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【連載】隠花植物入門#3 粘菌生活をはじめよう!

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新井文彦

きのこ写真家
空飛ぶアメーバ・粘菌の不思議な生態に迫る

はるか昔、生物の分類は、動物と植物のふたつに大きく分けられ(現在の分類体系はとても複雑です!)、植物はさらに、花を咲かす高等な植物・顕花(けんか)植物と、花を咲かせない下等な植物・隠花(いんか)植物に二分されていました。隠花植物は、シダ植物,コケ植物,藻類,菌類などを含みます。

明治時代の日本を代表する知の巨人・南方熊楠(みなかたくまぐす)は、博物学、宗教学、民俗学など、広い分野での活躍が知られていますが、植物学、中でも粘菌をはじめとする隠花植物の研究が有名です。

ぼくはきのこや粘菌が大好きなのですが、コケ、シダ、地衣類などにも興味を持っています。そう、それらの生物を、ひと言で表す便利な言葉こそ、生物学的にはほぼ死語となった「隠花植物」なのです。下等だなんてとんでもない。他の生物と同様に、地球生命が誕生して以来、進化に進化を重ねた最新鋭最先端の生物です。

この連載では、毎月第4木曜日 全5回にわたり、いわゆる隠花植物の中から、コケ、シダ、きのこ、地衣類、粘菌をご紹介します。花が咲かないから地味だ、などと思っていたら大間違い。その美しいこと、愛らしいこと……。じっくり観察したら、隠花植物のとりこになること間違いなしです。

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【連載】隠花植物入門
#1 めくるめくコケワールドを覗いてみよう!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/113
#2 不思議生物 地衣類ウオッチングに行こう!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/121
#3 粘菌生活をはじめよう!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/130

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  • 手袋

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STEP 1

粘菌(変形菌)をご存知ですか?

  • 3種の粘菌の未熟な子実体が揃い踏み
  • 黄色の粘菌は変形体から子実体に変化中
  • 変形体から子実体への変化段階がわかる
  • 粘菌の変形体がきのこを食べている
  • 小さな昆虫(トビムシ)は粘菌が大好物

粘菌は、その一生で大きく姿が変化するので、またの名を変形菌と言います。「菌」という名前が付けられていますが、菌類ではなくアメーバ動物の一種。アメーバと菌類の中間的な生き方をしている単細胞生物です。

粘菌と名がつく生物は、真性粘菌、原生粘菌、細胞性粘菌と3種ありますが、ここでは、真性粘菌(一部の原生粘菌を含む)を、粘菌として扱うことにします。ご了承ください。

明治時代の知の巨人・南方熊楠が、生涯にわたって研究していたのが粘菌でした。また、北海道大学の中垣俊之教授らが、2度にわたってあのイグ・ノーベル賞を受賞したのも粘菌の研究。これらのことをきっかけに、粘菌のことを知ったという方もいらっしゃるかと。

ときに可愛く、ときに美しく、ときにちょっと気持ちが悪い、不思議な生物・粘菌は、生態も、形態も、興味深いことばかりです。

STEP 2

変化の連続のライフスタイル

  • スライム状の変形体がつぶつぶに変化
  • つぶつぶに柄がついて上に伸び上がる
  • 胞子がしっかり乾燥した子実体
  • 乾燥する前に雨に打たれた子実体
  • 胞子が飛び散ったあとには細毛体が残る

単細胞生物のアメーバは、肉眼では見えないほど小さく、伸びたり縮んだり、常にうごめいています。粘菌はその仲間です。

粘菌は、アメーバ動物でありながら、きのこやコケと同じく胞子で子孫を残します。きのこのような子実体から飛散した胞子が、条件ピッタリの場所に着地すると、中から1匹のアメーバが生まれます(粘菌アメーバ)。これが「空飛ぶアメーバ」と言われるゆえんです。ホコリのような胞子で増えることからか、すべての粘菌が「~ホコリ」と名づけられています。

