狩猟採集、野外活動、自然科学を主なテーマに執筆・編集するフリーランスのエディター、ライター。川遊びチーム「雑魚党」の一員として、水辺での遊び方のワークショップも展開。著書に『海遊び入門』(小学館・共著)ほか。twitterアカウントは@y_fomalhaut。
年々、苛烈さを増していく日本の災害。地震、台風、水害……。自然災害はどこか遠くの出来事ではなくなり、明日にも自分にふりかかるかもしれないものになりました。「いざ」に備えて、道具や食料を用意しておかなくては……と、誰もが思っているでしょうが、防災についての情報が溢れかえり、何からそろえれば良いのか分かりづらくもなっています。そんな時、ヒントになるのがキャンプです。ライフラインから離れた場所で生活をまかなうキャンプには、防災のノウハウがたくさん詰まっています。そして、防災を意識したキャンプのキーワードになるのが、「保温」と「補給」です。この2つを前提にするだけで、被災時にどんなものが必要か明確になります。普段から被災時をイメージして道具を用意し、キャンプを楽しんでおけば、災害に余裕をもって対峙できます。
<持ち出しバックパック>
ダウンジャケット
1着
ダウンパンツ
1着
バックパック
1個
レインウェア上下
1式
着替え一式
洗面具
寝袋
1個
マット
1個
トイレットペーパー
1巻
救急セット
太陽光充電ライト
1個
ヘッドランプ
1個
換え電池
ナイフ
1本
ライター
1本
ロープ
1~3本
<車載>
テント
1張
タープ
1張
長靴
1足
卓上コンロ
1個
キャンプ用クッカー
1式
浄水器&ウォーターバッグ
1個
ノコギリ
1丁
ソーラーパネル
1個
人間が身ひとつで野外を生き抜くには、いくつかの外せない条件があります。そのうちでもっとも重要な原則が「体温を適切な温度に保つ」ことと「水と食物を補給し続ける」ことの2点です。この2点が確保できて睡眠と休養がとれれば、基本的に人は死にません。
私たちの普段の暮らしでは、衣類と家屋、空調によって快適な体温を保っています。野外やあるいは被災時には、家屋が倒壊したり空調が使えなくなるので、別の方法で快適な温度を作り出さなくてはいけません。
そしてもうひとつの重要な要素である「補給」は備蓄と調達の二つの手段が考えられます。次ステップ以降はそれぞれの具体的な方法を考えていきましょう。
防災キャンプに必要な道具は一般のキャンプとまったく同じ。ただし、一般のキャンプが楽しむことに重点を置くのに対し、防災を意識したキャンプでは命をつなぐことに注力します。
より具体的にいえば、防災キャンプでは「少ない道具で最大の効果を生む布陣」を考えましょう。道具選びの第一の条件は、自力で運べるものであること。どんなに高性能であっても、持ち運べなければ被災時には使えません。自身のライスタイルや暮らす地域の交通事情に応じて「バックパックひとつで運べるもの」を基本にして、車やバイクなどの手段で運べるものを用意します。
バックパックはいわゆる非常持ち出し袋と考えてOKです。自宅以外の避難場所に入る時の装備を収めます。入れるのは防寒着、レインウェア、着替え、マット、寝袋、ヘッドランプ、救急セット、ナイフ、ライター、ロープ、洗面具、トイレットペーパーなど。これらに加えて携帯電話や充電器、貴重品、当座の飲料水も収納するので、バックパックは容量にある程度余裕があり、内容物を濡らさない防水仕様のものがおすすめです。
そして車などに用意するのはテント、タープ、長靴、カセットコンロ、クッカー&カトラリー、浄水器、ノコギリ、ソーラーパネルなど。状況に応じてこれらの道具はバックパックに入れてもよいでしょう。そして車には、これらの道具に加えて飲料水や食料を積み込みます。写真は私の例ですが、この装備に水と食料があれば数ヶ月をしのぐことができます。
道具選びで重要なのは、「命をつなぐのに欠かせない道具」なのか「被災時の生活の質を高める道具か」の見定め。前者からそろえ、後者は自身のニーズによって拡充していきましょう。
気温の低い時期の衣類はとにかく保温に注力。長く着用してもにおいにくいウールの上下に、フリースなどの中間着を重ね、その上に中綿の入った防寒着を身につけます。
