株式会社ヤマテン代表取締役。気象予報士。中央大学山岳部監督。カシオ「PROTREK」アンバサダー。国立登山研修所講師、専門調査委員。茅野市縄文ふるさと大使。1997年チョムカンリ(7,048m)登頂、 2003年エベレスト西稜(7,650mまで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走など国内外での登山経験を活かし、2011年、国内唯一の山岳気象専門の気象予報会社を立ち上げる。「世界の果てまでイッテQ」登山隊や、竹内洋岳氏など登山家や撮影隊に気象情報を提供し、高い信頼を得ている。登山者向けサイト「山の天気予報」i.yamatenki.co.jp/lp/ を運営している他、全国で山岳気象の講習会を実施。
観天望気(かんてんぼうき)とは、雲を見たり、風を感じたり、人間の五感を使って今後の天気を予測すること。気象遭難は、天気予報が外れるとき、天候が急変するときに多発しています。山で空を眺めることは、暴風雨や雷雨など登山におけるリスクを回避する意味でも重要です。また、雲は目に見えない空気の“気持ち”(状態)を語ってくれます。雲を知ることで、空の気持ちが段々分かってくると、空を見ることが楽しくなっていきます。
このHow toでは、雲から空気の“気持ち”を読み取るために、雲ができる理由や、“危険な”雲の見分け方などを紹介していきます。山を登るとき、時には空を見上げて雲の声に耳を傾けてください。きっとあなたが知らない景色が見えてくるでしょう。
雲は、無数の水滴や氷の粒があつまった集合体です。水滴や氷の粒は、空気中にある水蒸気が冷やされることによって、塵などの周りにくっついて作られます。空気は上昇すると、冷やされることから、水蒸気を含んだ空気が上昇気流によって上空に運ばれると雲ができます。
雲には“やる気”のある雲とない雲があります。“やる気のある雲”というのは、雲がもくもくと上方に成長していくことです。代表的なのは、夏場に良く見られる入道雲(にゅうどうぐも)です。
“やる気のない雲”は、綿のような雲(わた雲)が入道雲に成長できずにやがて消えていってしまう場合や、雲海のように横に広がっていく雲のことです。
雲がやる気を出すと、落雷や強雨、突風などをもたらす“危険な雲”積乱雲になっていきます。逆にやる気を出さなければ、登山者に危険を及ぼす雲にはなりません。つまり、雲の“やる気”によって天候が大きく変わり、登山者のリスクも変わります。雲の“やる気”を判別するには、雲を観察することが大切です。
では実際に、“やる気”のある雲を見極める方法を紹介します。 “やる気”のある雲には特徴があります。下記に当てはまると、“やる気”のある雲の可能性が高くなります。
【 “やる気”のある雲の特徴】
・雲のテッペンがソフトクリームやカリフラワー状になっている。
・雲のテッペンが10分前、30分前と比べて高くなっている(写真1)。
また、“やる気”のある雲を見つけたら、どの位、危険が差し迫っているかどうか、下記の危険度で判断することができます。
【“やる気”のある雲の危険度】
危険度C:“やる気”のある雲が周囲で発生してきている。
危険度B:“やる気”のある雲が接近してきている。
危険度C:雲の底が暗くなっている(写真2:左)。
危険度B:雲の底が10分前と比べて、さらに暗くなっている(写真2:右)。
危険度B:雲の底の暗い雲に凹凸ができている(写真3)。
危険度B:雲のテッペン付近に透き通ったスジ状の雲がある(写真4)。
危険度A:雲のテッペン付近に頭巾のような雲ができている(写真5)。
危険度A:アーク状(弧を描いたような)雲を見つけた。
危険度A:急に真っ黒な雲の方から冷たい風が強く吹いてきた。
※危険度について
危険度C:
今後の状況によっては、激しい雷雨に襲われる可能性がある。“やる気のある雲”が危険度B、Aになっていくようなときは、すぐに少しでも安全な場所に避難を。また、電波が通じるところでは、雨雲レーダー、雷レーダーをチェックして周囲に危険な雲がないかどうかを確認しましょう。
