日本のフィールドレコーダーの草分け的存在。1990年放送局St.GIGAの開局と同時に世界各地をフィールドレコーディング。CD「バリ島」「トリニダードトバゴ」など13作品。J-WAVEなど番組制作多数。’97年リアルタイムで世界の音が聞こえるWebサイト「SoundExplorer」制作。「SoundBum」主催、「Forestnote」アドバイザー。日本科学未来館、東京都写真美術館、金沢21世紀美術館で世界の音のインスタレーション作品を制作。東京藝術大学などで音の表現を教えている。
サウンドスケープ(Soundscape)という言葉を聞いたことはあるでしょうか?この言葉は日本でも1990年頃から耳にするようになりました。サウンドスケープとは、カナダの作曲家マリー・シェーファーが1960年頃に作り出した造語です。Landscape(風景)という言葉から生まれた「音風景/Soundscape」を意味する言葉で、本来意図するのは「音を単に物理的に捉えるだけでなく、コミュニティや個人との関係性の中で捉えていこう」とする概念です。
例をあげてみると… 日本では、お寺の鐘が問題になっている地域があります。時を知らせるとともに宗教的な意味合いも持ち、かつては「鐘の音を聞くと安らぐ」「鐘の音を聞くと心が和む」と感じる人は多かったものです。新しく住み着いた人で、その土地ともお寺とも繋がりが薄い人の中には、毎日鐘の音を聞くのはうるさいと感じる人もいます。鐘の音自体の大きさや種類は変わりないのに、聞く人によって受け取り方や意味は変わるのです。
サウンドスケープでは、音の物理的側面だけを見るのではなく、音が持つ「関係性や意味」を捉えようとします。サウンドスケープにアプローチをしながら、理解を深めていきましょう。
【サウンドスケッチ】
画用紙、ペン
【サウンドマップ】
街の地図、画用紙、筆記具
【サウンドウォーク】
経路地図、メモ、ペン、あれば録音機やカメラ、水筒
【定点観測】
メモ、ペン、あれば録音機やカメラ
「閑(しずけ)さや岩にしみ入る蝉の声」、芭蕉が山形の立石寺で詠んだ有名な俳句があります。では、芭蕉になったつもりで考えてみてください。蝉がたくさん鳴いているのに、どうして「閑さ」を感じるのでしょうか?蝉の声が岩にどうして「しみ入る」のでしょうか?蝉の声を単に物理的に捉えるならこれはあり得ないことですが、ここでは蝉の声をそれだけで捉えていないのです。想像してみてください。一生懸命立石寺への長い石段を上って来た。一休みしたくて腰をおろし、汗をふいた。ふとその時耳にした蝉の声は?芭蕉はどのように感じたのでしょうか?
「古池や蛙飛びこむ水の音」という別の句があります。蛙が池に飛び込んだ音、その飛び込んだ音が逆に静けさを表しています。では、当時芭蕉が住んでいた庵。そこはどのような環境にあったのでしょうか?その時芭蕉は考えごとをしていた?いやいや何か作業をしていてふと気を抜いた時?いろいろ考えられます。芭蕉は何を聴き、何を感じたのでしょうか?
実は、虫の声を雑音として捉えるのではなく、そこに静けさや侘しさを感じる感性。これらの音の捉え方、そして表現。そこには日本独特の文化や感性が底辺に存在します。音を聴いて俳句を読むのも、サウンドスケープへのアプローチの一歩です。
私たちは日常生活の中で多くの音に包まれて暮らしています。しかしながら、その事実に意外と気づいてなく、知らないうちに耳を閉じて生活しています。聞いていても音を聞いていない。物理的には、耳を塞がないかぎり音はいつも耳に入ってきます、でもそれを認知していない。そして、その状態が日常化すると、耳を閉じ、感性すら鈍くし、周りの環境に注意もしなくなります。
サウンドスケープは「聞く/聴く」という行為がベースになります。耳を開き、五感を開き、環境への関心や、音そのものへの関心を開いて行く、サウンド・エデュケーションというメソッドがあります。では実際にいくつかやってみましょう。
#サウンドスケッチ
音のスケッチです。目で見たものをスケッチするのは子供の頃に教わります。では、聞いた音をスケッチするのはどうでしょう?いくつか方法がありますが、ここでは簡単なものを紹介します。
スケッチ用に、画用紙、それからカラーペンなど簡単に描けるものを用意してください。公園や街の広場など座ってゆっくりできる場所を探しましょう。
まずは、画用紙の真ん中に「ペケ×」を入れてください。そこがあなたの座っている場所です。音は周囲360度から聞こえてきます。周りから聞こえる音を全てスケッチしましょう。描き方は自由です。できるだけ、言葉ではなく音を描いてみましょう。低く重い音、高い小さな音、ずうーっと続いている音。自由に描いてみましょう。
