幼少期を豪雪の自然豊かな地域で育ち、大学時代に野外教育を学ぶ機会を得て、富士山麓の民間団体「ホールアース自然学校」に就職。プロとしてキャンプや教育旅行、エコツアーを提供するとともに、全国各地のプログラム開発や人材育成に関わる。2006年より松本大学総合経営学部観光ホスピタリティ学科に在籍。エコツーリズムや自然体験活動、環境教育を大学教育で取り扱う。ほかにNPO日本エコツーリズムセンター共同代表理事、自然体験活動推進協議会トレーナー(2016年現在)。
ここでは、「水槽田んぼ」をつくり、稲の苗を植えて、秋まで育てて収穫を楽しみます。水を入れた水槽は、屋外に置いておいたり、生き物のいる土を入れたりすることで、身近なビオトープになります。通常の農業田んぼとは違い、水は常にためておき、収穫の日も、収穫後も抜きません。この方法は、稲の生理と、自然の生態系に合わせた栽培方法なので、きちんと育ち収穫できます。屋外に置くと藻がでてきて、イトミミズが増え、どこからかやってきた生き物が、水槽田んぼに住み着きます。小さな田んぼビオトープが、どんどん生き物でいっぱいになっていきます。こうした田んぼの姿は、昔は当たり前でした。水槽を置く環境が里山であれば、今は貴重となってしまった田んぼの生き物が復活することも期待できます。室内に置く場合は、同じく水系で取れるタニシやメダカ、ドジョウなどを飼うと、その生態系が観察できます。その場合は、遠くから来た生き物を放流しないようにしましょう。室内の身近なところに置けば、毎日水槽田んぼを観察できます。
水槽(大)
1つ
土(農薬を使っていない田んぼの土、畑の土が好ましい)
水槽の深さ8cmほど
水(水道水は汲み置きしてカルキを抜いたもの)
稲苗
4~6本
あれば 米のとぎ汁
100ccを1Lに薄める
あれば 藁か、刈り取った前年の稲の古株
一株分
あれば 肥料としてクズ大豆
少々
水槽田んぼを準備します。
水槽は、大きいものを選んでください。小さい水槽では、夏に水温が上がり過ぎて、稲の生育も、そこに住む生き物にとっても、厳しい環境になります。水槽の代わりに、発泡スチロールの箱(参考:幅30cm、長さ50cm、深さ20cm)でも代用可能です。発泡スチロールは、熱が遮断できるので、気温の高くなる地域には向いています。
はじめに水槽に、土(水槽の深さ8センチくらい)を入れて強く押し固めます。そこに、土から5センチくらいまで水(水道水は、一晩汲み置きしたもの)を入れます。水道水を一晩汲み置きするのは、カルキが抜けて生き物が住めるようになるからです。
この状態で、1~3日置いておきます。この作業は、田んぼの春の作業と同じです。
土と水は、稲を含むすべての生き物のすみかであり、栄養源です。畑の土でも良いですが、できれば、農薬を使っていない(または使用が少ない)田んぼの土が良いでしょう。さらに、有機栽培の田んぼの土を一握り入れると、プランクトンが含まれているので、生き物の住む環境づくりのスタートには最適です。都市に住んでいて土がない人は、田舎に行って農家さんに分けてもらいましょう。ホームセンターなどに販売されている園芸用・畑用の土では、生き物は住めません。
稲は5月頃に盛んになる田植えの時期に、お百姓さんに余った苗を分けてもらうと簡単です。もらえる苗の9割方は、機械植え用の苗で2~3枚しか葉っぱが出ていないものが多いでしょう。3本まとめて植えるつもりで6本くらいもらいしましょう。昔ながらの手植え用の成苗(5.5葉)を育てている人がいるとベストです。その場合は、2本まとめて植えるつもりで4本くらいもらいましょう。
水槽田んぼを準備して1~3日後、土が沈んで、水と土が分かれている状態が確認できたら、いよいよ田植えをします。大きな水槽に2株だけ植えます。機械植え用の苗であれば3本を、手植え用の成苗であれば2本を、親指と人差し指、中指の3本でつまむよう持って、水槽の右側と左側の真ん中に、それぞれ第一関節の深さまで植えます。
