82年東京藝術大学美術学部デザイン科インダストリアルデザイン専攻卒業。
NECデザインセンター、ミラノのデザイン事務所CDM社を経て91年に帰国後 (株)スタジオピーパを設立し現在に至る。大手家電・情報機器メーカーの製品を中心に色彩の戦略立案から量産時の色再現コントロールまで、トータルなCMFデザインおよびコンサルティングを行う。また、大学でCMFデザインを教えるほか、授業用に配色造形トレーニングツール「いろくみ」を考案、その普及にもつとめる。
多摩美術大学客員教授、青山学院大学・同大学院、金沢美術工芸大学、昭和大学、各非常勤講師
皆さんは、身近な植物をじっくりと観察したことはありますか?
「生を写し取る」と書いて「写生(スケッチ)」は、モチーフ(対象物)の構造やしくみを丁寧に観察し、形のなりたちを理解するために行ないます。スケッチをすることは、その存在そのもの、つまり命の力を感じ取ることにつながります。そして、スケッチを繰り返してゆくと、対象物を観察する目も養われて、これまで見えなかった微細な形まで見えてくるようになります。
このHOW TOでは、身近な植物をモチーフにしてスケッチすることで、植物の構造や仕組みを観察し、形の成り立ちを理解する方法を紹介します。でも真っ白いスケッチブックに、モチーフを正確に写しとるのはとても難しいことで、かなりの技量が必要ですよね。正確に外形を写し取れないと、その後どんなに描き込んでも、何を描いたのかわからなくなってしまいます。そんな残念な経験を何度かくりかえし、たいていの人は絵を描くことを断念してしまいます。
でも大丈夫!ここでは、モチーフの形をなぞって写しとる「トレース」という手法を用い、外形を正確に写しとったあとで、その外形内の描き込み=「観察すること」に集中してスケッチを進めます。
散歩の途中で見つけた草木や、室内の観葉植物など、身近な植物でも楽しめるので、皆さんもぜひ挑戦してみましょう。
[モチーフの準備に必要なもの]
身の回りで見つけた植物(モチーフ)
カメラ、またはスマートフォン
プリンタ(コンビニ印刷可)
[スケッチに必要なもの]
コピー用紙(A4サイズ)
トレーシングペーパー(A4サイズ)
台紙(白系の厚紙、又はケントボード / A4サイズ以上)
補助紙(白紙 / はがきサイズ程度)
鉛筆(4B?5B)
練り消しゴム
綿棒
マスキングテープ
カッターナイフ(鉛筆削り用)
はじめに、改めて「トレース」について紹介します。
トレースとは、描きたいモチーフの写真を出力しお手本にして、トレーシングペーパーという透ける特殊紙をあて、鉛筆で上からなぞることで形を写しとるスケッチ手法です。
これにより、誰でも簡単に正確な外形を描くことができ、観察に集中しながら、細部を描き込むことができるようになります。
それでは、いよいよモチーフとなる植物を探します。モチーフには、散歩の途中で見つけた草木や室内の観葉植物など、身近な植物がぴったりです。普段何気なく見過ごしている植物も、スケッチすることで、その繊細さ・精巧なつくりに改めて気づくことができます。
できれば、サンプル写真(1)のような、数枚葉のついた枝、あるいはサンプル写真(2)、(3)のような、花がついた野草を探すと、観察のポイントも多く描き応えもあります。サイズとしては、手のひらに収まるくらいが良いでしょう。
植物を採取できない方は、このSTEPで紹介している3つの素材をダウンロードできるので、ぜひ使ってみてください。
※植物の中には、トゲがあったり被れたりするものもあります、安全なものを選び注意して採取してください。
※管理された土地での植物の採取は、必ず管理者に確認した上で行ってください。
モチーフが決まったら、スマートフォンやデジタルカメラで撮影します。はじめに、背景紙として、無地(明るい灰色紙・無ければ白い紙)の厚紙(ケントボード等)を準備し、手前に採取した植物を置き、撮影のアングルを決めます。このとき、葉の付け根などが見えるような角度で撮影するのがポイントです。
ライティングは、植物の陰影が良くわかるように、モチーフに対して左斜め上から光が当たるようにすると良いでしょう。おすすめの撮影場所は、直射日光を避け、屋内の窓際やベランダなど外の半日陰を選ぶと、サンプルのような自然な陰影で撮ることができます。
次に、良い写真が取れたら、プリンターで印刷します。出力サイズは、実際の植物より1.5~2倍にすると描きやすいです。紙は普通のコピー用紙(A4サイズ)でOKです。印刷する際は、出力モードを「写真・白黒」に設定します。もし自宅のインクジェットプリンターで、専用紙を使い印刷する場合は、マット紙がおすすめです。
左斜め上から光をあてるのには理由があります。
人は画面を見るとき、左上から右下に目をうごかす傾向があると言われています。また、自然光(太陽)は常に上から降り注ぐので、左斜め上から光をあててあげると自然な印象の影が作れます。
ふだん当たり前に見ていた植物。
何故1本の幹から枝が分かれ、芽が出て、葉や花になるのか?
表だった動きは見えないけれど、脈々と地面から養分を吸い上げ、茎の中で力のたまりができ、それが表皮を突き破り、芽吹きや花開をし、結実する。その形の変化を「目で見、手で写し取る」ことによって気づく。鉛筆で黒く影を描き、練り消しゴムや綿棒で光を白く描く、を繰り返す。その単純な繰り返しの作業に、思わず時間の経つのを忘れたのではありませんか?
また、観察し写し取ることで、形の構造の理解と共に「いのちのすばらしさ」を感じるようになりませんでしたか?
本来、スケッチのためのスケッチはありません。画家やデザイナー・建築家がスケッチの技量を身につけるのは、存在しない新しい形や絵の構図を考えだし、それを実現させるための下描きとして必要だからです。つまりスケッチはアーティストの思考錯誤の痕跡なのですが、それ自体が後世に美術作品になっている例が多いのは、その試行錯誤が垣間見えることの魅力なのでしょう。
2枚3枚とトレースを描き続けてみませんか、枚数を重ねるうちにスケッチする力、観察力が身に付いてゆきます。無心になった結果も得られ、充実した時間が過ごせるようになりますよ。