1分ほど目をつぶり音に注意を向けます。そして、15分ほどかけて聞こえる音をスケッチします。場所を変えてもやってみましょう。自分の家でやってもよいかもしれません。何度かやっているうちに耳が開いてきます。そして、自分がどのような音環境にあるかも解ってきます。
音の地図作りです。まず、住んでいる街で音の地図を作るエリアを決めます。通りなどおおよそのマップを書いてみましょう。マップができたら、それを手に街に出ましょう。ゆっくり歩きながら、時々立ち止まり、どういう音が聞こえてくるか?耳を澄まして聞こえた音をメモします。できれば数人でやると良いでしょう。自分が気付かない音を誰かが聞いているかもしれません。
メモした音をマップに落とし込み、音の地図を作ります。そうすると、普段どんな音に囲まれて暮らしているのか解ってきます。また、その街独特の音(サウンドマーク)や、いつもあるので気がついていない音、基調音(キーノート)、たまに注意を引く音の信号音(シグナル音)など、自分が暮らす街の音の構成も解ってきます。
子供達とみんなで大きなサウンドマップを作るのも楽しいです。大きなマップを作る時は、大きな紙、カラーペンなどを用意しましょう。
サウンドウォーク、つまり音の散歩です。ワークショップの時は、サウンドマップなどをもとにあらかじめコースを決めますが、初めての街でもサウンドウォークは可能です。知らない街も音を聴きながら散歩をしていると思わぬ出会いがあったり、何人かでやっていると面白い発見があったりします。
旅行も、視覚優先でなく、聴覚つまり音を探しながら旅をするとちょっと変わったものになるでしょう。音を聴くには立ち止まって耳を澄ますわけで、なによりも時間が違ってきます。旅先の空間と時間に身を浸して、ゆっくりとその土地を体感するのも良いものです。
発見した音をメモしておくと、その街の隠れた側面や特徴が解ってくるでしょう。録音機があれば、音を録りながら散歩するのも良いでしょう。後日聴くと、空間や匂いなどが蘇るものです。
街の音もいつも同じようであって、同じではありません。季節や気候によって違たり、お祭りなどのイベントがあるとまた変わってきます。そこで、お気に入りの場所を見つけて、定期的に音の観測・観察をしてみましょう。季節ごとの違いや、月ごとの違い。旧暦を照らし合わせても面白いでしょう。録音したり、メモを取りながらやっても良いですし、じっと目を閉じて音を聴くことに集中するのも良いでしょう。
こうして一年を通して音の定点観測をすると、周りの音が様々に変化していることが解ってきます。そこには時間の流れがあり、長い時の流れに自分が身を置いていることを感じられるでしょう。目で見る変化ではなく、音で変化を捉える。ぜひ一度やってみてください。もしかしたら、音を聴く名スポットが見つかるかもしれません。江戸時代には道灌山(田端あたり)など、虫の音を聴く名所があったと言われます。広重の浮世絵「虫聞きの図」でも紹介されています。自分だけの音を楽しむポイントを作って、音の面から街を楽しんでみてください。
サウンドスケープを実践したら「やった!レポ」に投稿して、体験をみんなとシェアしませんか?質問や感想はコメントに記入してください。
サウンドスケープが提唱するのは、「音を積極的に聴こう。耳を閉じることなく、耳を開いて行こう」ということです。耳を閉じその音を遮断するのではなく、その音が持つ意味や背景、歴史性を積極的に捉えようとします。そこに、その音が持つ新たな意味や関係性が生まれるのです。逆に、耳を閉じていると、周りの環境や騒音に鈍感になります。サウンドスケープの研究は、騒音や環境の分野だけでなく、芸術や文化、社会的な領域にまで及ぶのです。
江戸時代は、様々な売り声、風鈴の音、虫の音を聞く会など、生活の中で音を楽しみました。現在はどうでしょう?一日中イヤホンで音楽を聴き、外の音を遮断していませんか?たまには、音楽のように周りの音を聞いてみましょう。耳を閉じることなく開いていく。自分にとって必要な音を選んでいく。「地球の音」に改めて耳を澄まして楽しむ。時に「静寂の音」に耳を澄ますこともふくめて。
・参考サイト:日本サウンドスケープ協会http://www.soundscape-j.org/
・参考図書:
「世界の調律」R・マリー・シェーファー
「サウンド・エデュケーション」R・マリー・シェーファー
「サウンドスケープ〜その思想と実践」鳥越けい子