0.01mmほどの大きさの粘菌アメーバは、バクテリアなど微生物を食べて分裂を繰り返し、どんどん増殖。異なる性と出会うとくっついてひとつになり(接合体)、さらに大きく成長します。単細胞生物なので、細胞はひとつのまま核だけが分裂を繰り返し、やがて肉眼でも確認できるほど巨大化。まるでおもちゃのスライムのような姿をした、ぬるぬるねばねばの変形体へと成長します。

十分に成熟したとき、あるいは、餌が無くなったりすると、変形体は明るく乾燥した場所に這い出て子実体を形成。つくりだした胞子を、世界へ向けて放出します。

以下、繰り返し、繰り返し……。

STEP 3

粘菌を粘菌たらしめる変形体!

  • 倒木の上を進む変形体(左から右方向へ)
  • 枯木の根株に発生した変形体
  • 変形体の移動跡には排泄物などが残る
  • 変形体が子実体に変化するところ
  • 変形体の管内の流動を顕微鏡で観察

変形体の外観は、細い管が網目状に伸びていて、その上を透明なゼリーが覆っている感じ。管の色は、白、黄色、赤など種類によってさまざまです。南方熊楠はこれを「混沌たる痰」と表現しています(笑)。変形体は、時速数cmくらいの速度で移動しつつ、スライム状の体に餌をどんどん取り込みます。多核単細胞生物なので、細胞はひとつですが、核は分裂を繰り返して膨大な数になります。

一般的に、単細胞生物は高度な情報処理能力を持たないと思われていますが、粘菌がパズルを解く能力を持っている、という北海道大学の中垣俊之教授らの研究結果は、世界中に驚きを与え、2008年にあのイグ・ノーベル賞「認知科学賞」が授与されました(2010年には、粘菌によるネットワークが実際の鉄道網と類似しているという研究で「交通計画賞」も受賞)。興味がある人はぜひ中垣教授の著書をご覧あれ!

例えば、飼育している粘菌の変形体(モジホコリ)の先に餌を置き、間に粘菌の嫌いな物質のキニーネを置いた場合。ある粘菌はキニーネの前で立ち止まり、ある粘菌はキニーネをえいやあと乗り越え、ある粘菌はキニーネの前で立ち止まる塊と乗り越す塊とに分かれた、などと聞くと、まるで意志を持った振る舞いのような気さえします。また、餌であるオートミールの銘柄にも好みがあるとか。

実は、複雑な、単細胞生物!

STEP 4

子実体の美しさを堪能しよう!

  • 子実体の形状その1 単子嚢(しのう)体
  • 子実体の形状その2 屈曲子嚢体
  • 子実体の形状その3 擬着合子嚢体
  • 子実体の形状その4 着合子嚢体
  • 原生粘菌ツノホコリの仲間の子実体

変形体は、じめじめしたところを好みますが、胞子をつくるときになると、明るく乾いたところに這い出し、少しでも高い場所へと這い上がって子実体を形成します。夕方に子実体を形成しはじめて翌朝には完成、というパターンが多いとか。

粘菌の子実体も、きのこと同じく、胞子をつくって散布する役割を担います。きのこの子実体は細胞でできていますが、粘菌の子実体をつくるのは変形体の分泌物。したがって、きのこ(子実体)の多くは、数日~1週間くらいで腐ってしまいますが、粘菌は、乾燥しているなど条件さえ整えば、腐ることなく長期間にわたって胞子を放出します。

粘菌の子実体は、その多くがとても小さいのですが、種類によって驚くほど色や形が異なり、見飽きることがありません。特に、変形体から形成されたばかりの未熟な子実体の鮮やかで艶めいた美しさときたら、もう……。

STEP 5

いざ、粘菌探しへGO!

