TOKYO BUG BOYSの映像担当。身近な昆虫をスローモーションで撮影し、その美しさや興味深い生態を紹介。SNSを駆使して情報発信しながら、数々のメディア、テレビ番組に映像を提供。TV番組の『所さんの目がテン!』では昆虫の撮影担当として出演もしている。
デジタルカメラを使った動画撮影が一般的になり、市場に出まわるデジタルカメラの多くにスローモーション撮影の機能が搭載されるようになりました。印象的な動画制作のために使われることの多いスローモーションですが、この機能でぜひのぞいてほしいのが生き物たちの動く様子です。スローモーションにすると肉眼では追いかけられない彼らの生態が見えてくるのです。身近な生物をスローモーション撮影して、秘められた生態や生活をのぞいてみましょう。
スローモーション撮影をするうえで重要なのがフレームレートです。フレームレートは「fps」という単位で表され、1秒間の動画が何コマの画像で構成されているかを示しています。動画はたくさんの静止画を連続的に表示して(パラパラ漫画を想像するとわかりやすいかもしれません)動きを表現しますが、フレームレートが小さいとカクカクしたイメージに、フレームレートが高いと滑らかなイメージになります。
人間の目の性能をフレームレートで表すとおよそ30~240fpsくらいだと言われおり、一般のTV放送は30fpsです。人間は1秒間に30コマ展開されるパラパラ漫画を見たらひと続きの動画だと受け取ります。
しかし、スローモーション動画は1秒間を数秒~数十秒に引き伸ばすわけですから、30fpsで撮影された動画をスローモーションにするとカクカクした動きに見えてしまいます(1秒を5倍に伸ばしたら、元が30fpsの動画は秒間6コマの動画になります)。そのため、スローモーションにしたときに滑らかな動画にするには、高いfpsで撮影できるカメラが必要です。
私が使用しているのが以下の機材です。それぞれに解像度や連続撮影時間、価格が異なりますが、fpsの値が高いものほど滑らかなスローモーション撮影が可能です。
Kron technologies/CHRONOS2.1(FHDで1000fps)
SONY/ Cyber-shot RX10IV(FHDで960fps)
Freefly/Wave(4Kで420fps)
Panasonic/GH6(4Kで120fps、FHDで240fps)
※FHD(フルHD)と4Kは画像の解像度のこと。FHDモデルの解像度は1920×1080ピクセル、4Kモデルは3840×2160ピクセルとなります。
専門的な機材の導入が難しい場合は、ご自身のスマホやコンデジにスローモーションの撮影機能がないか確認してみましょう。たとえばiPhoneであれば240fpsで撮影可能です。人間の目のフレームレート換算の処理は30fpsですから、8倍スローでの表現が可能です。
花や樹液に来る虫を待ち伏せて撮る場合は、スローモーションの撮影も一般的な写真撮影とやることは変わりません。カメラを構え、ファインダーに収めた虫を撮影します。様相が異なるのが、動いている虫を追いかけて撮るとき。ファインダーの内部と周囲を同時に見ながらの撮影が必要です。それをどのように行うのかというと……極めてアナログです。右目でファインダー内部の虫を追い、左目で周囲を確認します。両目を同時に使って虫と周囲を同時に見るのです。
こんな撮影を可能にしてくれるのが照準器(ドットサイト)。照準器はカメラの画角内でどこが中心かを示してくれます。その中心を虫に合わせ続ければ、(ピントの合う、合わないはあるにせよ)ひとまずはファインダー内に虫をとらえ続けられます。
画像は画像素子に入りこんだ光の記録です。静止画であれば、光量が小さいときにシャッターを長く開いて取り込む光の量を増やすことができますが、短いスパンで記録を繰り返すスローモーション撮影ではそうはいきません。一瞬で写し撮れるようにスローモーション撮影には強い光が必須です。
その特性を活かすと、黒い背景のなかで活動する虫を撮ることができます。虫のいる場所にだけ強い光を当てて撮影すると、背景が真っ黒く沈んだ印象的な動画を撮れます。
一点、気をつけたいのがライトの種類です。蛍光灯や一部のLEDライトは人間が感知できない速度で明滅を繰り返しています。スローモーション撮影ではこの明滅を拾ってしまうので、明滅しないタイプのライトを用意しましょう。
以下の動画はそのような環境で撮影しました。野外にあるニホンミツバチをライトアップして、ニホンミツバチの帰還を待ち構えるキロスズメバチを撮影したのです。多くのミツバチは上手にスズメバチをかわしますが、なかには捕まってしまうものもいる。舞台のような光のなかで虫たちの生死がドラマチックに表現されました。