現代では多くの人が、ダウンジャケットのような暖かい防寒着を持っているでしょうが、防寒を意識して新たに衣類を導入するなら、最初に買うべきはダウンのズボンです。体熱は防寒の貧弱な部分から奪われていきますが、日本人は下半身の防寒に無頓着な傾向があります。下半身を覆う中綿入りのズボンを履くだけで、上半身を着膨れさせなくても体を暖かく保つことができます。
そして、ダウンのズボンには「行動中も暖かい」というメリットがあります。寒い時期の野営では暖かい寝袋が必要ですが、ダウンの上下があれば、寝袋を薄くコンパクトなものにでき、しかも寝袋を出ても暖かく過ごせます。
暖かさの確保が必要な冬とは反対に、夏場は体熱を放出することが重要です。においにくさでは薄手のスポーツ用のウールがよく、熱と汗の発散では化繊のシャツが快適で、また短時間でもよく乾きます。
体を温める手段や着替えが限られる状況で、絶対に避けたいのが体を濡らすこと。一度濡れると気化熱によって際限なく体温と体力が奪われてしまうので、全身を覆えるレインウェアも早いタイミングで購入しておきましょう。
足元は地面が乾いていればローカットのトレッキングシューズ、ぬかるんでいる場合は長靴が最適。くるりとまとめられる長靴は何かと便利です。
成人は体に摂りこむ分だけで、1日に1.5~2リットルの水を必要とします。災害に備えるなら、この水分量に想定する災害の日数をかけたものを備蓄しなくてはいけません。長期保存が可能な水を大量に備えておくのもひとつの手でしょう。
私の家ではアウトドア用の浄水器を用意して、いざという時には溜めておいた風呂水を浄化できるようにしています。こんな浄水器を導入すれば、家でいちばん大きな容器を飲料水の貯水タンクに使えます。
そしてこの浄水器は、野外の水を濾過することもできます。我が家は災害に備えて、濾過すれば飲める水質の水が湧く、水源の近くへと転居しました。水源の近くへ転居、というと大げさに聞こえるかもしれませんが、私が暮らすのは新宿から20分ほどの郊外の市街地です。地形をよく確認すれば、東京近郊でも水源を見つけられます。
東京西部に広がる台地はその外周を川に削られており、こんな台地の際の崖には、台地の上に降った雨水が染み出す湧水があります。台地の上も住宅地なので山水のような清冽さは望めませんが、浄水器に通せば飲めるレベルの水は東京でも随所に湧いています。
東京でなくても、山が近い地域なら湧水から飲料水の確保が可能です。普段から家の近所の湧水地を探しておきましょう。また、水道関係の施設では非常時に給水を行える場所もあります。このような給水場の情報は自治体へ問い合わせて知ることができます。被災時には、なんらかの理由で回線が使えないかもしれません。湧水地や災害時に解放される給水場の情報は平時のうちに確認しておきましょう。
災害に備えて用意する食料の備蓄量は、住む地域によって異なります。3日から1週間など、備蓄すべき食料の指針はさまざまですが、住んでいる都市の規模が参考になるかもしれません。人口が少ない地域に住んでいれば、災害時の被災者は少なくなるので日本全体から支援が集まります。また、そういった地域は食料の生産地に近く、交通量も少ない、という地の利もあります。
その反対に大都市では、支援者の数に対して被災者が多くなり、物資が行き渡りづらくなります。以前、東京消防庁の方に東京をモデルに大規模災害の発生と復興について聞いたことがあるのですが、首都圏直下型地震が東京を襲った時には、プロによる救助はまず望めない、と言っていました。被災者の数に対して救援する側があまりに少なく、また救援するプロも家族ととともに被災するので、交通機関の働かない状況では自分の持ち場に入るのに非常に時間がかかる、とのこと。
こんな状況では1週間分の備えでも、十分ではないかもしれません。我が家は災害を見越して常に2週間分の食料をストックしています。とはいっても特別なことはしていません。スパゲティやうどんのような乾麺と米を多めに購入して、使い切る前に新たに新しく購入しています。防災用語で「ローリングストック」と呼ばれるこの備蓄方法は、水と火が確保できる環境なら簡単かつ効果的です。
保冷なしでも日持ちする根菜類を普段から食材として使いまわしておき、野菜の価格が安い時には干しあげて乾燥野菜を作っておくのもよいでしょう。乾燥野菜は、もとの10分の1程度の重さになるので、登山やキャンプの食料として便利です。
