大学では農学部で食品の研究を行い、卒業後は大手コーヒー焙煎会社に就職。東日本大震災を機に、食を探求しその楽しさを発信するために転職し、大規模貸し農園事業を展開。現在はあらゆる自然遊びをサイエンスの視点から語るライターとして活動。狩猟も得意で銃砲店のスタッフとしても活動している。
千葉県君津市に、未来農場CropFarmを設立。twitterアカウントは@Yuu_Miyahara
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皆さんは五穀豊穣という言葉をご存知でしょうか。現在の日本人の主食といえば米ですが、その他にも麦、粟(あわ)、黍(きび)、そして豆を加えた5種の穀物は米と同様に大昔から日本の食生活に欠かせない主要作物でした。
その中でも豆=大豆は、育てるのが容易で収量も多く、古くは縄文時代の遺跡からも大豆の原種であるツルマメの痕跡が見つかっています。
今回紹介する納豆はそんな五穀のひとつ、大豆を使った日本の伝統発酵食です。微生物の働きで豆の栄養価をさらに高めた納豆は、実は特別な道具を使わず家庭で作ることが可能です。納豆作りにチャレンジして、目に見えないミクロな自然を感じてみましょう。
植物の種が発芽する条件は大きく3つあります。それは水分、地温、光です。植物によってどのような条件がどのぐらい必要かは異なり、その必要なスイッチを全てO Nにしなければ芽を出しません。
水分はどんな植物にも必要なスイッチです。次の地温は、植物によって低い温度を好むもの、高い温度を好むものなどさまざまです。光については発芽の際に光に当たることで発芽しやすくなるもの(好光性)、光を嫌うもの(嫌光性)の種子があります。これらの条件は、植物の種が自身の生育のために最適な条件の時にだけ発芽するように作られたプログラムです。
今回育てる大豆は発芽がとても簡単な野菜です。大豆は発芽温度にうるさくない植物で、15~30℃で簡単に芽が出ます。播種適期は関東であれば5~6月ですが、注意が必要なのは、嫌光性種子であること。明るいところでは発芽率が悪くなるため、地植えであれば3cm程度の深さに蒔きましょう。
私は確実に発芽させるために、あらかじめ下処理を行います。まずは10時間ほど大豆の種を水に浸します。次に湿らせたキッチンペーパーの上に置いて暖かい暗所で1~2日寝かせます。大豆から根が伸び始めているのを確認したら、3cmほどの深さでプランターに植え付けます。水切れをさせないよう注意しながら1週間ほど待てばしっかりした芽が出て、すくすくと成長するでしょう。
大豆の苗が手に入れられない、種蒔きのタイミングを逸してしまった、そんなときは市販の枝豆の苗を植え付けるのも一案。枝豆は若い大豆の実のことですから、完熟まで育てれば大豆を収穫できます。
大豆の成長はとても早く、開花後に1~2度追肥を行えば3ヶ月ほどで結実します。実鞘がなり始めるとカメムシが実の養分を吸いに集まることがあります。見つけ次第除去しましょう。
実がしっかり膨らんでくると私たちがよく見る枝豆になります。採りたての枝豆の味は格別ですが、ここはグッと我慢して、中の豆が乾燥するまで見守ります。大豆は十分に結実すると、徐々に枯れていきます。実鞘が乾いてカラカラになったら収穫し、中の種を取り出して、乾いた状態のままザルなどで余分なゴミを取りましょう。
大豆を納豆に発酵させるのは枯草菌(納豆菌)の仕事です。伝統的な製法では稲藁納豆が一般的ですが、枯草菌は、枯れた草にならどこにでも潜んでいます。今回は稲藁を使っていますが、大豆を包みやすい細い軸を持ったイネ科の草であれば、自然から採取したもので問題ありません。
藁は余分な枯れ葉を取り除いておくと、作業がしやすくなります。稲藁納豆1束を作るには大人の手で握って、親指と人差し指がぎりぎり届くくらいの量がちょうど良いでしょう。
藁のトリミングが済んだら、20~30cmほどの間隔で2箇所、紐で縛ります。今回はせっかく稲藁が手元にありますので、縄をなって紐にします。藁の端を3cmほど残して切り揃えておきましょう。
タッパーを使って仕込むことも可能です。その場合は、使用するタッパーに入る長さに藁を切り、紐でまとめておきましょう。
縄のないかたはこちらを参照
野生児育成計画 #10「カラムシ」の繊維で紐を作ろう
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/135
納豆を作るには茹でた大豆を用います。大豆を茹でるためにはまず乾いた豆を10時間ほど浸水し、水分をしっかり吸わせる必要があります。この工程が短いと茹でても柔らかくなりません。一晩かけてしっかりと吸水させましょう。大豆は吸水すると2倍ほどに膨らみますので、容器に入れた豆の倍以上の高さに水を張るがポイントです。
茹でるときは水をさらに足し、通常のコンロであれば3時間ほど、圧力鍋であれば30分ほど火にかけ、指でつまんで簡単に潰せるくらいの柔らかさにします。
