主に北海道や東北地方で、きのこや粘菌など「隠花植物」を中心に撮影を続けている。著書は『もりの ほうせき ねんきん』(ポプラ社)、『森のきのこ、きのこの森』(玄光社)、『粘菌生活のススメ』(誠文堂新光社)、『きのこのき』(文一総合出版)、『毒きのこ 世にもかわいい危険な生きもの』(幻冬舎)、『きのこの話』(筑摩書房)など。人気インターネットサイト・ほぼ日刊イトイ新聞で「きのこの話」を連載中(毎週菌曜日更新) http://www.1101.com/kinokonohanashi/
本人ウェブサイト「浮雲倶楽部」http://ukigumoclub.com/
きのこを植物の仲間だと思っている人がいるかもしれませんが、きのこは、カビや酵母と同じ菌類。植物よりも動物に近い生きものです。ですから、光合成をすることができないので、生きていくためには何かを食べなければなりません。
きのこは、枯木や枯葉などから生える「腐生菌(ふせいきん)」、生きている植物や動物や菌類から生える「寄生菌(きせいきん)」、植物と一緒につくった、菌根という器官を通じてお互いに栄養のやりとりをする「共生菌(菌根菌=きんこんきん)」と、大きく3つに分けることができます。つまり、きのこが生えている場所は、そのきのこが好きな「食べ物」があるところなのです。
今回は、たくさんの種類があるきのこの中でも、生きている虫などにとりついてその虫を栄養にし、結果的には殺してしまう「冬虫夏草」という、ちょっぴり不思議なきのこに注目します。一緒に楽しみましょう。
冬には虫の姿をしているけど、夏になると草のようになる生きもの。「冬虫夏草」という名前はそんな姿から命名されました。正確に言うと、チベット高原など高地にいるコウモリガの幼虫に寄生する、オフィオコルディセプスシネンシスという種のことで、中国などでは漢方薬として人気があります。残念ながら日本ではまだ見つかっていません。
現在では、昆虫やクモなどに感染して体内で成長し、やがてその昆虫を殺してしまう昆虫病原菌のことを、冬虫夏草と呼ぶことがほとんどです(すべてボタンタケ目に属しています)。世界で約500種が報告され、そのうちの400種ほどが日本でも見つかっています。日本は、亜熱帯から亜寒帯まで環境が多様なうえに、昔から研究者も多く、冬虫夏草が好きな人にとっては天国なのです。
種を同定するためには、しっかり観察して記録することが重要ですが、正確に同定するには顕微鏡で胞子を観察することが不可欠です。冬虫夏草の胞子には、糸状、仕切りがある、両端が平ら、などの特徴があります。
冬虫夏草はその生殖方法によって、大きく2つに分けることができます。ひとつは、完全型(オスやメスのように異なる性で生殖を行い、子のうと呼ばれる袋の中に胞子をつくります)、もうひとつは、不完全型(親と子が遺伝的に同じクローンで、分生子と呼ばれる無性的につくられた胞子をつくります)。宿主(寄生された虫など)に、完全型と不完全型の冬虫夏草(同種)が同時に発生することもあります。
完全型の冬虫夏草は頭部を拡大してみると、子のうが入った子のう果が、つぶつぶに見えます。また、不完全型の冬虫夏草は頭部がこなこな、粉(分生子)で覆われています。近年、死んだ昆虫に白いカビが生えているように見える、いわゆる殺虫カビ(ボーベリア)も、不完全型の冬虫夏草だということがわかってきました。
冬虫夏草の種を正確に同定するには、顕微鏡で胞子を観察することが必須ですが、ハチタケの仲間はハチだけから発生、セミタケの仲間はセミだけから発生という感じで、種によって発生する虫がほぼ決まっているため(例外もあるようです)、昆虫の種類を同定することで、ある程度種を絞り込むことができます。
ある種の冬虫夏草は、宿主の脳をあやつって、自分の胞子を放出しやすい場所まで誘導したあと、そこで命を奪う! といった、まるでSFの世界のような話もあるようです。びっくりですよね。種類にもよりますが、冬虫夏草が感染した昆虫などがすぐに死ぬようなことはないそうです。
冬「虫」夏草、という名前が付けられているので、基本的には昆虫から多く発生しますが、別の生物からの発生例もあります。クモ、ツチダンゴなどの菌類、粘菌(変形菌)、植物の実などなどけっこう多様です。
