虫系ナチュラリスト。身近な自然にひそむ昆虫たちを中心に、いきもの愛あふれる生態写真を撮り続けている。小蛾や蠅、葉虫、蜻蛉などのマイナー昆虫はもちろん、蜘蛛、蜥蜴、蛙、蝸牛、蛞蝓など昆虫以外の「虫偏」の生き物たちに至るまで、広くあまねく愛を注いでいる。ウェブサイト「昆虫エクスプローラ」、ブログ「むし探検広場」管理人。著書「昆虫探検図鑑1600」(全国農村教育協会刊) 。
寒い冬のフィールドでは、虫たちの姿はほとんど見られませんが、そんな季節をわざわざ選んで活動する変わり者の蛾「フユシャク」がいます。フユシャクとは、漢字で書くと「冬尺」。冬に出現するシャクガ(尺蛾)の仲間のことです。日本国内に35種類ほどが生息し、探し方さえ知っていれば、身近な自然公園などでも見つけることができます。
フユシャクのオスは普通の蛾なのに、メスは翅(はね)が退化していて、とても蛾の仲間とは思えない奇妙な姿をしています。
真冬のフィールドで、翅のないメスがひっそりとフェンスにとまっていたり、お互い似ても似つかないオスとメスが交尾している場面に遭遇すると、私たちのすぐそばで、人知れず繰り広げられている小さな自然のドラマに感動することができます。
フィールドに出かける前に、まず、フユシャクという生きものについて予習しておきましょう。一口にフユシャクといっても、晩秋から初冬にかけて見られるもの、真冬によく見られるもの、冬の終わりから春先の頃に見られるものなど、種類によって活動時期が異なります。今の季節であればどんな種類が見つかるか、ということを頭に入れておきましょう。
市販の昆虫図鑑にも一部の種類が載っていますが、たくさんの種類をより詳しく調べるにはインターネットが便利です。著者のサイトでは、身近な自然で見られるフユシャク10種余りを生態写真で紹介しています。
昆虫エクスプローラ フユシャク図鑑
http://www.insects.jp/konbunfuyusyaku.htm
フユシャク観察の醍醐味は、何といっても翅の退化したメスに出会うことです。しかし、メスは見つけるのが難しいため、まず、オスを見つけることが観察の第一歩になります。フユシャクのオスは、一見、他の蛾とよく似ているので、その姿をしっかりチェックしておきましょう。
樹木が豊かな自然公園なら、たいてい何種類かのフユシャクが生息していますが、フユシャクをうまく見つけるためには、なるべく、フユシャクの種類や数が多そうで、かつ、発見しやすい場所を選ぶことが大切です。
フユシャクの幼虫の多くは、コナラやクヌギの葉を食べて育ちます。また、サクラの葉を好む種類もいくつかいます。これらの樹木がたくさんはえた公園では、いろいろなフユシャクが見つかる可能性があります。
フユシャクは、フェンス(手すりや柵)の上で見つかることが多いので、遊歩道に沿ってフェンスが設置されている公園は観察に適しています。
フユシャクのオスは、夜のうちに明るい光に惹かれて飛んできて、太陽が昇ったあとも同じ場所に留まっています。電灯や自動販売機が多い公園を選ぶとオスが発見しやすくなります。
電灯が設置されていても、夜の早い時間に消灯する公園もあるので、一晩中、灯りがついているかどうかも要チェックです。また、LED化された電灯よりも、昔ながらの水銀灯などのほうがたくさんの虫を集めます。
さて、いよいよフユシャク探し本番です。
いきなり、お目当てのメスを探したいところですが、まずは、見つけやすいオスを探すことが、結局、メス発見の近道になります。
公園に着いたら、まず、電灯のまわりや自動販売機、トイレの壁などを見てまわりましょう。人工物にとまっている蛾は見つけやすいので、ここでいきなりオス発見、となる可能性も十分にあります。
フェンスが設置された遊歩道をゆっくり歩いてみましょう。フユシャクには、日中に活動する昼行性のものと、日が暮れてから活動する夜行性のものがいますが、天気のいい日であれば、昼行性の種類のオスが活発に飛び回るのを観察できます。夜行性の種類も、人の気配に驚いて木の幹から飛び立ったり、フェンスにひっそりとまっていたりするのを見つけることができます。
観察には、少しでも気温が高く、風の弱い日を選びましょう。フユシャクたちの動きが活発になるので、発見の可能性が高まります。また、寒さが和らいだ日のほうが私たちの身体への負担も軽くなります。
フユシャクが、わざわざ寒い季節を選んで現れる理由としては、冬場は他の昆虫やトカゲ、カエルなどの天敵が少ないことが考えられます。また、メスの翅が退化している理由としては、体温を奪う原因となる翅を短くして耐寒性を高めていることや、翅にかけるコストを少なくして、その栄養分を腹部に割り当て、よりたくさんの卵を産めるようにしていることなどが考えられます。
風も弱く穏やかな日に真冬の公園を歩いていると、意外に寒さは感じられず、敵が少ないこの季節を選んだフユシャクたちの気持ちがなんとなくわかるような気がしてきます。身近な自然で繰り広げられている小さな虫たちの不思議な世界を、ぜひ、体験してみてください。