危険度B:
数分から数十分後に雷を伴った激しい雨が降る恐れ。すぐに沢から離れ、避難小屋、営業小屋、窪地などに避難。高い木からは4メートル以上離れる。
危険度A:
今すぐにでも雷を伴った激しい雨が降る恐れ。すぐに沢から離れ、避難小屋、営業小屋、窪地などに避難。高い木からは4メートル以上離れる。
“やる気”のある雲を見つけ、その危険度が判断できたら、危険度に合わせて少しでも安全な場所に避難をしましょう。
※クレジット
写真(3):「空のふしぎがすべてわかる!すごすぎる天気の図鑑(著者:荒木健太郎)」(KADOKAWA)からの転載
https://www.amazon.co.jp/dp/4046051515
STEP3では、“やる気”のある雲の見極め方を紹介しましたが、その他にも天気が崩れることを予測できる雲があります。ここでは、強風や悪天のサインとなる雲・現象を見てみましょう。
【強風や悪天のサインとなる雲・現象】
・レンズ雲
レンズ雲は風が強いときにできる雲で、風が山などを越えるときに上下動を起こし、風(空気)が上昇するところで発生します。レンズ雲の数が増えてきたり、二重、三重になって吊るし雲になっていくときは、天気が崩れていきます。
・笠雲
富士山や利尻山など独立峰を眺めていると、頂上部分が帽子のような雲で覆われている時や、付近にUFOのような円形の雲が浮かんでいることがあります。「笠雲が現れると雨が降る」ということわざがあるように、笠雲と吊るし雲は天候の悪化を私たちに教えてくれます。特に、笠雲や吊るし雲が二重、三重になるときは、大荒れの天気となることがあります。
・暈(かさ、英名ハロ)
暈とは、太陽の周りにできる虹色の環(わ)のことです。暈は太陽の周りに薄いベールのような雲が広がっているときに出現することが多いので、薄い雲が太陽の周辺に現れていたら、空を見上げてみましょう。「暈が現れると天気が崩れる」ということわざがありますが、暈には天気を崩すものと崩さないものとがあります。朝のうち、東の空に見られる暈は天気に関係がありませんが、暈が現れたあと、西の空からおぼろ雲が現れたら下り坂になります。
・尾流雲(びりゅううん)
尾流雲とは、雲がシッポをはやしたように、雲底から下に垂れ下がっているレースのような雲です。この雲は、雲から落ちてくる雨や雪が地上に達する前に蒸発していったもので、それが目に見ている訳です。この雲が現れると、まもなく雨が降り出します。雨具の用意をしましょう。
・ピンク色に染まる夕焼け
赤く燃えるような、あるいはピンク色になるような夕焼けは空気中の水蒸気が多いときに見られるので、翌日天気が崩れることが多いです。ただし、梅雨時や台風通過後に見られる夕焼けは天気に関係のないことが多いです。
・ひつじ雲が焼けるとき
ひつじ雲が焼けるときは、美しい夕焼けになるが、翌日、天気が崩れることも多いです。
※クレジット
写真(笠雲):山中湖観光協会「富士山ライブカメラ」からの転載
https://lake-yamanakako.com
強風や悪天のサインとなる雲・現象は紹介しましたが、天気は刻々と変化するもの。ここでは、天気が崩れるときの雲の変化を2つの例で紹介します。
【天気が悪化するときの雲の変化】
・うす雲(薄いミルク色の雲)が西の空から広がってくる(写真1)。
・うす雲が全天を覆うようになるころ、おぼろ雲(灰色のムラのない雲で、太陽が透けて見えることがある)に変わるが、太陽が雲の間から透けて見える。次に、雲が厚みを増して太陽が透けて見えなくなり、雲の下に尾流雲が見られることもある(写真2)。
・おぼろ雲がより暗い色の雨(雪)雲に変わり、ちぎれ雲(断片的な雲)が雲の下に現れると、まもなく雨(雪)となる(写真3)。
【天候が大きく崩れるときの雲の変化】
次のように雲が変化するときは、大荒れの天気になることがあるので注意!
