狩猟採集、野外活動、自然科学を主なテーマに執筆・編集するフリーランスのエディター、ライター。川遊びチーム「雑魚党」の一員として、水辺での遊び方のワークショップも展開。著書に『海遊び入門』(小学館・共著)ほか。twitterアカウントは@y_fomalhaut。
子供たちにとって、夜の雑木林を歩くことはちょっとした冒険です。通い慣れた林であっても、全てを目で確認できないぶん、林は昼間の何倍もの大きさに拡がっていきます。
黒く鎮(しず)もる林内から聞こえるのは、生き物たちの立てるさまざまな物音。
草を分ける動物の足音。フクロウ類の声。大きな蛾の羽音。樹液をめぐって鍔迫り合いする甲虫類……。
音だけでなく、匂いも昼間よりも強く感じられます。樹木の出す爽やかな香気や甘ったるい樹液の匂い。足元から立ち上がる土の匂い。
懐中電灯を手にして樹液をめぐる昆虫採集は、夏休みの一大イベントです。しかし、カブトムシやクワガタのようなスターだけに目を向けてしまうのはもったいない。子供たちを連れ出す前に、ほんのちょっとした「仕掛け」を用意して、他の生き物にも目がいくように促すだけで、夜の森歩きはずっと深まります。
【連載】野生児育成計画
#1 大潮の夜を探検! 真夜中の磯遊び
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/67
#2 「水切り」と「遠投」をマスターせよ!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/79
#3 木の枝からパチンコを作る!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/93
#4 焚き火を使って「干し肉」を作る!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/97
#5 春の小川で「草摘み」に挑戦!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/100
#6 潮干狩りで狩猟採集生活にデビュー!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/102
#7 空き缶でウッドガスストーブを作る!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/112
#8 五寸釘を七輪で熱してナイフを作る!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/118
#9 夏の夜の雑木林を探検!
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/127
夜の雑木林に出かけることが決まったら、まずは絵本や図鑑で予習。夜の森を歩くイメージを膨らませるなら『月夜のみみずく』のような絵本、出会えるかもしれない生き物を知るなら、樹液を舞台にした写真が多く載った図鑑がおすすめです。
事前に夜の森歩きを想像させておくと、実際に歩くときにイメージがずっと拡がりやすくなります。
通い慣れた林ならともかく、それほどなじみのない雑木林を暗くなってから歩くのは難しいもの。明るいうちに下見して、樹液を出している木のありかを確かめておきましょう。樹液を出している木からは甘い匂いが漂い、樹液の周辺を昆虫類が飛び周っています。
鳥などに食べられたカブトムシやクワガタの死骸も目印のひとつ。いくつか死骸が散らばっていたら、その周りにはきっと樹液を出している木があります。嗅覚と視覚を駆使して、樹液を出している木を探しましょう。
虫をおびきよせるバナナなどを設置しておくのも、子供の気分を盛り上げる方法のひとつです。バナナで昆虫を誘引する「バナナトラップ」を設置するなら、風通しの良い場所に生えた木がおすすめ。匂いが拡散するので、より多くの虫を集める事ができます。
トラップはストッキングなどの網に入れるのが一般的ですが、腐ったバナナの汁まみれのストッキングを後で回収するのは面倒なもの。夏の終わりには雑木林のあちこちに、使われたまま回収されないトラップが残されていることもあります。万が一回収できなくても土に還るように、果物だけを使うのがスマートです。
雑木林が賑わうのは、気温の高い日没直後から21時ごろ。樹液を吸って満足した虫たちはまたどこかへと身を潜めてしまうので、真夜中や早朝よりも夜の早い時間のほうが多くの虫に出会えます。
持ち込む道具はヘッドランプと虫かご、渓流竿などで十分。虫かごは全面がメッシュになったものが風通しがよく、虫もつかまりやすいので疲れさせません。渓流竿は補虫網よりもずっと高いところにいる虫も払い落とすことができます。林に入ったら、まずは物音に耳をすませてみましょう。郊外や都市でもアオバズクのような小型のフクロウの声やカエルの声、虫の羽音などを聞くことができます。
はやる心が落ち着いたら、子供を先頭にして樹液めぐりへ。大人が先に立つと、ついていくばかりになりがちですが、子供を先頭にすると自身の五感や注意力を働かせることができます。
樹液が出ている木の近くに来たら、そっとライトで全容を確認。大物がいてもいきなり手を伸ばすのはご法度。日没直後は昼行性のスズメバチが樹液に残っていたり、見えない場所にムカデなどの有毒生物がいるかもしれません。ぐるりと木を周ってから落ち着いて採集に移りましょう。
子供たちにとっては宝物のような甲虫類も、森の生き物にとっては大切な食料。樹液をおとずれた子供たちが、みんなが持ち去ってしまえば、来年以降の発生がなくなってしまいます。持ち帰る虫は最小限に留めましょう。
雑木林の近くの外灯には、光に誘われた虫が集まり、また、それを食べに来た動物や鳥類に出会うこともあります。外灯の近くに来たら、そっとライトで周囲の電線や電柱、木の枝を確認。運が良ければ、昆虫食べるアオバズクなどの姿が見つけられるかもしれません。
雑木林に生きているのは、子供たちに人気の甲虫類だけではありません。林に入ったら一直線に樹液を目指すのではなく、ゆっくりと歩いて道中の用水路や草陰も照らしてみましょう。夜行性の美しいガや、葉の上で休む昼行性のチョウ、鳴き交わすカエルなどを見ることができるはずです。
夏は虫も鳥も多い季節。夏の夜に雑木林探検にチャレンジして、投稿することができる『やった!レポ』で、みんなと記録をシェアしてみませんんか? 質問や感想はコメントに記入してください。
ふだん人間が五感を使って取り入れる情報のうち、その8割強を占めるのが視覚から入る情報だと言われています。しかし、夜の森では視覚が利かないので、そのかわりに聴覚や嗅覚などのほかの感覚が研ぎ澄まされてきます。日中は気づかなかった匂いや音、生き物の気配。そんなものに敏感になれることも夜の雑木林探検の魅力のひとつです。
また、経験や知識の少ない子供だからこそできるのが、想像を大きく膨らませること。夜の雑木林へ連れ出された子供たちは、暗がりのなかにいるはずのない生き物を見、聞こえるはずのない音を聞きます。暗闇への恐怖心が強い子供ほど、より深く雑木林探検を体験できるでしょう。
小さな林を大きく深い森に変えられるのは子供の間だけ。子供たちを雑木林に連れ出すときは、本命の甲虫だけでなく、その周囲にある生態系にも目がいくような仕掛けを用意してあげたいものです。