  • 古くなった広葉樹の倒木から発生
  • 落ち葉をめくってみると粘菌が
  • 林の中の落枝から発生(好雪性粘菌)
  • 広葉樹の生きた立木からも発生
  • 生け垣の古い木の柱から発生

粘菌は、食料になる微生物がいて、適度な温度と湿度があれば、どこでも繁殖することができます。土壌中の原生生物(真核生物のうち、動物界にも植物界にも菌界にも属さない生物)の多くはアメーバ生物で、粘菌類はその過半数を占めているのだとか。つまり、粘菌は、とてもありふれた生物です。

わたしたちが探すことができるのは、粘菌のライフサイクルの中でも、目に見えるくらいの大きさである、変形体と子実体です。林や森など、樹木が多い場所が狙い目ですが、自分の家の庭、公園や庭園などでも見つかる可能性は十分にあります。虫かごのおがくずや水槽の水際から変形体が発生した、という例も多くあるようです。

本州であれば、変形体を探すならじめじめした梅雨時、子実体を探すならからっとした梅雨の晴れ間、あるいは梅雨明けくらいがオススメです。東北や北海道など寒冷な地域では、主に針葉樹林で、秋に第2の発生ピークがあるとか。粘菌が好む気候は種類によってまちまちで、雪の下で変形体が活動していて、春の雪解けと同時に子実体を形成する、好雪性粘菌、と言われている種類もあります。子実体は環境が良ければ長期にわたって存在するので、冬でも見つけることは可能です。

POINT

倒木は粘菌探しの最重要ポイントです。もし、やや古い倒木を見つけたら、端から端まで、上から下まで、目を皿のようにしてじっくり探してみましょう。なんせ粘菌は小さいですから。うろ(樹の中が腐ってできた穴)や地面に近い下側のチェックも忘れずに。子実体は雨に弱いので、雨が当たらない場所に発生する場合も多いです。そんなとき、鏡とライトがあると好都合。膝をついてのぞき込まなくても、下から鏡をかざせば地面に近い部分も楽々確認できますし、暗くなっている場所は当然のことながらライトが威力を発揮します。また、しゃがみ込んで、落ち葉を1枚1枚めくってみることも粘菌探しの基本です。

STEP 6

『やった!レポ』に投稿しよう

粘菌(変形期)を見つけたら、写真を撮影して、『やった!レポ』に投稿してみましょう。観察したときに感じたこと、生えていた場所などを、コメントしてみんなでシェアしましょう。

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まとめ

2017年7月にスタートした日本テレビのドラマ『うちの夫は仕事ができない』は、錦戸亮さん演ずる「仕事ができない夫」の趣味が粘菌研究! 何ともマニアックな設定です。この放送を機に、粘菌に興味を持つ人が増えるのではないかと期待しています(ドラマ内の粘菌写真はぼくが提供しています)。

粘菌は主に子実体の外見で分類されており、世界で約900種、日本では約450種が知られています。各種微生物を捕食するので、生態系での役割は、動物遺骸などの分解が一気に進みすぎないように調整している、かつ、いろいろな虫や動物の餌になる、と専門書などでは解説されています。

しかし、生と死、陰と陽、動と静、柔と剛、個と全体など、相反するものをその身にまとっている粘菌を観察していると、地球上のすべての生物は、生きるために生きているのだ、という当たり前のことに気づきます。そう、粘菌観察は、科学であり哲学なんですよね。

実際に野外で粘菌を見つけた時の感動は格別です。これを機に粘菌生活を始めてみませんか。

この連載は毎月第4木曜日に、隠花植物の中から、コケ、シダ、きのこ、地衣類、粘菌を紹介しています。次回8月24日の更新もお楽しみに!

もっと粘菌(変形菌)を知りたい人のために
オススメ参考文献
『粘菌生活のススメ』新井文彦著 誠文堂新光社
http://ukigumoclub.com/index_06.html
『森のふしぎな生きもの 変形菌ずかん』川上新一著/伊沢正名写真 平凡社
http://goo.gl/pqCNTy
『粘菌 その驚くべき知性』中垣俊之著 PHPサイエンス・ワールド新書
http://goo.gl/t7Vf3F

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