1971年東京都生まれ。一気に頂上を目指すアルパインスタイルを積極的に取り入れた少人数・軽装備の登山で一時期に複数のサミットを狙う登山スタイルで知られる。2012年5月26日、世界で29人目、日本人初の8000メートル峰全14座の完全登頂に成功。
CASIO プロトレックアンバサダー: https://protrek.jp/ambassador/takeuchi.html
株式会社ハニーコミュニケーションズ所属: https://honeycom.co.jp/hirotaka-takeuchi/
公式サイト: https://www.fourteen14.co.jp/
想像力を味方につけると、山登りの楽しみや可能性は無限に広がります。
登山、とりわけ私がやっているような高所登山は「想像のスポーツ」です。それは、「この山に登ろう!」と決め、具体的な計画を頭に思い描いたときからはじまり、実際に山へ入り再び戻るまで、感覚の全てを使って次に起こりうることを予測します。
登山家は、山という大いなる自然の中で、想像の競争をしているといってもいいでしょう。そしてその想像は、ときに目標の山に登るための原動力となり、また安全に山での行動を支えてくれる道しるべにもなります。
私が、エヴェレストを筆頭に、地球上に14座ある標高8,000メートル峰の山々を完登できたのも、この想像力のおかげといえます。想像力と本能的に感じ取る恐怖心を駆使して危険を回避し、生きて返ってくることは、登山の本質とも言えます。いかに多方向に、いかに多重に先を読んで行動できているかが、楽しく安全な登山になるかを左右し、それまで踏み入ることのできないような領域に押し上げてくれます。
これは、何も8000メートルを超える高所登山だけに限ったことではなく、低山でも言えること。ここでは、そんな登山の可能性を広げてくれる「想像力の使い方」をいくつかご紹介します。
想像で登山を楽しむいちばんの方法は、地図に描かれた等高線から、地形を読み取りイマジネーションで登山をする「机上登山(読図)」です。
登山の楽しみは、何も山を歩いているときだけとは限りません。「この山に登ろう!」と決め、具体的な計画を頭に思い描いたときからはじまります。机の上に登りたい山の地図を広げ、「どんな地形をしているか?」「どのルートで登るか?」「どんな景色が見えるのか?」、実際に出かけるまでの想像を膨らませる時間は、最高に楽しいものです。
読図というと、苦手意識を持たれている方も多いかもしれませんが、その行為そのものがとてもクリエイティブで面白いものです。2次元に描かれた等高線から、立体的な地形を頭の中に想い描き、進みたいルートをなぞる。
私も登山の前には、地形図を広げて「この尾根を進もうか?」「ここで谷をつめるか?」と、何時間もシュミレーションを繰り返します。夢中になり、何時間もそんなことを続けていると、まるで実際に登山したかのように、頭も体もヘトヘトになっていることもあります。読図ができると、よりリアルに登山ルートを想像できるようになり、自分自身でオリジナルのルートを開拓することもでき、登山の可能性が広がります。
読図の詳しい方法については 、下記のHOW TOでも紹介されています。
「地図を読む、そしてその先へ <前編>」
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/195
また、机上登山のもうひとつ良いところは、実際には登れないような険しい山や、まだ人類が登ったことのない未踏峰であっても、地図さえあれば想像で何処へでも行って帰って来られること。お昼休みに、エヴェレストに登頂することだってできるのです。
地図に興味が湧いてきたらお勧めなのが、いろいろな時代の地図を広げてみること。地図には、作られた時代の歴史や文化が刻まれています。写真(1)は1800年代後半に描かれたヒマラヤの地図。私のお気に入りの1枚です。
写真(2)は1936年に描かれたエヴェレストの地図です。人類が初めてエヴェレストに登頂したのが1953年、イギリスの登山隊により、エドモンド・ヒラリーによって成し遂げられました。それより以前に描かれたこちらの地図は、ひょっとしたらヒラリーも見ていたかもしれません。