田んぼの土であれば、特に肥料はいりませんが、米のとぎ汁、藁(または稲の古株)、クズ大豆を少々、を入れるとプランクトンや藻が増え、栄養素が増えます。これは、無農薬・無化学肥料での稲栽培と同じ方法です。
日当たりの良い場所に水槽田んぼを置き、苗の成長に合わせて、だんだんと深水にしていきます。屋外では雨水もそのまま入ります。水道水は一晩おいたものを使いましょう。15センチくらいの深さを保つように、水を足しながら様子を見ましょう。
藻が生えますが、田んぼの土にあった卵が孵化したタニシや、モノアライガイなどが、壁をきれいに掃除してくれます。この頃から、オタマジャクシが飼えます。ただし、足が出るとカエルになり、水に住めなくなるので、陸地に逃がしてあげましょう。
田植え直後の水の深さは、5センチくらいの浅目が良いでしょう。稲の苗は、根ではなく葉で呼吸している性質があるので、初めは深すぎると溺れて成長が悪くなってしまいます。葉が分かれる場所が空気にふれる程度に、徐々に水を深くしていきます。
田んぼの土にタニシの卵があれば、タニシが増えます。陽に当るとプランクトンが増えて、稲わらから藻が張り、ウキクサが水面を覆うなど、さまざまな生き物がすみ始めます。稲の葉にはクモの巣がついたり、水の中には小さな生き物が泳いでいたり、観察するといろいろと発見することができます。雑草がはえても、稲が太陽の光を浴びられる程度の背丈なら、そのまま抜かずに置いておきましょう。
9・10月になり、稲穂が実りカレー色になったら、いよいよお米の収穫です。この水槽田んぼでは、お茶碗一杯分くらいのお米がとれる見込みです。はさみやカッターナイフを使って、稲刈りをします。
刈った稲の穂は、手で取ったり定規などでしごいたりすると、実が取れます。少量ですから、ビンに入れてついたり、箱に入れて板ずりしたり、すり鉢に入れてソフトボールなどでこするなどして、脱穀(だっこく)します。籾(もみ)がむけると、白いお米が現れます。少量ですが、炊いて食べてみましょう。自分で育てた、取れたての新米は、甘みがあり美味しいですよ。
稲刈りが終わっても、水槽田んぼには水を足し続け、そのまま翌春まで保ちます。生き物たちはそこで冬を越し、翌年には、より美味しいお米をつくるための糞(ふん)などの栄養を溜めてくれます。特にイトミミズの糞は、最高の栄養です。また、寒くなれば冬眠する生き物、卵を産んで死んでしまう生き物など、その姿は自然の水場そのものです。
2年目、3年目になると、より安定した環境になり、水槽田んぼも生き物が住みやすくなります。この頃には、近くで取れたメダカを入れるとたくさん増えるでしょう。
田んぼでつくられるお米は、私たちの主食です。近年の田畑は、増産の目的で多くの化学肥料や農薬が使われるようになり、農地の里山の生き物の姿は見られにくくなりました。でも、環境を考えてがんばっているお百姓さんも多くいらっしゃいます。消費する私たちも、小さな田んぼで生き物を育てながら、自分で稲をつくることができます。稲は数多くの農作物の中でも、単純明快な性質で、人の力をしっかり借りて育つ、横着でとても身近な作物です。半年だけ、一回限りでも、水槽田んぼを試してみてください。自分ひとりが大変なら、家族みんなで、保育園や幼稚園で、高齢者施設や公共の施設で、街のカフェで…。失敗もあるかもしれません。過去にホームセンターの土でつくった水槽田んぼでは、稲は秋になっても一向に穂を出しませんでした。それでも、きっと多くの人にとって、面白くて不思議な田んぼという自然との出会いがあると思います。参考)日本不耕起栽培普及会 講習会「不耕起でよみがえる」岩澤信夫、創森社