もうひとつの動画はカブトムシの対決の模様です。オス同士が対峙すると、両者はすばやく前脚を折りたたんで戦闘モードに入ります。ガチガチとツノを突き合わせ相手の体の下にツノを挿し入れたらひと息に放り投げる。肉眼ではあっという間の戦いですが、スローモーション撮影なら一挙手一投足を観察できます。
宇宙に打ち上げられる人工衛星は、軽量でコンパクトであることが求められます。そのため、人工衛星は日本人研究者が開発した「ミウラ折り」という特殊な技法で折りたたんで格納・展開していました。
ところが数年前に、九州大学大学院芸術工学研究院の斉藤一哉講師が、オックスフォード大学自然史博物館の研究者らとともにより効率がよい格納・展開方法を発表しました。それはなんとハサミムシの翅の格納・展開方法にヒントを得た技法でした。
ハサミムシの仲間には、翅をもち、飛んで移動できる種があります。コンパクトに折り畳むための柔軟性と飛翔時の負荷に耐え得る強靭さは相反するはずですが、飛翔タイプのハサミムシは見事にそれを両立しています。小さな前翅の下から、大きく展開する後翅を出して飛翔するのは驚きの光景です。
海外ではハサミムシはあまり良い印象をもたれていません。二股に分かれた尾が悪魔の持つ鋤(すき)を連想させたり、耳から頭に食い入るイメージがあったりするそうです。しかし私の撮影したこの映像は高く評価してもらえて、『ナショナルジオグラフィック』誌などで紹介されました。
スローモーション撮影は、劇的な一瞬を引き伸ばす場面で力を発揮しますが、忙しい虫たちの営みの記録でも活躍します。
秋になるとスズメバチはニホンミツバチの巣を襲いますが、長くスズメバチと共存してきたニホンミツバチは、ただやられてしまうわけではありません。「熱殺蜂球」という技でスズメバチを迎え撃ちます。スズメバチの致死温度はおよそ45℃。それに対してニホンミツバチの致死温度はおよそ49℃。この熱の4℃差を利用して、ニホンミツバチはスズメバチを取り囲んで自ら発熱し、スズメバチを蒸し焼きにします。等倍の速さで撮影すると忙しない動画になってしまいますが、スローモーションであれば生態を伝えつつ、見応えのある動画にすることができます。
訪花する昆虫の記録にもスローモーションは向いています。蜜を集める虫たちは必死。慌ただしく動き回るので肉眼では何をしているのか見えづらいものですが、スローにすると虫と花の関係性が見えてきます。
花を訪れる虫を観察していたら、トラマルハナバチの背中に擦ったような一本の筋がある地域とない地域の存在に気付きました。不思議に思っていましたが、ツリフネソウで虫を待って気がつきました。その筋はツリフネソウのおしべとめしべが作った跡だったのです。ツリフネソウの花はマルハナバチの体に合わせたデザインになっています。マルハナバチは蜜を得る代わりに受粉を助けます。身近で見られる共進化のよい例ですね。こんな発見も時間をかけて確認できるスローモーション撮影の効果かもしれません。
トンボには「勝ち虫」という異名があり、戦国時代にはその縁起の良さから図案化されたりもしていました。なぜトンボが勝ち虫かというと、後ろに退かないからです。常に前進して押し通る力強さに、往時の日本人はあやかろうとしたのでしょう。
ところが。トンボをスロー撮影しているうちに私は気がつきました。退かないはずのトンボは結構、後退するのです。トンボは昆虫界でも屈指の飛行の名手です。4枚の翅を上手に駆動して高速飛行も急旋回もホバリングもお手のもの。考えてみれば後退できない理由がありません。
ほかにも気がついたことがあります。飛翔能力が高い昆虫類の多くは、急旋回して体が斜めになるときも左右の目だけは地面に対して水平を保っています(甲虫類では未確認)。しかも、鳥たちにも「旋回しても左右の目は水平」の習性は共通していました。空を舞台にする遠く離れた生き物同士が、それぞれに同じ習性を身につけている。こんなことに気づけたのもスローモーション撮影のおかげです。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください?
動きの素早い生き物たちに追いつき、ピントを合わせ、撮影する。なかなかたいへんな撮影ですがスローモーション撮影をするうちに図鑑にも書かれていないたくさんの秘密に気づきました。たとえば訪花する昆虫たち。ピントを合わせて待ち伏せるとき、数ある花のうちのどれで虫を待つかは重要な問題です。私ははじめのうち、虫はランダムに訪れているのか思っていましたが、あるとき太陽に正対している花の訪問率が高いことに気がつきました。どうやら、太陽を向いた花はほかの花よりも虫へのアピール力が特に高いようです。素早い動きをスローにするから知れる生態もありますが、このようにスロー撮影を深めるうちに気づく生態もあります。スロー撮影は生き物たちの不思議に気づくためのきっかけを私に与え続けています。