主に北海道や東北地方で、きのこや粘菌など「隠花植物」を中心に撮影を続けている。著書は『もりの ほうせき ねんきん』(ポプラ社)、『森のきのこ、きのこの森』(玄光社)、『粘菌生活のススメ』(誠文堂新光社)、『きのこのき』(文一総合出版)、『毒きのこ 世にもかわいい危険な生きもの』(幻冬舎)、『きのこの話』(筑摩書房)など。人気インターネットサイト・ほぼ日刊イトイ新聞で「きのこの話」を連載中(毎週菌曜日更新) http://www.1101.com/kinokonohanashi/
本人ウェブサイト「浮雲倶楽部」http://ukigumoclub.com/
はるか昔、生物の分類は、動物と植物のふたつに大きく分けられ(現在の分類体系はとても複雑です!)、植物はさらに、花を咲かす高等な植物・顕花(けんか)植物と、花を咲かせない下等な植物・隠花(いんか)植物に二分されていました。隠花植物は、シダ植物,コケ植物,藻類,菌類などを含みます。
明治時代の日本を代表する知の巨人・南方熊楠(みなかたくまぐす)は、博物学、宗教学、民俗学など、広い分野での活躍が知られていますが、植物学、中でも粘菌をはじめとする隠花植物の研究が有名です。
ぼくはきのこや粘菌が大好きなのですが、コケ、シダ、地衣類などにも興味を持っています。そう、それらの生物を、ひと言で表す便利な言葉こそ、生物学的にはほぼ死語となった「隠花植物」なのです。下等だなんてとんでもない。他の生物と同様に、地球生命が誕生して以来、進化に進化を重ねた最新鋭最先端の生物です。
この連載では、毎月第4木曜日 全5回にわたり、いわゆる隠花植物の中から、コケ、シダ、きのこ、地衣類、粘菌をご紹介します。花が咲かないから地味だ、などと思っていたら大間違い。その美しいこと、愛らしいこと……。じっくり観察したら、隠花植物のとりこになること間違いなしです。
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【連載】隠花植物入門
#1 めくるめくコケワールドを覗いてみよう!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/113
#2 不思議生物 地衣類ウオッチングに行こう!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/121
#3 粘菌生活をはじめよう!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/130
粘菌は、その一生で大きく姿が変化するので、またの名を変形菌と言います。「菌」という名前が付けられていますが、菌類ではなくアメーバ動物の一種。アメーバと菌類の中間的な生き方をしている単細胞生物です。
粘菌と名がつく生物は、真性粘菌、原生粘菌、細胞性粘菌と3種ありますが、ここでは、真性粘菌(一部の原生粘菌を含む)を、粘菌として扱うことにします。ご了承ください。
明治時代の知の巨人・南方熊楠が、生涯にわたって研究していたのが粘菌でした。また、北海道大学の中垣俊之教授らが、2度にわたってあのイグ・ノーベル賞を受賞したのも粘菌の研究。これらのことをきっかけに、粘菌のことを知ったという方もいらっしゃるかと。
ときに可愛く、ときに美しく、ときにちょっと気持ちが悪い、不思議な生物・粘菌は、生態も、形態も、興味深いことばかりです。
単細胞生物のアメーバは、肉眼では見えないほど小さく、伸びたり縮んだり、常にうごめいています。粘菌はその仲間です。
粘菌は、アメーバ動物でありながら、きのこやコケと同じく胞子で子孫を残します。きのこのような子実体から飛散した胞子が、条件ピッタリの場所に着地すると、中から1匹のアメーバが生まれます(粘菌アメーバ)。これが「空飛ぶアメーバ」と言われるゆえんです。ホコリのような胞子で増えることからか、すべての粘菌が「~ホコリ」と名づけられています。
0.01mmほどの大きさの粘菌アメーバは、バクテリアなど微生物を食べて分裂を繰り返し、どんどん増殖。異なる性と出会うとくっついてひとつになり(接合体)、さらに大きく成長します。単細胞生物なので、細胞はひとつのまま核だけが分裂を繰り返し、やがて肉眼でも確認できるほど巨大化。まるでおもちゃのスライムのような姿をした、ぬるぬるねばねばの変形体へと成長します。
十分に成熟したとき、あるいは、餌が無くなったりすると、変形体は明るく乾燥した場所に這い出て子実体を形成。つくりだした胞子を、世界へ向けて放出します。
以下、繰り返し、繰り返し……。
変形体の外観は、細い管が網目状に伸びていて、その上を透明なゼリーが覆っている感じ。管の色は、白、黄色、赤など種類によってさまざまです。南方熊楠はこれを「混沌たる痰」と表現しています(笑)。変形体は、時速数cmくらいの速度で移動しつつ、スライム状の体に餌をどんどん取り込みます。多核単細胞生物なので、細胞はひとつですが、核は分裂を繰り返して膨大な数になります。
一般的に、単細胞生物は高度な情報処理能力を持たないと思われていますが、粘菌がパズルを解く能力を持っている、という北海道大学の中垣俊之教授らの研究結果は、世界中に驚きを与え、2008年にあのイグ・ノーベル賞「認知科学賞」が授与されました(2010年には、粘菌によるネットワークが実際の鉄道網と類似しているという研究で「交通計画賞」も受賞)。興味がある人はぜひ中垣教授の著書をご覧あれ!
例えば、飼育している粘菌の変形体(モジホコリ)の先に餌を置き、間に粘菌の嫌いな物質のキニーネを置いた場合。ある粘菌はキニーネの前で立ち止まり、ある粘菌はキニーネをえいやあと乗り越え、ある粘菌はキニーネの前で立ち止まる塊と乗り越す塊とに分かれた、などと聞くと、まるで意志を持った振る舞いのような気さえします。また、餌であるオートミールの銘柄にも好みがあるとか。
実は、複雑な、単細胞生物!
2017年7月にスタートした日本テレビのドラマ『うちの夫は仕事ができない』は、錦戸亮さん演ずる「仕事ができない夫」の趣味が粘菌研究! 何ともマニアックな設定です。この放送を機に、粘菌に興味を持つ人が増えるのではないかと期待しています(ドラマ内の粘菌写真はぼくが提供しています)。
粘菌は主に子実体の外見で分類されており、世界で約900種、日本では約450種が知られています。各種微生物を捕食するので、生態系での役割は、動物遺骸などの分解が一気に進みすぎないように調整している、かつ、いろいろな虫や動物の餌になる、と専門書などでは解説されています。
しかし、生と死、陰と陽、動と静、柔と剛、個と全体など、相反するものをその身にまとっている粘菌を観察していると、地球上のすべての生物は、生きるために生きているのだ、という当たり前のことに気づきます。そう、粘菌観察は、科学であり哲学なんですよね。
実際に野外で粘菌を見つけた時の感動は格別です。これを機に粘菌生活を始めてみませんか。
この連載は毎月第4木曜日に、隠花植物の中から、コケ、シダ、きのこ、地衣類、粘菌を紹介しています。次回8月24日の更新もお楽しみに!
もっと粘菌(変形菌)を知りたい人のために
オススメ参考文献
『粘菌生活のススメ』新井文彦著 誠文堂新光社
http://ukigumoclub.com/index_06.html
『森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん』川上新一著/伊沢正名写真 平凡社
http://goo.gl/pqCNTy
『粘菌 その驚くべき知性』中垣俊之著 PHPサイエンス・ワールド新書
http://goo.gl/t7Vf3F