ぼくは、かつて、冬虫夏草から発生した小さな菌類の子実体を見つけたことがあるのですが、今から考えると、もしかしたら、冬虫夏草から発生した冬虫夏草の可能性もあるのではないかと思っています……。つまり、寄生の寄生!機会があったら、専門家に意見を聞いてみたいと思っています。
あとは人間から発生する冬虫夏草がいないことを祈るばかりです。
完全型(有性世代)の冬虫夏草のきのこ部分は、大まかに柄部と頭部に分かれており、合わせてストローマと言います。不完全型(無性世代)も同じく柄部と頭部に分かれていますが、こちらはシンネマと呼ばれています。
完全型(有性世代)の冬虫夏草の頭部は、次世代に子孫を残すための胞子が入った子のう殻が形成される部位です。棍棒型、円筒形、首折型などその形状は多彩で、種ごとに特徴ある形状をしています。
冬虫夏草は湿度を好むので、探す時期としては、梅雨から夏にかけてが最適(春に発生したり、ほぼ1年中発生する種もあります)。大きな公園、雑木林、里山、森などの沢沿い、あるいは池などの近くで、下草が生えてない場所を探すといいでしょう。土手や斜面は要チェックです。冬虫夏草を見つけるのは難しいと思われがちですが、都会でもけっこうたくさん見つかります。
冬虫夏草の発生パターンは、地中に埋まった宿主から発生する「地生型」、岩や木の幹や葉裏などに着生した宿主から発生する「気生型」、朽木の中に潜む宿主から発生する「朽木生型」があります。探すときの目安として覚えておいてください。
冬虫夏草のきのこ部分は小さいので、最初は、ぜひ、詳しい人に同行することをお勧めします。地面や倒木に目を近づけて、なめるように、じっくり探しても、最初はなかなか見つからないと思います。諦めずにチャレンジ!それらしききのこを見つけたら、地面や倒木を掘って宿主を確認してみましょう。ただし、公園などでは、採取が禁止されていたり、許可が必要な場合があるので、事前に必ず調べておきましょう。
写真は、1:結実部のアップ、2:一歩さがって生えている環境がわかるように、3:宿主を掘り出してその場で、4:採取して持ち帰り土やゴミをクリーニングしたもの、などなるべく多くのバリエーションで撮影しておきましょう。種を同定する場合にも役立ちます。持ち帰る場合には、小分けにできる小さな紙の袋や、タッパーなどがあると便利です。
冬虫夏草探しに限りませんが、世の中には、種が違うのにそっくりな生物がたいくさんいます。ぼくが出会った冬虫夏草と間違えやすいものをいくつかご紹介します。やはり菌類同士、きのこにはそっくりなものがありますね。
冬虫夏草を見つけたら、写真を撮影して、『やった!レポ』に投稿してみましょう。頭部の特徴、生えていた昆虫の種類や、見つけた場所の環境などをコメントして、みんなでシェアしましょう。
地球上の生物はすべてつながって生きている!日頃はそんなことなどまったく気にすることなく生活していますが、自然のフィールドに出かけて、いろいろな生物を観察、あるいは、鑑賞していると、いわゆる生態系が少し身近に感じられるかもしれません。
今回ご紹介した「冬虫夏草」は、菌類が生きている虫に取り付いて栄養を得て、最終的にはその虫を殺してしまう、ちょっとショッキングで、不思議で、とても興味深い生きものです。冬虫夏草を観察すると、残酷とか、虫がかわいそう、という感想を持つ人が、もしかしたら少なくないかもしれませんが、植物ではない生物が生きていくためには、他の命を食べることが必要だということを、思い出すきっかけにもなるはずです。
難しい話は抜きにして、冬虫夏草は、きのこファン、昆虫ファンではなくても、生きもの好きであれば、きっと興味津津のはず。ぜひ、野外に出かけて、自分で見つけて、観察してみましょう。そして、ぜひ、冬虫夏草や冬虫夏草が生きている環境について、いろいろ考えてみてください。
もっと冬虫夏草を知りたい人のために参考文献
『冬虫夏草生態図鑑』日本冬虫夏草の会 編著 誠文堂新光社
https://www.amazon.co.jp/dp/4416714033
『冬虫夏草ハンドブック』盛口満著、安田守写真 文一総合出版
https://www.amazon.co.jp/dp/4829901438
『冬虫夏草の謎』盛口満著 どうぶつ社
https://www.amazon.co.jp/dp/4621087916