狩猟採集、野外活動、自然科学を主なテーマに執筆・編集するフリーランスのエディター、ライター。川遊びチーム「雑魚党」の一員として、水辺での遊び方のワークショップも展開。著書に『海遊び入門』(小学館・共著)ほか。twitterアカウントは@y_fomalhaut。
子供たちとの秋のお出かけの一大コンテンツといえばドングリ拾い。日本人なら誰でも、ドングリを拾った経験があるのではないでしょうか。このドングリ、今では子供のおもちゃ程度の扱いを受けていますが、時代をほんのちょっと遡れば、私たち日本人を支える貴重な食料のひとつでした。子供たちが夢中になってドングリを拾うのは、もしかしたら、数千年にもわたって代々ドングリを拾い続けた記憶がどこかに残っているからなのかもしれません。ドングリは栄養面から見てもなかなかのもの。水を使って精製すれば、片栗粉のようなデンプンを取り出すことができます。ドングリから取り出せるデンプンの比率たるや、なんと殻つきの実の重さの1~3割にものぼります。取り出したデンプンはお菓子にしてもよし、毎日の料理に使ってもよし。一度ドングリからデンプンを作ってみれば、ドングリが食べ物に見えてくるはず。ドングリ拾いは都会でも楽しめる狩猟採集です!
ドングリはどんな場所でも拾えます。神社ならスダジイやカシ類、雑木林ならコナラやクヌギ、奥山ではブナなどのドングリに出会えます。どのドングリもデンプンがたくさん含まれていますが、樹種ごとに大きく異なるのが「アク」の量。アクの正体はタンニンという渋み成分。ブナやスダジイは炒っただけでも実を食べられるのですが、そのほかのほとんどのドングリはアクが多く、手をかけないと食べることができません。また、ドングリを食べるにあたって、一番大変な作業が殻剥き。硬い殻を割って中身を取り出すのですが、大きな実でも小さな実でも、殻剥きの手間はかわりません。つまり、食べるのによいドングリは「アクが少なく、実が大きい」種類ということになります。この条件を満たすのが「マテバシイ」。暖地に生えるシイの仲間で、公園や街路でも見られる最も身近なドングリの木です。マテバシイが実を落とすのは9~10月。時間が経つと乾燥やカビなどで変質しやすいので、落ちてすぐのものが加工に向いています。
ドングリからデンプンを取り出す上で、最も大変かつ面倒なのがドングリの殻剥き。市販のくるみ割り器やペンチなどで殻を割って中身を取り出しましょう。殻の内側にある渋皮には、その名の通りタンニンが含まれていますが、渋皮を剥がすのはひと苦労。次の作業で渋皮も取り除けるので、ここでは殻だけを外しましょう。実を割ってみて、中身が変色しているものは食用にむかないので、この段階で取り除きます。
殻を剥いたマテバシイをミキサーに入れ、適量の水を入れて砕きます。実を砕くことでデンプンを取り出しやすくなり、またアクの成分のタンニンも除去しやすくなります。取り出せるデンプンの量に影響するので、できるだけ細かく砕きましょう。
砕いた実はサラシなどの目の細かい布に包んで、水をはったボウルの中で揉みしごきます。するとサラシからは白濁した液体が流れ出してきます。この白いものがデンプン。何度か揉みしごくうちに、ムニュムニュとしていた内容物の質感が、ザラザラとしてきます。これはデンプンが水に溶け出した目印。最後にきつく絞ったら、デンプンの抽出の終了です。
サラシから濾し取ったデンプン入りの水を数時間静置しておくと、ボウルの底にデンプンが溜まり、上澄み液に茶色く色がつきます。この茶色の素がアクの主成分であるタンニン。タンニンは水溶性なので、沈殿させている上澄み液に含まれるのです。そのため、デンプンと上澄み液が分かれたら上澄み液を捨てることでアクを取り除けます。この後は新しい水を入れて攪拌し、再びデンプンを沈殿させます。上澄み液の茶色い色がなくなるまでこの作業を繰り返します。
攪拌しても上澄み液に色が出なくなったらアクの除去が終了。最後の上澄み液を捨てたら、ボウルの底に残ったデンプンをバットなどに薄くひろげ、ホコリが入らない場所で干して水分をとばします。バットの底のデンプンが乾いて、ヒビが入ってきたら細かく砕いてから目の細かいふるいや茶漉しなどを通して粉状にします。この状態からさらに水気を飛ばしたらドングリデンプンの完成。瓶などに保存しておけば、数年単位で保存が可能です。ドングリデンプンは片栗粉と同じように使えるので、唐揚げの衣や料理のとろみづけなどに活躍します。
ドングリデンプンから簡単につくることができ、ドングリの風味も味わいやすいのが「ドングリもち」。デンプンに少量の砂糖を加えて水から煮て冷やし固めます。材料の比率はドングリデンプンの重さに対して水は8倍、砂糖は0.3倍。デンプンと砂糖を合わせて鍋に入れ、水を注いで弱火で加熱し、焦げつかないようにへらで混ぜ続けます。あるタイミングでデンプンの糊化(白濁していた液に透明感が出て、粘度が高くなる)が始まるので、糊化から数分後まで加熱し、そのあとバットなどに移して熱をとり、冷やし固めます。
糊化したドングリデンプンは、冷えるとプルプルとしたゼリー状に固まります。固まったらナイフなどでさいの目に切り、きなこをまぶして器に盛りつけて黒蜜をかけていただきましょう。
縄文時代の遺跡からはドングリの加工に使われた道具や炭化したドングリがたくさん出てきます。今でこそ日本人は米や麦からデンプンを得ていますが、歴史を遡れば私たちの祖先を支えていたのはドングリでした。ドングリ食は縄文時代に全盛期を迎え、地域よっては、つい数10年前まで食べられ続けてきました。ドングリは、私たち日本人の命をつないできた食物なのです。野山から食物を得ようとすると、道具の用意から技術の習得までひと苦労しますが、ドングリ拾いなら誰でも簡単に楽しめます。沈殿の作業にちょっと時間はかかりますが、手間はかかりません。デンプンの精製は少量でも行えるので、公園や道端でドングリを拾ったらぜひデンプンづくりに挑戦してください。きっと、身近なドングリが「食べ物」に見えてくるはずです。