都市ガスが供給される地域では、地震などでガス管が破断すると調理に火を使うことが難しくなります。卓上コンロと適合するカートリッジは多めに用意しておきましょう。使いやすさと価格では市販の卓上コンロ、持ち出すことを考えると登山用のガスストーブに軍配が上がります。車での移動が許される地域なら、卓上コンロで十分です。薪が期待できる地域なら、ウッドガスストーブも火器の選択肢のひとつになるでしょう。
野生児育成計画#7 空き缶でウッドガスストーブを作る!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/112
水害、地震、台風などでは家を離れることになるかもしれません。そんな時に心強いのが風雨と人目を遮るテント。テントは丈夫なものなら登山用でもファミリーキャンプ用でもどちらでも問題ありません。前者は圧倒的に風雨に強く、後者は居住空間が広いというメリットがあります。
私は耐風性と持ち運びができるという点で、災害用のテントは登山用にしています。登山用テントは居住空間が狭いので、リビング的に使えるよう中判のタープも合わせて用意しています。
寝具はマミー(ミイラ)型の登山用寝袋を家族分用意します。寝袋にはおおよその適合温度が表示されていますが、メーカーが表記する温度ではまず寒いので、適合温度が自分の住む地域の最低気温からマイナス10℃した値のものを購入するのがおすすめ。こうしておけば真冬でも暖かく眠ることができます。
災害時、密かに問題になるのが排泄の問題。2019年の台風では、配管の詰まったタワーマンションで糞便の逆流が問題になりました。数日で復旧する見込みがあれば、市販の携帯トイレでもこんな急場をしのげるでしょう。しかし、災害が1週間、10日と長引いたら……。携帯トイレは回収されぬまま、積み上げておくことになるでしょう。
長期戦で現実的なのはやはり野糞。土を掘って排泄し、また埋め戻せば数ヶ月で土に還ります。現代の野糞界の巨人、「糞土師」の伊沢正名さんが提唱するスタイルが「葉っぱのぐそ」。分解しづらいトイレットペーパーを使わず、野にある葉っぱでお尻を拭くことで環境負荷を小さくします。葉っぱで拭いたあとはボトルにいれた水で肛門を洗浄。水で洗うので肛門を清潔に保つことができます。排泄が済んだら土をかけ、木の枝などでマーキングして誤って掘り返されないようにします。
食べれば出るのは自然の摂理。自分の暮らす地域ではどんな処理が一番スマートかを考え、普段から準備をしておきましょう。
ライフラインが途絶した時、ただ復旧を待つのではなく必要なものを自分で調達する、という解決方法もあります。STEP4で紹介した水の確保はその最たるものですが、通信や明かりに使う程度であれば、電気は比較的簡単に自給できます。
明かりとしておすすめなのは、太陽光充電式のライト。上面のパネルを数時間太陽光に当てれば、4~5時間は手元を照らす程度の光量を確保できるものが市販されており、これはたいへん便利です。
スマートフォンの充電などでは15~20W程度の発電能力があるソーラーパネルが活躍。私が使っている15W相当の発電力のパネルでは、晴れればコンセントからの充電と遜色ない速度でスマートフォンを充電可能です。被災時の避難所での電源の取り合いはストレスフルなもの。こんなパネルを用意しておくだけで、太陽が有る限り気軽に充電することができます。
食料を自分で獲る力をつけるのも立派な災害対策です。入門者におすすめなのは、腐らない疑似餌である「ルアー」を使った防波堤からの釣り。餌を用意する必要がないので、釣り場に着けばすぐに釣りをはじめられます。住んでいる地域によっては、晩のおかず程度は簡単に釣ることができます。
防災キャンプに挑戦したら、ぜひ『やった!レポ』に投稿して、体験をシェアしませんか? 感想は「コメント」に記入してください。
私たちは普段、まるで意識しないままライフラインに自分の生殺与奪を預け、いわば社会に飼養されることで快適な生活を送っています。そのことを突然つきつけるのが自然災害です。水、食料、寝床……。自然災害に直面した時、当たり前だと思っていたものが当たり前でなかったことを私たちは知り、それと同時に、自力ですべてをまかなう生活がはじまります。自然災害に遭った時、冷静に対処するには毎日の備えが重要です。
「防災キャンプ」は自分に何が足りていないかを洗い出す絶好のレッスン。キャンプを通じて、電気、ガス、水道が絶えた時に何ができるかをイメージし、それに対処する技術と道具をひとつずつ備えていきましょう。