・うす雲(薄いミルク色の雲)が西の空から広がってくる(写真1)。
・うす雲が全天を覆うようになるころ、ひつじ雲(ひつじの塊のような雲)が全天の広い範囲を覆っていく。次に、ひつじ雲が全天を覆う頃に、西の空からおぼろ雲に変わる(写真4)。
・おぼろ雲が雨(雪)雲に変わる(写真5)。
雲を観察することで、今後の天気が良くなるかどうかを判断することができることがあります。ここでは、天候が良くなるときに現れる雲・現象を見てみましょう。
・雲海が出ると晴れ(写真1)。
・陽が高くなっても雲の“やる気”がない(写真2)。
・オレンジ色の澄んだ夕焼けになる(写真3)。
・東の空に虹が出る(写真4)。
これまで、天候が悪化したり、良くなるときに現れる雲について見てきました。では実際に山にいるとき、どの方角にある雲を眺めたら良いのかを紹介します。
・風上側の空を見る
空を見るときの基本は“風上側の空を見る“ことです。雲は上空の風に流されているため、風上側に発達した雲があるときは、その雲が近づいてくる可能性が高くなります。事前に天気図から風向きを読み取っておくのもいいですが、現地でも確認できます。周囲が開けた場所では、風の向きをコンパスで読み、樹林帯や谷の中など風が読めない場所では空を見上げて雲の流れを見ると風向きがわかります。
・西側の空を見る
日本の上空は夏を除き、偏西風(へんせいふう)と呼ばれる風が、西から東へ吹いています。低気圧や高気圧が西から東へ進んでいくのもそのためです。したがって、西の方角の空を見るようにしましょう。西から雲が広がっていくときは、天気が崩れる可能性があり、西の空が明るくなってきたときは、天気が回復していくことが多くなります。
・日本海側の空を見る
気象遭難が多発している日本海側の山岳では急激に天気が変化し、天気予報が外れることがあります。そのようなとき、日本海の方向から雲が接近してきます。稜線や、日本海の方向が見渡せる尾根上にいるときには、日本海(多くの山岳では西や北西側)の方向の空を頻繁に観察するようにしましょう。
日本海側の山岳では、日本海に入道雲が帯状に連なっている雲の列があり、それが接近してくるとき、天候が急変します。写真(1)のように、日本海の方角に積乱雲の雲の列が連なるときは、すぐに安全な場所に避難をしましょう。
山麓の登山口では晴れていたのに、山の上に行くと、天気が悪くなったという経験をした方はいらっしゃるでしょう。平地では、低気圧や前線が近づいてくるときに天気が崩れますが、山では低気圧や前線が近くになくても崩れることがあります。それは、山の地形には凹凸があって上昇気流が起きやすいためです。
山では海側から風が吹くと、天気が崩れやすくなります。海の上には水蒸気がたっぷりあり、海側から風が吹くと、水蒸気を多く含んだ空気が山の方に運ばれて山の斜面を上昇し、雲が発生するからです。日本海側の山では、日本海の方角から、太平洋側の山岳では太平洋の方角から風が吹くと、天気が悪くなることが多いです。登山中には、風向きを時々チェックし、海の方角からの風になっていないかどうか調べましょう。また、風が弱い所では、上空の雲の流れから風向きを調べます。
STEP8では、登山中には風向きをチェックすることが重要であるとお伝えしました。風がある程度吹いているときは、体で感じる風向きから、風が弱いときや無風のときには、上空の雲の流れから風向きを判断することができます。
ここでは、さらに踏みこんで、登山でもよく使われるコンパスと、登山者でも使用されることの多い時計(PROTREK)を使った、体で感じる風向きを読み解く方法を紹介します。
【コンパス編】
(1)風が吹いてくる方角に体を向ける。
(2)コンパスを水平に持ち、赤い針が示す方向(磁北)とダイヤルのN(北)を合わせる。
(3)(2)の状態で動かさないようにし、風が吹いてくる方角のダイヤルを見る。
(4)(3)のダイヤルが示す方角が海の方角かどうかを調べる。
【PROTREK編】
(1)風が吹いてくる方角に時計のN(12時)の方向を合わせる。
(2)右上のボタンを押す。
(3)時計の画面に出た方角が風向きです。それが海の方角かどうかを調べる。
PROTREKの方がコンパスより簡単に調べられますので、おすすめです。