発酵食の多くは保存食としての役割を持つため、その多くは塩を使って人間に有害な腐敗菌を排除します。しかしながら納豆は、塩分を使わずに枯草菌の力だけで作ります。塩を使わないため、他の雑菌が多いと枯草菌の繁殖力が負けて簡単に腐敗します。
それでは、雑菌の繁殖を防ぐにはどうしたらよいのでしょうか? ポイントとなるのが温度です。実は枯草菌は高温に強く、120℃程度まで耐えることができます。そして雑菌の多くは100℃に耐えられません。ですから、稲藁を煮沸消毒すると他の菌を殺し枯草菌だけを残すことができるのです。そうはいっても、長時間煮込むのは厳禁です。大豆の煮上がり直前に3~5分ほど熱湯をくぐらせるだけで十分です。
鍋に全て入らない場合はレードルでお湯をかけたり、天地を返したりして満遍なく、中まで熱が伝わるようにします。
煮沸した藁を湯から上げ、余分な水分をタオルに吸わせます。火傷しない程度の温度に冷めたら、先ほどの茹でた大豆を詰め込みます。稲藁に詰めるときは藁の両端を中央に向かって押すと、藁が開きます。藁の厚みが均等になるようにくぼみを整えて、手早く豆を詰め再び藁で覆いましょう。
タッパーなどの容器を使用しても仕込むことが可能です。容器の底に刻んだ藁を敷き、大豆を入れてさらにまた藁を載せます。稲藁より通気性が落ちるため、水分は良く切っておきましょう。
このステップで重要なのが、機材の清潔さ。作業にかかる前に機材はよく洗って乾かしておくか、熱湯で消毒しておきましょう。手指もきれいに洗っておき、雑菌が入り込む隙をつくらないようにします。
枯草菌を繁殖させるには温度が重要です。最適温度は40℃~45℃ほど。枯草菌の力が弱いと空気中の雑菌が先に繁殖する可能性が高まります。できれば確実に温度を管理したいところです。
今回はペット用のパネルヒーターを保温の熱源にしました。これを発泡スチロールの箱に敷き、タオルを乗せて保温箱とします。使い捨てカイロ等を使っても同じようなことはできますが、仕込み前に一度事テストを行い、何℃くらいをどれくらいの時間保てるか確認すると良いでしょう。使い捨てカイロは酸素を消費し発熱しますから、酸素の流入の確保についても忘れずに。枯草菌は空気を好みますので、完全に密封しないように注意しましょう。
納豆の発酵は、枯草菌の増殖力に依存しています。枯草菌が先に培地に広がることで、他の雑菌の繁殖を抑えています。発酵中に最適な温度を外れると、清潔に保っていても、空気中の雑菌(カビ)などが、枯草菌がまだ繁殖していないスペースで先に繁殖を始めてしまいます。
確実に納豆を作るためには40℃の温度を保つことが肝要です。ヨーグルトメーカーなどを使うと失敗せずに作れますので、お持ちの方は、まずはここから試してみるのも良いかもしれません。
いよいよ実食ですが、まずは開けて目視確認してください。湿った白い菌で全体が覆われていればO K。綿状のカビが生えてしまったら失敗です。
次に納豆独特のにおいがするか嗅いでみましょう。失敗して腐敗菌が勝ってしまった場合、ドブのような悪臭がします。この場合は失敗ですので、機材をきれいに消毒し、やり直してください。
難しいのが発酵と腐敗のどちらの気配も感じられたとき。腐敗と発酵の境はときどき曖昧になります。納豆に限らず、発酵8割、腐敗2割といった感じで発酵しているけど少し腐敗もしている、といったことも起きます。自信が持てるまでは、怪しさを感じたときは食べないほうが賢明です。
においに問題なければ、最後に口に入れてみます。まずは飲み込まずに口の中で咀嚼し、違和感がないかを確認します。人間の味覚は自覚している以上に鋭いものです。美味しい!と感じたなら大成功です。
天然の枯草菌で作った納豆は、市販品とは香りが違います。さらに稲藁の香りも加わって、飲み込んだ後もしばらく鼻腔に納豆の存在を感じるほどです。反面、納豆の粘りは少し弱めです。これは一般に市販される大豆が大粒であることと市販される納豆の種菌が食べやすく品種改良されたものだからです。
あまりの香りの強さは苦手に感じる人もいるかもしれません。そんなときは練りからしを入れてみてください。今でも納豆のパックには練りからしがついていることが多いですが、元々は納豆の強い香りを中和するために使われ始めたと言われています。ほんの少し入れるだけでとてもマイルドで食べやすくなるはずです。
発酵時間が長すぎると分解が進み、チロシンという白いアミノ酸の結晶ができることがあります。味には影響はありませんが食感が良くないので、注意しましょう。
納豆の種菌は購入することも可能です。マイルドな納豆が好きな人は、最初からこうした種菌を利用するのも手です。
完成したら、写真をとって『やった!レポ』に投稿しましょう!苦労したことや工夫したこと、感想などあれば、ぜひコメントにも記載してください。
「微生物」の概念が存在しない大昔から、人々は暮らしの中で発酵食を生み出し、利用し続けてきました。もちろん私たちも肉眼で微生物を捉えることは不可能です。普段の生活で意識することもまずないでしょう。
しかし、百聞は一見にしかず。こうして実際に発酵食品作りをしてみると、目に見えずとも確かにその存在を確認できるはずです。微生物はわたしたちに最も身近な、小さな自然なのです。