また、エヴェレストの地図は、遠く離れたインドから始めた三角測量によって作られました。測量結果が偶然にもちょうど標高29,000フィート(約8,840メートル)だったのですが、端数を切ったと思われないように誤差を考慮して、29,002フィートとして記録したという諸説もあります。そんな、時代背景を想像することも、机上登山の1つの楽しみと言えます。
自然の中へ出かける登山にはリスクはつきものです。そのリスクを事前に想像し、対処することで登山の可能性が広がります。
机上登山を行い想像を膨らませると、具体的な課題やリスクが浮かび上がってきます。「地形に合わせてどのような装備・ギアが必要か?」「どれくらいの時間がかかりそうか?」「その為に必要な食料はどれくらいか?」、地図を上から眺めなると様々なことが見えてきます。山頂を見上げると、ゴールはあたかも山の頂のように思えますが、地図を上から眺めると、頂上はあくまで通過点にすぎないことがよく分かります。
私が登山へ出かける際は、登る前に予測できるリスクについては、必ず100%の準備をするようにしています。実際に、登れないかもしれないという不安を抱いた状況では、絶対に突っ込んでいくことはありません。登頂するためのベストな方法を想像し、考えておくことも山登りの奥深さです。
たとえ100%の準備をしても、一歩山に入ると危険はつきものです。
あらゆる感覚から入ってくる情報をたよりに、想像の競争をすることで、一歩ずつ先に進むことができます。それは何も、自らが頂に立つ成功と栄光を想像するだけではなく、むしろその逆で、山の中で自分が「死ぬ想像」を徹底的に繰り返すのです。死ぬ想像ができれば、死なないようにする想像もできる。
「死」というと、いささか大げさかもしれませんが、恐怖心を感じることが、危険な場面で生命を救う分かれ道になります。危険は、見えやすいほど避けやすいものです。
例えば、急激な氷壁を越えなければならないような場面。「どうやったら安全に効率よく登れるか?」と言う選択肢を100通り想像できていたとします。ところが、一歩踏み出した瞬間に選択肢は半分くらいに減り、3歩、4歩と進むうちに、選択肢はどんどん消去されていきます。消去されたら、そこで再び想像し、選択肢を増やしていく。そうやって前に進んでいくことが、山頂に向かって自分を押し上げるという行為なのです。
想像を広げながら登るからこそ、新しいことも見えてくる。想像できることが多ければ多いほど、登山は面白くなり、危険も回避できる。実際の登山では、危険(死)をいかに避け、安全に頂上までたどり着き、下山して帰って来られるかを考えることが大切です。
登山を終えて帰ってきたあとも、想像力を使った登山の楽しみは続きます。それは、再び地図を広げ、想像で登山を振り返ること。地図は、登山する前に見るものというイメージがあるかもしれませんが、登山の後に振り返ることで、これまでバーチャルだった机上登山を、リアルな登山と結びつけることができます。このとき、リアルな登山で拾ってきたものがあれば、地図の上に置いてみるのも面白いです。
写真では、私が実際にエヴェレストの頂上で拾ってきた石を、1936年に描かれた地図の頂上に置いてみました。これまでバーチャルだった地図と、リアルな体験の一部である石が融合して、また違った机上登山の楽しみが味わえるはずです。
みなさんも想像力を使うことを意識して、ぜひ登山に出かけてみてください。何か新しい発見があれば、『やった!レポ』に投稿して、体験をシェアしてください。
良い登山家は想像力が豊かだ!
山という自然に対して、想像を楽しみ・想像の競争を繰り返しています。そして、想像力を味方にした登山は、より難しい課題や、より高度なテーマに向かうことができます。
現代人の危険に対する感覚ということでは、安全で住みやすい環境のなか、他者から管理されることに慣れすぎてしまい、自分自身で危険を察知したり回避したりする力が失われてきているのではないかと感じます。登山においては、自分の安全は自分で守る必要があります。登山で自分の行動を自分で管理し、想像力を鍛えることは、普段の生活においても、失ってしまった危険に対する感覚を取り戻すことにつながるのかもしれません。
あなたも、想像力を味方につけて、登山の可能性を広げてみてはいかがでしょうか?
写真提供 竹内洋岳