身の消化酵素で腹から分解されやすいので、しっかり冷やして持ち帰り、素早く下処理(腑の摘出や冷凍など)をするのがおいしく食べるコツです。
投網を打つときは獲物を食べることが前提になっています。ゲームフィッシングとして投網を楽しむ人はまずいないでしょう。
自分で獲った魚を食べるのは楽しいものですが、魚は暮らす水の質を如実に反映するため、口にしたときににおいを感じることがあります。このにおいが「匂い」ならよいのですがときには「臭い」であることも……。
塩焼きの写真は、今年多摩川で獲れたアユ。身からは石鹸に似た油脂っぽいにおいが感じられました。10年前、20年前に比べたらきれいになったといえ、このにおいのためか、多摩川の中流域は、ほかの清流と比べてアユを釣る人がまばらです。そんな多摩川も数十年前まで遡れば投網漁が盛んだったそうで、多摩川べりには生活の糧を目の前の川から得るサイクルがありました。
川の汚染とともにその関わりは無くなりましたが、もう少しきれいになれば再び多摩川の魚を楽しむことが当たり前になるでしょう。そうなれば流域の人々は川を汚さないように心がけるはずです。自分の体に繋がる水を進んで汚す人はいません。
自分の周囲にある自然と食によって繋がる。そのことで環境の維持に注意が向く。素朴な採集にはそんな効果もあると思います。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
日本の川に遊び、あらゆる漁法に通じた作家の野田知佑さんは「魚の採集法のうちいちばんつまらないのが投網だ」と書いています。魚を手に入れるまでに工夫や駆け引きが必要なほかの漁法と比べて、魚の気分も都合もお構いなしに力でねじ伏せる投網には趣がないというのです。確かに投網は、取り組むほどに技術は高まりますが、上手くなるほど自然への負荷が大きくなる漁法でもあります。だからこそ、投網を扱う人には節度が必要です。野田さんも投網で獲る魚は最小限にとどめていました。より多く得るために使うのではなく、その日食べるぶんを獲る生活の道具として使う。投網はそんな楽しみ方が理想的です。