風向きは、日本海側の山岳では特に重要です。日本海からの風が吹いてくると、天候が急変する恐れがあるからです。また、そのようなときに気象遭難が多発しています。また、八ヶ岳では、西風が強まるときや、西風が東風に変わるときに天候が崩れていくことが多く、太平洋側の山岳では、西風が南風や東風に変わるときに天候が崩れていくことが多くなります。ご自身の登られる山の位置によって判断していきましょう。
天気は、地形によって影響を受けます。特に、山岳地帯では地形に大きく左右されます。したがって、私も天気予報を考えるときには、片手に地図を、片手に天気図を見ながら予報を組み立てていきます。ここでは、2つの例を見てみましょう。
【例1】
1枚目の写真のように、山を挟んで反対側は晴れていて、反対側が曇っていることがあります。写真はその典型です。山を挟んで北側(右側)が曇り空で、南側(左側)は晴れています。どうしてなのか気になりますよね(笑)?答えは地図に書かれています。
この日は北から風が吹いていました。日本海から水分をたっぷりと受け取った空気は、千曲川に沿って南へと運ばれていき、霧ヶ峰など中央分水嶺の山で上昇させられて雲ができました。一方、山を越えると下降気流となるため、空気が温められて雲は蒸発していきます。つまり、この写真の雲は日本海育ちの雲なのです。口を開けて雲が入ってきたら、塩味がするかもしれませんよ。
【例2】
2枚目の写真は、蓼科山の山頂近くから撮影したものです。雲が奥(南~南西側)から手前(北~北東側)に向かって押し寄せてきましたが、綺麗に雲がある所とない所が左右(東西)に分かれています。この雲はどこから来たのでしょうか?早速、地図を見てみましょう。
雲を良く見ると、南アルプスと中央アルプスの間をすり抜けるように入ってきています。ここは天竜川に沿った谷になっています。湿った空気は、山にぶつかるとそれ以上進めませんから、谷に沿って進んでいく傾向にあります。また、この日は南寄りの風が吹いていたので、太平洋育ちの雲が天竜川に沿って北へ運ばれたものと思われます。
いかがですか?
雲ができている理由を地図から推測できれば、さらに雲を見ることが楽しくなっていきます。
このHow toを参考に、山に出かけ、空を眺めて面白い雲を見つけたとき、雲が生まれた理由が分かったとき、あるいは雲を観察してその後の天気を予想できたときは、ぜひ空の写真を撮って『やった!レポ』にもアップしてください。気づいたことや感想などもあれば、コメントもつけてください。
雲はさまざまな表情を持ち、私たちに空気の“気持ち(状態)”を語りかけてくれます。それを読み取るために必要な知識について学んできました。登山者に危険を及ぼす落雷や強雨、強風などを知らせてくれる雲の存在や、どの方角の空を見上げたらいいのか?天気に大きな影響を与える風向きの調べ方、雲がそこにある理由を地図から調べることなど、空気の“気持ち”を読むことは容易いことではないかもしれません。まずは、通勤途中や公園の散歩など、下界でチャレンジしてみてください。ひとつずつで構いません。次に、山の上で同じことをやってみてください。下界ではあまり理解できなかったことが驚くほど理解できると思います。そのとき、あなたは山登りの楽しみが増えたことを実感することでしょう。
さら詳しく知りたい方に
《おすすめサイト》
登山者向け「山の天気予報」
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《おすすめ書籍》
「山の観天望気 雲が教えてくれる山の天気(著:猪熊隆之, 海保芽生 出版:山と渓谷社」
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「山岳気象大全(著:猪熊 隆之 出版:山と溪谷社)」
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「山岳気象予報士で恩返し(著:猪熊 隆之 出版:三五館)」
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登山をする機会はあまりないのですが、「やる気のある雲」と「やる気のない雲」という表現が、興味深く、そして、とてもわかりやすかったです。
空を見上げて、「お、やる気マンマンだな」「いや〜、やる気ないな〜」とか、雲を生き物のように眺めるのが、楽しみになりそうです。